第35話 精霊の森の異変 1
魔物に襲われたのは林業に従事している人だ。
朝早くから森に入って仕事をしていると後ろから襲われたらしい。
振り向くとそこには目鼻が空洞になった木の化け物がいたという。
仕事道具を放り出して逃げ出したものの、攻撃されて怪我を負ってしまう。
それでもがんばって逃げようとしたところ、段差から足を滑らせて森の入り口にまで転がってしまった。
そのおかげで魔物から逃げ切ることができたと語ってくれた。
町長他、町の人達が神妙な顔つきで今の話を聞いていた。
半信半疑の人、寝ぼけて転んだだけだろと疑う人、信じる人。
それぞれがどよめいて今にもパニック状態になりそうだ。
町長はわなわなと震えながら、逃げてきたおじさんの肩を掴む。
「き、木の化け物だと? それは確かなのか?」
「はい、町長……あんなの見たことありません」
「なぜだ! 精霊の森は神精樹によって守られている! ありえん!」
「でも、でも、本当に殺されかけたんですよッ!」
おじさんが震えて頭を抱えてしまった。
町長の気持ちはわかるけど、もう少しこのおじさんの気持ちを考えてやってもいいんじゃないか?
ここで慌てても何もいいことはない。
不安に駆られた町の人達がパニックを起こす前に冷静に話を進めよう。
「今日以外で森に入ったのはいつですか?」
「お供えの儀式が始まる前だから四日前だったかな。その時は問題なかった」
「じゃあ、今日になっていきなり魔物が現れたわけか。他に魔物を目撃した人は?」
「それはわからない……。あ、でも他の奴らがまだ戻ってきていない!」
おじさんがそう叫んだ時、町の人達が一斉に騒ぎ出した。
精霊の森に仕事に出ている人達の家族が取り乱して森へ行こうとするのを止める。
「まだ! まだうちの人が帰ってきてない!」
「お、落ち着いて! あなたまで魔物の餌食になります!」
「神精樹様が守ってくれるわ!」
「守ってくれないからこの人が怪我をしたんでしょうが!」
旦那さんを心配する女性をなんとか抑え込んだ。
女性がうずくまって顔に手を当てて泣いてしまう。
どさくさに紛れて失言をしたせいで、反感を覚えた人達がオレににじり寄ってくる。
「なんてことを言うんだ! 神精樹様を侮辱するのか!」
「その神精樹様のお膝元に魔物が出て、この人が殺されかけたんですよ。これから先も祈れば解決するんですか?」
「う……それは……」
「冷静に考えましょう。まずは森の中にいる人達を救出すべきだ」
町長や町の人達が何も言えずに黙り込んでしまう。
救出すべきだなんて言っちゃったけど、誰がそれを行うかなんて明白だ。
これはギルドの依頼でも何でもないし、解決したところで報酬なんてない。
それでもたった数日間とはいえ、世話になった町だ。
神精樹信仰が変わっているだけで優しい町の人達ばかりだし、こんな目に合う必要なんてない。
「しかし、シンマさん……どうすればいいのでしょう?」
「町長、オレが森へ入ります。事態は一刻を争う」
「あなたが?」
「四の五の言ってられない。報酬は暖かい食事を用意してくれたら十分です。リコ、行くぞ。ん?」
リコがトコトコとついてきて、レイリンもやってきた。
その後ろには隊商を護衛していた冒険者達もいる。
「当然ながら私も行くわけだが?」
「助かる」
「たぶん町の人を襲ったのはウッドゴーレムだよ。確か剣や槍だと難しい相手だね」
「だったら拳が有効打か。鍛えてよかったな」
レイリンの話で敵にも耐性と弱点があると改めてわかった。
オークが斬撃に強くて突きに弱いのも、きっとそれぞれ耐性と弱点なんだろう。
残念ながらオレの【観察】ではまだそこまで見抜けない。
レイリンのほうが魔物の知識がありそうだし、置いていく手はないな。
「俺達にも手伝わせてくれ。オーク戦の時は情けないところを見せてしまったけど、このままじゃ終われないんでね」
「助かる。だけど一人か二人くらいは町に残ったほうがいいんじゃないか? 森が安全ではない以上、町に危険が及ぶかもしれない」
「衛兵だけじゃ不安か?」
「未曽有の事態だからな。こうやって喋っている時間すらもったいない。二人ついてきてくれ、残り二人は町の防衛を頼む」
なんだかオレが仕切っているけど不思議と誰も異を唱える人はいない。
自分がリーダーだの、下らん揉め事を起こす奴がいたらそれこそオレ一人で行っていたところだ。
冒険者歴ではたぶんオレのほうが圧倒的に短いけどな。
「では町の者達を頼みます。森に入った者達は全部で三名とのことです。……どうか、どうか……」
「町長、なんとか頑張ってみますよ」
準備もそこそこにオレ達は精霊の森へと向かった。
メンバーはオレとリコ、レイリンの他に冒険者が二人だ。
冒険者の一人はトラム、もう一人がアッシュで二人とも五級冒険者だと言った。
五級とはいっても数年前から活動しているみたいで戦闘経験はオレよりある。
それでもこの二人が五級のままということは、いかに四級への昇級が難しいかよくわかった。
実際、冒険者の半数以上が四級以下だと言うから厳しい世界だ。
「急に暗くなってきたような気がするな」
「なーんか嫌な感じだねぇ」
今日の天気は晴れだというのに精霊の森に入った途端、薄暗くなった。
木々の葉で遮られているというだけじゃない。
レイリンの言う通り、なんかこうズーンとした嫌な雰囲気が漂っている。
風で揺れる植物の音すら不吉な何かを感じさせてくれた。
(すごい魔素が集まっている……)
「これ町長たちが儀式をやった時はなんともなかったんだよな? だとしたらやっぱり神精樹が原因としか思えないな」
「町の人達の手前、言えなかったけど私もそう思うよ」
もし神精樹が原因だとしたら町長達が何かやらかしたか?
神精樹が何らかの原因で暴走している?
まさかご神酒が原因じゃないだろうな?
「レイリン、神酒ってどんなものなんだ?」
「なんとかっていう王都でも有名なお酒で名前はなんとかっていうお酒だよ」
「なるほど、わからん」
こいつ、固有名詞を覚えるのが苦手そうだな。
RPGでもキャラの名前を覚えられなくて、感動的なシーンでも「これ誰だっけ?」とか言い出すタイプだ。
絶対にゲーム配信をやってほしくない人間だよ。
「ブルフス酒造所で名前は天の涙だ。一本当たり二十万ゼルを超える名酒だよ」
「トラム、ありがたい。さすがだな」
「レイリンがこんなんだからな。正直、木に供えるものにしちゃ上等すぎる」
「あの町長には間違っても言えないけどな」
オレ達は笑い合った。
酒一本に二十万ゼルとは、金というのはあるところにはとことんあるものだ。
こうなると神精樹様は上等すぎる酒が気に入らなかったのか?
オレの前世ではこういう場合は信仰が疎かになった際に災いが起こるものだけどな。
あの町の人達の信仰は十分すぎるし、原因がさっぱりわからなかった。
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