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3月13日、光輝は教室から海を見ていた。6年生の教室のある2階からは海がよく見える。海を見て、光輝は思った。東日本大震災の時は、どれほど大きな津波が襲ってきたんだろう。あの時は、卒業を間近に控えた6年生がみんな津波にさらわれて、亡くなったという。そう思うと、今年、卒業式を迎えられる、そして何よりこうして平和に生きている僕たちは、幸せ者だなと思う。
「おはよう」
光輝は振り向いた。そこには陸がいる。陸は引っ越しの準備で追われていて、忙しそうだ。
「おはよう」
陸は光輝の隣にやってきて、光輝と同じように海を見始めた。
「あと少しだね」
「うん」
光輝は、小学校での6年間を思い出した。いろんな思い出があったけど、どれもこれもいい思い出だった。あと少しで離ればなれになるけど、いつまでもその思い出を忘れずに生きていこう。
「色々あったけど、長いようで短かったね」
「でも、いい日々だったね」
再び光輝は、海を見て、自分は経験していない東日本大震災の事を思い浮かべた。経験はしていないけど、どんな惨状だったかは頭に浮かぶ。
「どうしたの?」
「13年前、大津波がやって来たんだね」
海を見ていた陸は思った。そう言えば、13年前の卒業生はみんな、津波にさらわれて亡くなったんだな。
と、光輝は今年の元旦に起こった能登半島の大地震の事を思い出した。あの時度々、東日本大震災を思い出してくださいというアナウンスが流れ、きっとあの時と同じようなニュースや映像が流れたんだろうなと想像した。そして、あの時と同様、みんなが能登半島を支援している。それを見ると、人間の助け合う力とは何かと考えさせられる。
「今年の元日、能登半島で起こった大地震の後も、こんな津波が来たんだろうか?」
「たぶん来ただろう」
あの時の津波の映像は見た事がない。東日本大震災よりM(マグニチュード)は低いので、東日本大震災ほどの大津波は来ていないが、ニュースでよく警戒していた。
「東日本大震災を思い出してくださいっていうニュース速報の声が印象に残ってるね」
「知っている人、いるんだろうか?」
2人は思った。たいていの人は知っているだろう。だが、東日本大震災の後に生まれた子供たちには、知らない人もいるだろう。だけど、忘れないでほしいな。過去にこんな大きな災害があったんだと。
「かなりの人が知ってるだろうね」
「あの時の備え、大切にしないとね」
東日本大震災から教わったのは、大きな地震があったら、机に隠れる、落下物に気を付けるのはもちろん、津波が来るかもしれないから高台に逃げるという事だ。度々防災訓練で学んでいるし、時々行っている防災散歩でも学んでいる。
「地震が起きたら高台に逃げる。津波が来るかもしれないから高台に逃げる。これ大事」
ふと、陸は思った。東日本大震災に比べたら、死者の報告が少ない。ひょっとして、東日本大震災の教訓が生かされたのかな?
「あの時の教訓が生かされたから、死者が少なかったのかな?」
「ああ」
だが、災難は続いた。その翌日は、救援物資を運ぼうとしていた飛行機が羽田空港で旅客機と衝突した。ヒューマンエラーとはいえ、2日続けて大きな災害が起こるなんて、誰が予想したんだろう。あまりにも恐ろしい。
「でも、あの翌日の飛行機事故はびっくりしたね」
「正月早々から、全くめでたくない事ばっかりで、どんな1年になるんだろうって不安になったよ」
それだけではない。翌日には北九州で大きな火事があった。神社で思いっきり厄除けをして、もう災難が起こらないように願ったほどだ。
「確かに。今年はいい年にしたいのに」
「もう大きな災害なんて、こりごりだよ」
光輝はため息をついた。もう災害なんてこりごりだ。
「僕もそう思うよ」
光輝は思った。もうすぐ卒業なのに、暗い話をしてしまった。明るい話をして、気分を晴らそう。
「暗い話してしまったから、話題を変えよう。離れ離れになったら、文通しようよ」
「そうだね」
2人は離れ離れになる。だけど、文通でどんな事があったか、やり取りをして、寂しさを晴らそう。いつでも同じ空でつながっているのだから。
「そしていつの日か、一緒に大人になって、一緒に飲めたらいいなって」
陸は驚いた。酒なんて、20歳になってからじゃないか。小学生がそんな話をしていいのか?
「おいおい、子供がそんな事言っていいのか?」
「ごめんごめん」
光輝は、修学旅行で東京に行った時の事を思い出した。来月から陸がそこに住むとは、その時は全く想像できなかった。スカイツリーの天望デッキに行き、ディズニーリゾートでいろんなアトラクションに乗った。とてもいい思い出だったな。
「東京の修学旅行、楽しかったね」
「うん」
と、光輝は思った。またいつか、東京に行って、陸と再会できたらいいな。そして、一緒に東京を散策しよう。
「また東京に行けたらいいな」
「うん。一緒にスカイツリーとディズニーランドに行こうよ」
「そうだね」
と、チャイムが鳴った。もうすぐ朝の会が始まる。早く席に戻らないと。
「あっ、もうすぐ朝の会だ」
程なくして、松島先生がやって来た。
「起立、礼」
「おはようございます」
松島先生は2人を見た。2人の話がとても気になっているようだ。
「ねぇ、何を話してたの」
「何でもないよ」
「ふーん」
だが、松島先生は知っていた。離れても、文通で交流していこうという話だ。いいじゃないか。
正午過ぎの帰り道、光輝と陸は帰り道を歩いていた。2人は海沿いを歩いている。防波堤はそんなに高くない。その先にはもう1つ防波堤がある。その2つの防波堤は、津波をさえぎる物らしいが、東日本大震災では、その防波堤を越えて大津波が迫ってきた。果たして、防波堤の意味はあったんだろうかと思うぐらいだ。
光輝は何かを考えていた。先日、YouTubeで見たある曲だ。
「どうしたの?」
「YouTubeで見た、長渕剛さんの『ひとつ』って曲が頭に浮かんで」
東日本大震災のあった2011年の紅白歌合戦、長渕剛が石巻市の小学校の校庭で歌った『ひとつ』だ。まだ発売される前の曲を光に囲まれながら歌っているシーンだ。その前にスピーチも印象に残っている。
「僕も見た!」
陸もその動画を見た事がある。陸は思わず涙を流してしまった。
「すごかったなー」
「遠足のバスのカラオケで歌ったの、思い出すなー」
光輝は遠足の行きのバスでその曲を歌ったことがあり、みんなが真剣に聞いていた。きっと、あの紅白の映像を見た、あるいは生の紅白で見た事があるからだろう。
「うん。僕はあの紅白を生で見た事がないけど、あれはジーンとくるね」
そろそろ2人が別れる交差点だ。
「じゃあね、バイバイ」
「バイバーイ」
と、光輝は何かを感じた。だが、そこには陸しかいない。陸の他に、誰かがいたような気がするのだ。
「あれ?」
「どうしたの?」
陸もそれを感じた。だが、そこには光輝しかいない。
「誰かに見られているような気がして」
「ふーん・・・」
まぁ、見えないのだからいいじゃないか。何も気にしないでおこう。
「まぁいいか。帰ろう」
「うん、帰ろう」
2人は帰っていった。その時、2人は知らなかった。そこに子供たちの幽霊がいる事を。
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