第32話 村だった町

 クレントの町。人口はアガルダの半分程度で、言ってみればギリギリ町と呼べる規模だ。

 なんでも数年前までは村だったらしくて、その名残りと言わんばかりに建物が少なくて畑が多い。

 これでも人口は増えたほうだという。


 この村、じゃなくて町の奥にある森には神精樹という巨木がある。

 なんでも精霊が宿っており、昔から天災などから村を守ってきたと言われている。

 村人は精霊が実在していると考えていて、信仰があるからこそ栄えてきたとのこと。


 そんな信仰や言い伝えもバカにはできず、少しずつ移住者達が増えたおかげで町に認定されたようだ。

 ただしまだまだ物資なんかは不足しているので、レイリン達が護衛してきた隊商がそれらを持ち込んでくる。

 商人達はこの町の将来性を見込んで商売をしていると話してくれた。


「おぉ! 隊商が来てくれたか! 村……じゃなくて町長に知らせろ!」

「ワシは肉を買い込むぞ!」

「魚はどこじゃ!」


 隊商が町に到着するなり一斉に村人、じゃなくて町の人達が集まってきた。

 隊商一つで町長に知らせる必要があるのか?

 なんて考えているうちに村長、じゃなくて町長がやってきた。早すぎるだろ。


「おぉぉ! 遠路はるばる王都からよう来なさった! アレはもちろん届けていただけたのでしょうな!」

「はい! 冒険者の方々のおかげで無事ですよ!」

「早く! 早く見せてくれ! ご神酒がなければ神精樹様に申し訳が立たん!」

「ま、ま、待ってください! 落ち着いてください!」


 五十代半ばで白髪交じりの町長が隊商の荷物を漁り始めた。

 商人達が町長を押さえていてなんだかカオスだな。


「レイリン、これはどういうことだ?」

「この町の神精樹のお供えものらしいよ。王都のなんとかって有名な酒造所でしか作られないすごいお酒なんだってさ」

「へぇぇ。もしオレ達がしくじっていたらあの町長、ショック死してたんじゃないか?」

「アハハ……ホント、ゾッとするよ」


 レイリンの話によればご神酒とやらは一年に一回、必ず神精樹にお供えするらしい。

 これにより神精樹に宿っている精霊が慈愛の心を保って町を守ってくれるとか。

 つまり精霊のご機嫌取りか、と言いそうになったけど町長辺りに聞かれたら殺されそうだから言わないでおいた。


「冒険者の方々、ここまでお守りいただけてありがとうございます!」

「あ、オレじゃなくてこっちのレイリンです」

「そうでしたか。あなた方は?」

「隊商が魔物に襲われていたので助っ人に入っただけですよ」

「おそ、おっ、襲われていたぁ!? ご、ごごごごっ、ご神酒は無事か!?」

「落ち着いてください。ちゃんとその手に持ってるじゃないですか」


 魔物と言っただけでこの慌てぶり、こりゃ護衛が失敗していたらマジで心臓停止していたんじゃないか?

 神精樹が大切なのはわかるけど、信仰とはここまで人を動かせるのものなのか。

 

 この依頼、依頼主は町長だ。

 町長が商人達に王都からご神酒の仕入れを頼んでいる。

 商人達は必要に応じて護衛である冒険者を雇い、この町と王都を往復していた。

 そして商人達はこの町で物資を仕入れて王都へ向かう。


 レイリン達は町長から報酬を受け取っていた。

 その金をちらりと見たけど、なかなかの報酬額だ。

 なるほど、護衛依頼は儲かるんだな。


「これで私はお役御免だね。さ、二人とも。積もる話もあるからカフェで話そうか」

「冒険者ギルドはないのか?」

「つい数年前まで村だったからね。まだないみたいだよ」


 というわけでオレ達はカフェに入ることにした。

 古民家風、というかもろ古民家のカフェだけどオレは嫌いじゃない。

 町が栄えてきてこういう店も増えているんだとか。


 護衛として雇われた冒険者の一人、レイリンはオレ達と同じ四級冒険者だという。

 彼女は世界六賢者の一人であるファオチェイという人の弟子で、厳しい修行を積んでいた。

 そんなある日、レイリンは師匠から『守るべきものを見つけろ』と言いつけられて旅に出ることになったらしい。

 それが修行の最終段階と聞いてレイリンは現在、武者修行の旅の最中だ。


「それで護衛も修行の一環か?」

「師匠は守るべきものを見つけろと言っていたからね。護衛依頼を引き受けて守っていたんだ」

「……そういう意味なのか?」

「この前は暴漢から女の人を守ったからね!」

「それは素晴らしいけどさ」


 たぶん師匠はそういう意味で言ったんじゃないと思う。

 だけど快活な表情で自信たっぷりに答えるレイリンを見ていたら、とても突っ込む気にはなれない。

 こんな子だからファオチェイという人は旅に出させたんじゃないかな。


「シンマ達も四級なんだね。もしかして三級昇級試験を受けたことある?」

「いや、まだ四級になったばかりだから受けさせてもらえないみたいだな」

「えぇー! あんなに強いのに四級なりたてホヤホヤなの!? 私はすでに四回くらい受けてるけどさっぱりだよ!」

「受けたことあるのか? どんな内容なんだ?」

「最初の筆記試験が難しくてね……。だってさぁ! 『現国王の名前を答えよ』とか難しすぎじゃん!」


 いや、実はオレも知らないけどな。

 少なくともこの世界の初心者じゃないレイリンが知らないのはまずいんじゃないか?

 そんな筆記試験をやらせる意味がわからんと言いたいところだけど、こういうアホの子みたいなのを弾いてるんだろうな。

 あのオークを体術だけで倒すくせにそっちのほうはさっぱりなのか。


「ところでそっちの子とシンマって付き合ってるの?」

「ぶふぉぉっ!」

「ど、どしたの?」

「い、いや、初対面の人間にいきなりそういうこと聞くなよ……」


 ストレートすぎる質問に思わず飲み物を噴き出してしまった。

 オレは構わないんだけど、リコがなんて思うかな。


(つきあう?)

「ただの仲間だ」

「ふーん……?」


 何を勘ぐってやがるんだ。

 幸いリコがそういうことに疎いから事なきを得たけど、普通だったら気分を害してもおかしくない。

 オレなんかと付き合っていると勘違いされる女の子が不憫すぎる。


「そういうわけだから変な勘違いは……ひゃっ!? あの、リ、リコさん?」

(つきあう)

「あの?」


 リコがオレにぴっとりとくっついてきた。

 付き合うってそういう意味じゃない。

 せっかくオレが否定したのにレイリンがジロジロ見ているじゃないか。


 それでなくても色恋沙汰とか勘弁してくれ。

 前世でオレはトラウマになってるんだからな。

 あれのせいでオレは自分という人間を嫌というほど思い知った。


「仲いいじゃん」

「ね、眠いんだよな! リコ! 今日は疲れたもんな! 宿でもとろう!」

(つきあう)


 オレはリコの手をとってから代金を支払って店を出た。

 もうずっと変な汗が出ている。

 ついレイリンの分まで払ってしまったけど後から請求するのもな。

 いいよ、ここはオレが奢っておいてやる。 

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