第26話 バロンウルフ討伐 3
でかいのが来ているということをザイガンさんに伝えると、その方角を睨みつける。
これがバロンウルフかどうかはわからないけど、近づくにつれてオレの体に異変が起きた。
剣を持つ手がかすかに震えている。
もう片方の手で強く自分の手を叩いて強引に鎮めようとした。
多少はマシになったけどそれでも止まることはない。
オレは恐怖しているのか?
冗談じゃない。オレは少ないながらも強い奴を見ている。
ここにいるザイガンさん達や三級の人達、それにエギーダやリコ、あのゴーレム。
少なくともあのエギーダよりバロンウルフが強いなんてことがあるか?
「来やがったな!」
「来るならこいっ!」
「で、でかくないか?」
冒険者達もさすがに狼狽えている。
ザイガンさんだけが挑戦者のように剣を握っていた。
遠くの木がバキバキと音を立てて倒れるのが見えて、キラーウルフ達が駆け出してくる。
ザイガンさんを先頭にしてまずはキラーウルフ達を迎え撃つ。
飛びかかってくる最初のキラーウルフを斬り上げてから更に飛閃で牽制、一気に数匹を寄せ付けないことを心掛ける。
飛閃で斬られたキラーウルフだけど、多少怯んだだけですぐに態勢を立て直してきた。
こいつら、昨日まで戦っていた奴らと少し違うな。
今までと違うのはまずキラーウルフの数だ。
かなり凶暴で、少し斬られた程度じゃ向かってくる。
その理由は明白だ。後ろから重役出勤のごとくゆったりとやってくる大ボスがいるからだろう。
よほどそいつを信頼しているのか、はたまた怖いのか。
姿を現したそいつを見て、オレは身を強張らせた。
動きが鈍ったところを見計らったキラーウルフ達が容赦なく狙ってくる。
キラーウルフの脳天に氷柱が命中したことでオレは助けられた。
「……ハハッ、なんだあれ。リコ、わかるか?」
(おっきい犬……)
姿を現したのはとてもキラーウルフとは似ても似つかない。
全長七メートルはあろう狼の瞳は丸く黄色い目のみを覗かせている。
突き出た口に生えるノコギリみたいな歯からしたたり落ちる涎、地面に食い込んで引きち切らんばかりの爪。
そいつの登場に合わせて残ったキラーウルフ達が動きを止めた。
まるでご主人様の言いつけを守る犬のようだ。
名前:バロンウルフ(魔王体)
HP :???
MP :0
力 :???
きようさ:223
体力 :137
素早さ :220
魔力 :87
スキル:【噛みつく】【炎の牙】【炎の爪】
オレの体の震えがいよいよ激しくなってきた。
帰りたい。こなきゃよかった。
そんな後悔すらしてしまう。
落ち着け、ここで弱気になるのはよくない。
オレは【風の歩行】と【睡眠】のおかげで他の冒険者より体力が温存されているはずだ。
「よぉ、また会ったな。ワン公。次こそは勝たせてくれよ?」
ザイガンさんが先陣を切る。
三級冒険者を中心として戦いを挑み、オレも負け自と体を動かそうとした。
なんとか動くものの、これじゃ本来のポテンシャルを発揮できないかもしれない。
そもそもあいつはあのエギーダより弱いはずだ。
なんでこんなにも怖い?
「リコッ! 後方から援護を頼む! おおぉぉぉーーー!」
オレもザイガンさんに続いて走った。
予定通り、オレは露払い役になって向かってくるキラーウルフを撃退する。
まずはザイガンさん達、三級冒険者がバロンウルフと戦える状況を作り出すのが先決だ。
形勢は不利だけどキラーウルフだけなら問題ない。
数を順調に減らしているし、こいつらを全滅させてバロンウルフを全員で叩く。
「ワン公! リベンジといくぜ!」
「覚悟しやがれ!」
よし、行ける。無事、ザイガンさん達がバロンウルフのところへ辿りついた。
戦いができれば、そう思った直後だ。三級冒険者の一人が肩を抑えて叫んで転がってしまう。
バロンウルフが振りかぶった爪が赤に変色していて熱を放っていた。
いくらなんでも攻撃が早すぎる。
それに噛みつくことしかできなかったキラーウルフとは比べ物にならないほど間接の可動が自由過ぎる。
バロンウルフは見せつけるように前足をくの字に曲げたまま立っていた。
「クオォォ……!」
これでわかっただろう?
