第38話 精霊の森の異変 4

 オレ達は山小屋を出て神精樹のところへ向かった。

 トラムとアッシュは無事にあの二人を町に送り届けられただろうか?

 少し心配だけど、オレ達はオレ達のやることを済ませなきゃいけない。


 神精樹に近づくとその全貌が明らかになった。

 樹齢数百年どころか千年以上は経過していそうな巨木が、まるで森は我がものと言わんばかりに生えている。

 通常の木と同じくらいの太さの根が無数に地面に潜っていた。


 木の前には祭壇らしきものがあって、すごい数のお供え物がある。

 いや、正確にはお供えものだったものだ。

 そのほとんどが何かに食い散らかされたようになっていて、あのご神酒の瓶も空だった。


「お、おい。あのお供え物は誰が食ったんだ?」

「魔物が現れたなら魔物が……でもトレントがあんなの食べるなんて聞いたことないなぁ」


 レイリンの言葉を聞いてオレはまた神精樹を見た。

 まさかこいつが?


「しっかし、でかいな……」

(すごい魔力……)


 リコが身構えるほどの魔力がこの神精樹に宿っているようだ。

 子どもみたいな感想しか言えないオレとは違う。

 問題は魔物発生の原因がこの神精樹なのかどうかだけど、まったくわからない。


「木が悪さをしていないとしたら……」

「助けてくれぇーーー!」


 助けを求める人の声が上から聞こえてきた。

 見ると枝が巻き付いた人が手足をジタバタさせている。

 神精樹が人を捕えているのか?


「し、し、神精樹様がお怒りだぁ! 離してくれねぇ! お前らも助けてくれるように祈ってくれぇ!」

「もうそんな段階じゃないだろ! しかしあの高さまで登れるか……?」


 オレがそう思った直後、神精樹の根が地面から出てくる。

 わさわさと動いて、遥か頭上にある枝がうねって鞭にように飛んできた。


「ぐはッ……!」


 不意打ちをくらったオレはガードしきれずに吹っ飛んでしまった。

 痛みを堪えて立ち上がると、神精樹の幹に大きな能面みたいな顔が浮かび上がっている。

 こいつ、まさかトレント化したのか?


(シンマ!)

「リコ、大丈夫だ。それより厄介そうな相手だぞ」


 オレ達三人に対して神精樹の能面は一気に表情を変えた。

 目はつり上がり、歯を剥き出しにした模様と化して睨みつけてくる。


(我は神、人よ。我を称えよ)

「な、なんだって?」


 【心の声】でこいつの声が聞こえているのか?


(何故、人の信仰が足りぬ。我への敬いが足りぬ)

「はぁ? 十分信仰されてるじゃねーか」

「シンマ、どうしたのさ」

「どうもあの神精樹さん、もっと人間に褒めてほしいらしいぞ」


 【心の声】について説明している暇はない。

 レイリンは訳が分からないといった様子だけど、それどころじゃないというのはわかっているみたいだ。

 あえて不要な質問をしてこなかった。


「……ファオチェイ師匠から聞いたことがあるなー。長く生きた物には魔力と人の念が宿って魔物化することもあるってさ」

「要するにこいつは崇められるうちに調子に乗ったってことか」

「ざっくり言うとそうだけど、この神精樹が昔からあるとしたらかなり強いと思うよ」

「でもなんでこのタイミングで魔物化したんだか……魔王体とは違うのか?」

「魔王体は魔物が変異したものだよ。これは元々は木だからね」


 オレの視界にちらりとご神酒の瓶が入った。

 あれはきっちり飲んでいるってことは一応、気に入ったってことだよな。


「お前、酒までもらっておいて贅沢すぎるだろ」

(足りぬ! あのようなものでは我への信仰が足りぬ! 神である我を軽視しおって!)

「……要するにお供え物を与えられているうちに贅沢になっちまったってことか」

(弱き人の子よ! 去れ! 手始めにこの人間に罰を与えてくれよう!)


