第36話 精霊の森の異変 2

 精霊の森は神精樹へ続く道が続いているけど、一歩脇道にそれると整備されていない森が広がっている。

 林業従事者達は各々の場所で森の管理をしているとのことだった。

 まだ帰ってない人達は逃げ帰ってきた人よりも奥のほうにいるか、もしくは山小屋にいる可能性が高いらしい。


 オレが異世界に来た時にいた森よりも広くはないと思うけど、行方不明者の捜索は骨が折れる。

 何せ生きているのかどうかもわからないんだからな。

 オレ達は道から逸れた先に歩を進めた。


「レイリン、ウッドゴーレムってのは強いのか?」

「個体によるよ。でかいのになると巨人って感じらしいけど、さすがに戦ったことない」

「あのおじさんが攻撃を受けて無事だったということは、そこまでじゃない可能性があるな」

「拳魔法でなんとかなるさ!」


 そろそろ突っ込んだほうがいいのか迷うな。

 トラムもアッシュもなんでスルーしているのかと思ったけど、すでに突っ込んだ後の可能性がある。

 その証拠に半ば呆れたような表情をして、自分を納得させるようにして頷いていた。


「ま、まぁ気を引き締めようぜ」

「そうだな」


 トラムの精一杯の抗議だったんだろう。

 ふざけたことを言ってる場合じゃないと遠回しに伝えているように思えた。


「マルルー、何か見えるか?」

「ピィーー!」

「そっちの方角か」

「ぴぃぃ!?」


 突然マルルーが慌て始めた。

 振り向くと一本の木の枝がうねってリコを捕まえてしまう。

 木だと思っていたそいつに顔が浮き上がって、感情を感じさせるかのような憤怒に満ちた顔だ。


「リコ!」

「げぇ! トレントじゃん!」


名前:トレント

HP :230

MP :44

力 :63

きようさ:43

体力 :103

素早さ :22

魔力 :59

スキル:【巻き付き】【吸収】


 リコを捕えている枝に向かって駆けて跳んだ。

 剣で枝を斬り落としてやろうと思ったけど、これがなかなか刃が食い込まない。


 仕方ないので多段斬りで切断すると枝がリコと一緒に落ちる。

 オレは思わず剣を手放してリコを受け止めた。

 が、思った以上に重くて本当にギリギリだ。


「だ、大丈夫か」

(ドキドキした……)


 リコがオレの顔を見つめて顔を赤くしていた。

 慌ててリコを地面に立たせたと同時にオレの背後で衝撃音が鳴る。


「油断しちゃいけないよ!」


 オレが振り向くとレイリンが蹴りを放った直後だったみたいだ。

 もう一つの枝の木片が散らばっているから、おそらく油断したオレにトレントが攻撃したんだろう。

 トレントは鬼のような形相の木目を変えないまま、枝をうねらせている。

 オレとレイリンが破壊したはずの枝が元に戻っていた。


「ダメージを与えたはずなのに元気だな」

「トレントはヒールを使うからなかなかしぶといんだよ。それに加えて枝に捕まったらHPを吸収されちゃうから気をつけて」

「耐久型かぁ。嫌いなタイプだな」


 耐久型。対戦ゲームでは壁の役割を担ったり、ひたすら耐えつつ相手の消耗を狙う型だ。

 前世でオレが毛嫌いしていた戦い方だった。

 やられた時のストレスはたまったものじゃないけど、今は生死がかかっている。

 オレもいつかお世話になる戦法かもしれないし、ここは甘んじて認めてやろう。


 トレントが再び枝を伸ばしてきた。

 素早さが低いおかげでよく見れば余裕をもって回避できる。

 オレとアッシュ、トラムが特攻を仕掛けて一気に攻め立てた。


 だけどこいつ、なかなかの硬さだ。

 少なくとも剣が有効打とは言えず、ヒールで回復されてしまう。

 ダメージ量はこっちが上回っているけど、このまま長引くのはよろしくない。

 森の中に取り残された人達の救出が目的だからな。


「ていやぁッ!」


 レイリンが連続蹴りみたいな技を放つとトレントの幹が爆発したようにして木片を飛び散らす。

 やっぱりあいつに有効なのは打撃か。

 そうなるとオレも剣を納めて素手で戦う必要があるな。


 オレはアイアンナックルをはめてからグッと拳を固めてトレントに向かう。

 左ストレートと右ストレートを交互に放ってトレントの木の皮を破壊した。

 トレントの奴はヒールで回復を図っているけどすでに胴体がボロボロだ。


≪【パンチ】【キック】が【格闘(修行中)】にスキル進化しました≫


 なんだって!? 二つのスキルが一つにまとめられたってことか?

 確かにこの二つだけ具体的な攻撃方法で少し違和感があった。

 これは【パンチ】か【キック】、どちらかだけ鍛えてもダメだった可能性がある。


 ということは二つのスキルを使い込むことによって別のスキルが生まれることもあるのか。

 ますます可能性の幅が広がるわけで、死ぬ気で鍛えないとな。

 これに関してはおそらくレイリンに鍛えられたおかげだ。

 おかげでスキル進化が早まった気がする。


「なかなか動きが様になってるよ! やるじゃん!」

「おかげさまでな」

「これでシンマも拳魔法と足魔法のすごさに気づくはずだよ!」


 レイリンが親指を立てた。突っ込んでる暇なんかない。

 続いてリコの氷柱がトレントにヒット、怯んだところにオレ達がまた拳を叩き込む。

 トレントの幹が音を立てて割れ始めた。


「やったかな!?」

「それはあまり言わないでほしい」

「なんで!?」


 やったか、と言われると実は死んでない気がしてな。

 縦に亀裂が入って薪割りでもされたかのようにトレントは二分される。

 木に浮き出ていた鬼の形相がすっかり消えて、何事もなかったかのように普通の木に戻っていた。

 そこから霧状に出てきた魔素が形作ったのは薬草のようなものだった。


「よし、やった。やったぞ。このドロップアイテムは?」

「高級薬草だね。これだけで回復アイテムとして使えるよ」

「いざとなったら使おう」


 戦いが終わって一息つきたいところだけど、休んでいるわけにはいかない。

 森に魔物が現れたというより植物が魔物化しているんじゃないか?

 町の人達は神精樹をありがたがっているけど、どうもそう素晴らしいものじゃないな。


「なかなかデンジャラスな森と化しているな……」

(シンマ、迷惑かけちゃった……)

「気にするな。リコの不得意をオレがカバーすればいいんだからな」

(でも……)


 リコは悔しそうにレイリンを見た。

 気持ちはわからんでもないけどこういう場合はそうじゃない。


「リコ、レイリンにお礼を言ってくれ。助けられたんだからな」

(え……)

「頭を下げるだけでもいい。それが人として正しい姿だぞ」

(うん……)


 リコがすすすとレイリンに近づいてモジモジしている。

 そしてペコリと頭を下げた。


「いいの、いいの。次はそこの素敵な王子様に守ってもらうんだよ?」

(おーじさま……?)


 レイリンが少しニヤついてオレのほうを見た。

 余計なことを吹き込むな。あいつ、マジで何か勘違いしてやがるな。

 オレはそんな立派な人間じゃないし、リコとはそういう仲じゃない。

 こんなことをやってる場合じゃないと言わんばかりにオレはスタスタと歩き始めた。

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