バロンウルフがそう言ってるように聞こえた。
「シールドプレスッ!」
ザイガンさんが盾ごと突撃してバロンウルフの前足を弾く。
更に剣スキルの風連斬りで足を切りつけて一歩も引かない。
残った三級冒険者も応戦して、苛烈な戦いが繰り広げられていた。
「オレも負けてたまるかよッ!」
オレも負けじと走り、リコも氷柱を放つ。
相変わらず体が重くて、キラーウルフの攻撃をまともに受けてしまう場面が多かった。
「リコ、こっちはいいからあのバロンウルフへの攻撃を頼む」
(え……)
「ザイガンさん達が倒れたら総崩れだ。少しでも助けてやってくれ」
(うん……)
リコがバロンウルフに向けて氷柱を放つ。
が、信じられないことが起こった。
バロンウルフの奴、氷柱を口でキャッチすると同時にバリバリと噛み砕いた。
同時に氷柱はじゅううぃという音を立てて溶かされてしまう。
「バルルルル……!」
「ハハ……。いるよな、氷が好きでバリバリ食ってる奴……」
こうなったらあの氷の津波を放ってもらうか?
だけど、この乱戦で使うのはさすがにリスキーか。
(食べられちゃった……)
「リコ、気にするな。それでもあいつの手数を減らすことができるんだならな。氷を食っている間は牙を使えない」
リコのMPが尽きなければ問題ない。
オレ達もキラーウルフ達に押され気味になりながらもなんとか必死に持ちこたえている。
「ぐあぁぁッ!」
「ザイガンさん!」
ザイガンさんが炎の爪で斬られてしまう。
しかもまずいことにかなり深い傷だ。
「ザイガンさん、下がろう!」
「バ、バカ、俺に構ってる暇なんかねぇだろ……」
まったくもってその通りだった。
盾役のザイガンさんがいなくなったことで、他のメンバーにも被害が出始める。
三級冒険者二人も炎の爪を受けてしまって片腕を使えなくなり、もう一人はダメージが蓄積して立っているのもやっとだ。
残りの冒険者も満身創痍だ。
キラーウルフ達がバロンウルフの周りに集まっていく。
「グォォォーーーーーンッ!」
「ウォォーーーン!」
「ウォォォーーーン!」
バロンウルフとキラーウルフ達が勝利の雄叫びのようなものを上げている。
まるでこれからご馳走にでもありつけるかのように喜んでやがるな。
だけど情けないことにオレもそろそろやばいかもしれない。
いよいよ恐ろしくて体が動かくなってきた。
バロンウルフへの恐怖が増大して、オレはガタガタと震え始める。
オレはこれから死ぬ。この獰猛な獣に無惨に食い荒らされる。
そう思うと涙さえ出そうになった。
(シンマ……!)
「リコ、お前は平気なのか……?」
リコもまた体を震わせている。平気なわけがない。
洗脳されていた時なら恐怖なんて感じなかっただろうに。
かわいそうなことをしてしまったか。
「グルルルル……!」
バロンウルフの凶暴性を秘めた瞳を見てオレは確信した。
そう、目の前にいるのは言葉が通じない獣だ。
エギーダはいくら強かろうと言葉が通じる。
こいつはオレ達の言葉なんて通じない。
交渉や駆け引きなんて無意味だ。
ただ狩ることしか考えない化け物、殺戮以外の選択肢がないんだからな。
「シンマ、リコ……お前らだけでも逃げろ……! 俺が、俺が食い止めてやるから……」
ザイガンさんも満身創痍だろうに、無理に立ち上がろうとしている。
ダメだ。それ以上動くな。
本当にいい人だ。足手まといのオレを連れてきてここまで支えてくれたんだからな。
ああいう人は死なせたくない。
チクショウ、ここで終わるなんて認めないぞ。
あのケダモノ野郎、舐めやがって。
(シンマ……)
「ぴぃーー……!」
リコも震えてる、マルルーも逃げずに心配をしてくれている。
こんな訳の分からんオレみたいなのについてきてくれてるんだぞ。
何がスキル進化だ。
あの女神、大器晩成とか抜かしてやがったけどここで晩成しなかったら意味ないんだよ!
オレがいずれ神に至るってんなら今だけでも神を体験させてくれ!
舐めるな、オレは動ける。動け、動け、動け!
≪【精神耐性】を習得しました≫
その途端、オレの中で何かが解放された。
心を覆っていた鎖が弾け飛ぶような感覚を覚えて一気に体が軽くなる。
「え……?」
本当に浮くような感覚だ。体のあちこちを今まで以上に思い通りに動かせる。そんな気さえした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます