第33話 魔法という名の体術

 この村に滞在する予定はなかったけど、町長やリーリンから隊商の護衛を頼まれてしまった。

 確かに今のメンバーだとまたオークの群れに襲われたら危ない。

 というわけで隊商が王都に旅立つ日まで村にいることになった。


 この村ではオレが思っている以上に神精樹が崇められているようだ。

 村人達の井戸端会議でも、何かあればすぐに神精樹のおかげという話になる。


「お隣さん、無事に赤ちゃんが生まれてよかったわねぇ!」

「えぇ、これも神精樹のご加護ね」


 この奥様方の他にも、日照り続きで困っていたところで雨が降ったから神精樹に祈りが通じたと喜んでいる農家の人達がいた。

 この村では困ったことがあれば町人総出で祈る風習がある。

 そうすることで天災や病気、すべてから神精樹が守ってくれるそうだ。


 宿に滞在しているオレは町人と会話くらいするけど、事あるごとに神精樹というワードが出る。

 オレ達が無事に護衛を終えられたのも神精樹のおかげらしい。

 そんなにすごいなら護衛がなくても神酒を届けられたんじゃないか?

 などと考えてしまうのは少し捻くれているかな?


 こんな世界だからそういった力を否定するのも野暮だとは思う。

 ただあまりに町人達が信じ切っているから、少し怖くなることはある。

 ここまでくると神聖樹を見てみたくなってきた。


 ところが今日からご神酒を捧げる儀式を行うらしくて、部外者は少しの間だけ森への立ち入り禁止とのこと。

 それまでお預けか。旅立つまでに時間はあるけど、ジッとしているのはもったいない。

 オレはレイリンと一緒に訓練をすることにした。

 冒険者ギルドはないけどこの町には広々とした土地がたくさんあるから場所としてはもってこいだ。

 

「シンマ、模擬戦をしてみない?」

「お前、素手だろ? こっちは武器を使っているんだが成り立つのか?」

「こっちは魔法だから問題ないよ」

「は? 魔法だって?」

「身体を使って相手を破壊する魔法だよ。ファオチェイ師匠がそう教えてくれた」


 ちょっとなにを言ってるのかわからない。

 どう見ても体術だと思うんだが?


「リ、リコ。あいつ、魔法を使っているか?」

(使ってない……)


 リコによれば今のレイリンからは魔力をあまり感じられないそうだ。

 おい、やめろよ。ただでさえ世間知らずのリコが混乱するだろ。


「魔法には色々あるけど私のは体術、体を使った術だよ! ファオチェイ流体術、とくとご覧あれ!」

「お、おう」

 

 ファオチェイって人は確か賢者だよな?

 いや、考えてみれば賢者だからって魔法を使うとは限らないか。

 でもそれなら魔法じゃないものを魔法と教えるか?


 なんて考えていられるのも戦う前までだ。

 模擬戦が始まったら息を突く暇もない攻撃が繰り出される。 

 拳がかすっただけなのに頬が切れているし、蹴りを繰り出せば避けきれずに剣で受けるはめになる。


 ものすごい衝撃で、アイアンソードを鍛えていなければ壊されていた。

 距離を取って反撃をしようとしたけど回し蹴りがかする。

 あと一歩遅れていたら完全にくらっていたな。


「強いな……」

「完全に見切られている……同じ四級でこんなに強いなんて……!」


 レイリンの蹴りはただの蹴りじゃない。

 あのオークの顎を砕くほどの威力だから、いわば爆発に近い。

 剣は斬で槍は突、これに対してリーリンの体術は打だ。


 数分の攻防の末、オレの剣をレイリンの胴体に突きつける。

 距離的に反撃不可能だと悟ったのか、降参を宣言した。

 オレはどっと疲れて地面に座り込む。


「くぅぅーーー! 先輩なのにッ!」

「いや、めちゃくちゃ強かったぞ。次にやったら負けるかもな。ていうかやっぱり武器と拳の模擬戦って無茶だろ」

「大丈夫だって。体術は武器にも負けない魔法なんだからさ。ファオチェイ様も『拳系統の魔法は極めれば鉄をも貫く』って言ってたからね」

「……その師匠、大丈夫なのか?」


 これはどうやら師匠からして問題がありそうだな。

 ただあまり追及して気を悪くされたら困る。

 それに魔法だろうが何だろうが、レイリンの強さは本物だ。


 レイリンの強さはもっとよく考えれば、武器がなくても武器持ちをここまで圧倒できるということ。

 リコの魔法を見て感覚が麻痺していたけど、体一つであの威力を出せるのは魔法と変わらないかもしれない。

 拳で鉄を貫けるかはともかく、放置していた【パンチ】や【キック】を鍛えてみるのもいいか。


「レイリン、よかったらオレにも体術を教えてくれないか?」

「お、シンマも魔法に興味をもったなー?」

「あ、あぁ。武器が壊れて戦えないなんてことがあるかもしれないからな。手段は多いほうがいい」

「わかった、じゃあ基本から教えるね」


 こうしてレイリンを先生として、今日から体術の訓練を始めることにした。

 考えてみれば武器のスキル進化を期待したことはあっても、体そのものを鍛えようとはしてこなかったな。

 基本の型から教わり、構えをとっていると隣にリコがいた。


「リコ、お前も習うのか?」

(たぁぁぁ!)


 リコが真剣な顔をしてパンチを繰り出した。

 その威力と迫力はかわいいものだけど、とにかく真剣な様子は伝わってくる。


「リコは接近戦には弱いからな。いい機会かもしれない」

(レイリン、負けない)

「おい、まさかレイリンをライバル視しているのか?」

(はぁぁぁー)


 はぁぁーじゃなくてな。まぁ目指すのは悪いことじゃない。

 そんなリコをレイリンがニコニコして見守っていた。


「私に挑むなんて十年は早いぞ、リコちゃん!」

「んりゃっ!」

「おやおや、かわいらしいパンチだこと。腰に力が入ってないなぁ」

「んりゃっ!」


 リコがパンチを繰り出すもレイリンは少し体を逸らしただけで回避した。

 そしてリコの拳をパシンと受け止めてビクともしない。

 まず力の差がありすぎるからな。


名前:レイリン

HP :213

MP :0

力 :107

きようさ:140

体力 :90

素早さ :123

魔力 :16

スキル:【体術Lv5】【集気】【クリティカル率アップ】


 レイリンはきようさが異常に高い。

 きようさは命中率の他にクリティカル率にも関わっているみたいだから、数値以上のダメージを与えられることがある。

 それに加えて【クリティカル率アップ】だからな。

 つまり次にレイリンと戦ったら負けるかもしれないというのは謙遜でもなんでもない。

 攻撃を受ければ一撃でやられてしまう可能性だってある。


「んんーーー!」

「降参する?」

「んんん……んぐっ……」

「な、泣かないでよぉ。ちょっとからかいすぎたよ」


 リコが涙ぐんでいる。

 レイリンがリコの拳から手を離してから頭を撫でた。

 年齢はそう変わらないはずなのに姉と妹みたいに見える。


「リコちゃんはシンマにいいところ見せたかったのかな」

「バカ言うな。少しでも強くなりたいだけに決まってるだろ」

「でもリコちゃんは魔法だけで役割持てるよ。それなのに……シンマ、大切にしてあげなよ」

「意味わからん。それより続きをやるぞ」


 レイリンがニヤニヤしてオレを見た。

 言われなくても大切にするに決まってるだろ。

 オレが連れている以上はしっかりと責任をもって学ばせないとな。

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