心得違いは動揺
「アメ」
「なんだ」
「ねじ、まわしてほしい」
「もうそんな時間か」
豪雨を超え帳も下りた深夜。工場や廃墟が建ち並ぶ暗闇の街路、雲一つない歓喜の星空の下私たちは歩いていた。疲労感のたまった私と違ってマキは表情を変えることがない。機械だから疲れることを知らないのだろう。
私はマキの背中についているねじを五回巻く。再度歩き始めると同時にある疑念が湧いた。
「家を出てから何時間経った?」
「七時間四十八分」
「……今何時だ」
「三時四十八分」
「帰りは明日の夜だな……」
今朝、マキが「行きたいところがある」と言ってから私たちは作戦を練った。
どうやらマキが言うには、その行きたい場所まで七時間程度かかるらしい。しかしマキのエネルギーは五時間しかもたない。往復するとなると十四時間はかかる、つまり少なくても二度は必ずエネルギーの補充が必要となる。
つまりは必然的にねじが必要となる。しかしねじを持ち運ぶには懸念が生まれる。まず重いことだ。私が十四時間もあのネジを持ち運ぶなんて机上の空論にすぎない。生憎私は車の免許を持っていないため乗り物も使えない。さらに胴ほどある大きなねじは目立ってしまう。悩んだすえねじを持ち運ぶのに一番いい手段は、マキにつけたまま移動することだった。どうやらマキはねじの重さを感じないらしく、付けたままでも難なく移動ができる。しかし背中に胴と同じ大きさのねじを付けている少女を、そこらの通行人には見せることができない。つまるところ人の目に触れてはいけないのだ。
結論として、私たちは人のいない夜中に出かけることにした。しかしそうなると帰りはどうするのかという問題が出てくる。マキが言うには「一晩泊ればいい」とのことだったがそもそも一晩泊れるほど安全なのか分からない。
「ほんとにそこは泊れるのか」
「うん」
「泊まる場所があるのか?」
「知らない」
「知らない? だが……」
「少なくとも私はそこで暮らしてた。だから多分ある」
「憶測でものを言うなというだろ」
「私の言うことはすべて憶測だよ?」
「どういうことだ」
「私は機械だから」
マキの口角が上がった。私は思わずため息を漏らす、心配以外の言葉が見当たらない。だが、それ以上にマキが楽しそうなことに若干の喜びを感じていた。
「それに私を作ったのは人間でしょ」
「技術的特異点はまだ来ていないという前提だな?」
「シンギュラリティーでは人工知能が人工知能を作るって話だね? 間違いない、少なくとも人間が休憩できるスペースはあるはず」
その考えには同意だが如何せん研究所が本当にあるのかはまだはっきりとしていない。
ネットで調べた限りではコンクリートでできた建物があったのだが。
「ところでまだ着かないのか?」
「タイミングがいい」
マキは立ち止まると一軒の廃墟を指差した。それを見て私はそっちを凝視する。
「ここか」
「そうらしい」
調べた通り、特徴を感じない、いたって普通の小さな廃墟。強いていうなら外壁は汚れており道は草まみれ、扉は軽く開いており生活感のかけらもない。どうやら半年前マキが出て行ったきり、何も変わっていないのだろう。行政はこういう場所を放っておいて平気なのだろうか。
ゆっくり歩くマキに私は付いて行く。扉に手をかけようとした、しかし何かに気付いたのかマキはじっと扉を見つめる。
「どうした」
「私の指紋が付いてる」
ほらここと指差された場所を目を凝らしてみるが何も見えない。
しかしマキには見えるようでそれをじっと見つめている。
「指紋が……付いてるのか」
「私には指紋がない。だから型番が分かるようになるただの記号」
「それがついてるのか」
「うん、私がいた証拠」
「……? マキはここから来たといってただろ?」
「ここにいた記憶はない」
そう言うとマキはおもむろに扉を開け中へ入っていった。
自分が生まれたかもしれない場所へと半信半疑で向かっていたのか、そうなれば確かに自分のいた痕跡を見つけ感化されるのは分かる。
しかしここにいた記憶がないのならどうしてここの場所が分かったのだろう。帰巣本能だろうか。
中は薄暗く月明かりのみが私たちを照らす。ところどころに虫がたまっているのが分かる、さっきから妙に臭いのはそのせいだろう。静まり返った廃墟の中を進む。入口の左側には連なるように三つ部屋があり、奥には大きな部屋があった。しかしマキは三つの部屋を気にせず、奥へとどんどん突き進んでいくため仕方なく付いて行く。地面にはよく分からない黒のコードやプラスチックの破片が落ちている。時々虫の死骸が落ちているがマキは気にする様子がない。
奥の部屋へと入るとその部屋は広くどうやらこの建物の主軸であることが分かる。天井には蛍光灯がランダムにぶら下がっており、部屋の入口にあるスイッチを押しても反応しない。部屋の真ん中には病院にあるような質素なベッドが一台置いてあり、その周りには病院で見かけるような点滴や脈拍計などが置いてある。部屋の壁面には沿うように同じような機械がいくつも置かれている、しかしどれも見たことがない。そんな生活感の一切を感じない部屋をマキはボーっと見渡していた。
「気になるものはあるか?」
「分からない、見ていてもいい?」
「そうだな、私は他の部屋を見てこよう」
私はそう言うと玄関から一番近い部屋へと入っていった。
その部屋はいわゆる物置で、大きな金属の棚が三つ置かれていた。棚には段ボールが敷き詰められ、機械の付属品のようなものがいくつも入っており何に使うのかはよく分からない。棚の一番下の段にはコードが束ねられて置かれていた。すべて黒色だ。残念ながら収穫はない。
次に私は真ん中の部屋へと入っていった。さっきの部屋よりも小さいらしい。部屋の中央には机が置かれていた。しかしそれ以外の目新しいものがない。机には引き出しのようなものもなければ机上にものが置かれていることもない。ここも外れだ。
最後の部屋へと入る。どうやらすべての部屋の中で一番小さい部屋らしい。部屋の真ん中に物が落ちていることが分かる。それを手に取ると広げて見せた。どうやらコートのようだ。茶色で大きい、私が余裕をもって着れるくらいの大きさだった。部屋を見渡すがそれ以外に何もない。私は焦燥感に駆られ奥の部屋へと入るとマキは部屋の隅のコードを注視していた。
「どうかしたのか?」
「これ」
そう言われ私は同じようにコードを見つめる。太めのコードで色は水色。私でも分かる、このコードだけは異質だ。
「これが、どうかしたのか?」
「もしかしたらこれ、エネルギーが出てるのかも」
「エネルギーか」
「アメがねじを回したときにでるエネルギー」
マキはそう言うとコードを拾い上げこっちへと突き出した。
「背中にさして」
「ほんとに言っているのか」
初めてきた場所で見つけたよく分からないものを体内に入れるとなると当然細心の注意を払わねばならないわけで、そんな喜楽にさして良いものなのだろうかと脳内で葛藤が始まる。
しかし、止めたい気持ちをよそに好奇心が抑えられなかった。私はマキからそのコードを受け取る。するとマキは私に背中を向けた。
「それ、服の上からささるのかな」
「さしたら分かるだろう」
そう言ってコードをマキの背中に押し込む。すると気持ちのいい音を鳴らしてはまった。それと同時に心地の良い心拍の感触が手元に伝わってくる。
「これは……」
「このコード、エネルギーがまだ出てる」
「たしかマキが私の家に来たのは、およそ半年前だっただろう?」
「そうだね」
「となると半年間このコードからはエネルギーが出ていたということか」
このエネルギーの正体を突き止めたいがそれ以上に気になることがあった。
マキは背中のコードを見てみようと首を伸ばしている。まるで自分の尻尾を追いかける犬のようにかわいい。
「マキはこの場所で暮らしていたようだが」
「どうかしたの?」
「ベッドも、布団もなかった。ほんとにここで過ごしていたのか?」
「私には寝る必要もなければトイレに行く必要も……」
そこまで言って気が付いたようだ。
マキを作った人間は、一体どこへいったのだろうか。
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