 神精樹に捕えられている人が悲鳴を上げた。


「あああぅ! だ、だずげ、でぇぇ……!」


 男の顔からみるみると水分が失われていくようだ。

 これは本当にまずい。


「リコ! あの枝を狙って助けてやってくれ!」

  

 リコが氷柱を放って枝に命中させると見事に折れた。

 落ちた男をレイリンがキャッチして地面に足を踏ん張る。


「ふんっ!」

「よし! レイリン、ナイスだぞ!」


 男の様子を見ると弱ってはいるものの、口をパクパクと動かしていた。

 高級薬草で栄養をつけてもらったけど早いところ町へ戻る必要があるな。


「おーい! やっと見つけた! そっちはどうだ!」


 トラムとアッシュが戻ってきた。

 道沿いにここまで向かえばそう遠くないからな。

 いいところで来てくれたよ。


「トラム! アッシュ! 悪いがこの人を村まで送り届けてくれ!」

「生きてるのか?」

「応急処置はしたはずだから走れなくても歩けるはずだ。頼む」

「わかった!」


 町の人はトラムに肩を借りながらも歩いて森の外まで向かった。

 アッシュ一人が戦えるなら全員で逃げ切ることくらいはできるだろう。

 三人の背中を見送った後、オレは神精樹を睨んだ。


(人の子よ! 神である我に歯向かうというのか!)

「すまんが信仰心の欠片もなくてな」


 オレが煽ると神精樹の葉が一斉にざわついた。

 森中からトレントやウッドゴーレムがわさわさとやってきて、オレ達を取り囲む。

 さすがに洒落にならんかもな。


(神に刃を向ける愚かな人の子に神罰を与えん)


 神精樹の周りにトレントやウッドゴーレムが集まる光景は壮観だ、

 この精霊の森での戦いだけでオレのステータスもそこそこ上がったけど、こいつらを相手にしていたら身が持たない。

 おそらくあの神精樹を倒せば止まると信じている。


「シンマが余計に煽るから大変なことになっちゃったねぇ」

「反省してる」


 いやしかし、よく考えれば別にオレが煽らなくてもこうなってたんじゃないか?

 ボスが取り巻きを召喚するようなもので、それ自体は絶対に止められないだろう。

 そのボスをどうするかだけど、トレントやウッドゴーレムの奥にあの神精樹が見えた。

 狙うのは神精樹のみといきたいけど現実は厳しいだろう。が、やるしかない。


「リコ、レイリン。全部相手にするより神精樹に向けて一点突破するぞ」

「じゃあ、私が先頭を走るよ」

「リコは後ろから迫る敵に対してはあの氷の津波みたいな魔法を放ってほしい」

(うん? うん……)

「あのブラストベアーを仕留めた魔法だ」


 魔法の名前がわからないというのも不便だな。

 というか名前はないのか?

 リコは魔法の名前を叫ぶタイプじゃないからなぁ。


 レイリンが先頭を走るのは正解だ。

 高い力に加えて【クリティカル率アップ】があるからオレよりも殲滅力が高い。

 オレはリコを守りつつ、周囲の攻撃をいなす役目をやろう。


「じゃあ、いっくよぉーーーー!」


 神精樹に向けてオレ達は走り出した。

 トレントやウッドゴーレムが襲いかかってきて、レイリンが蹴りを放つ。

 トレントが大きくへこんで、メキメキと音を立てて倒れる。


 さっそくやってくれて助かる。

 だけど今のトレントは小さめの個体だからやれたけど、中にはでかいのも目立つな。

 オレも負けてはいられず、アイアンナックル込みの拳でウッドゴーレムの腕を弾く。


 普通なら態勢を崩したウッドゴーレムに止めを刺しにいくところだけど、オレは無視して走った。

 蹴りでトレントの枝を叩き折り、リコの様子を見る。


(コオリツナミッ!)


 リコが放った氷の津波は後方から迫る魔物達を一瞬で凍り付かせる。

 トレントは枝一つ動かせず、ウッドゴーレムも同じ姿勢で固まって動けない。

 相変わらずとてつもない威力だ。


「すごいぞ、リコ!」

(す、すごい……って……)


 オレが褒めるとリコは恥ずかしそうにして足を止めてしまった。

 オレは慌ててリコの手をとって走るよう促す。

 良かれと思って褒めたけど迂闊だったか。

 そして魔法の名前がコオリツナミになってしまったけど、これはオレのせいか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る