第23話 シンマという冒険者

 ザイガンさんが尻をさすりながら立ち上がり、頭をペタペタと触りながらオレを見つめてくる。

 オレが急に強くなったもんだから、そりゃ訝しむよな。

 オレはスキル進化について聞かれたら堂々と話すか、悩んでいた。

 第一にあの神世界レダが今後オレ達を追跡してこないとも限らない。

 それを考えたら安易に情報をばらまくのはどうかと思った。


 でもあまりあいつらに気を使ってやるのも癪だ。

 冒険者として活動をしていれば少なからず情報なんざ出るし、すべてを隠すのは不可能だと思っている。

 あえてひけらかす必要もないけど、必要以上に隠す必要はない。


 さて、このザイガンさんはどう思うだろう?

 根掘り葉掘り聞いてくるかな?

 ザイガンさんはキッと鋭く視線を向けてきた。


「お前、クッソ強いな! よし! 約束だ! レイドクエストの参加を認めてやる!」

「あ、あぁ、それはよかった」

「こんなことなら盾を使えばよかったかなぁ! あ、もちろんそっちのお嬢ちゃんもOKな!」

「リコ、よかっ……」


 オレがリコのほうを向くといきなり抱き着かれた。

 ふわりとした感触に面食らってオレはされるがままだ。

 こ、これはまずいだろ。


(シンマ、勝った……勝った……強い……)

「リコ、は、離れよう。な?」

(シンマ、すごい)

「わかった、わかった」


 オレはリコにそう言うけど、ここで気づいた。

 リコが一切喋っていないのにオレが一人で喋っている。

 これにはさすがにザイガンさん達の頭の上にクエスチョンマークが見えるようだ。


「お熱いなぁ、シンマ。以心伝心ってやつか?」

「いや、熱いとかじゃなくてな」

「まぁそういうのは程々にしてくれ」

「そうだな。リコ、離れよう。な?」


 オレがなだめると、リコがようやく離れてくれた。

 周囲からはヒューヒューだの散々からかわれている。

 これはまずい。本当にまずい。


 リコとオレはそういう関係じゃない。

 誤解されて後々困るのはリコのほうだろう。

 今は神世界レダに洗脳されていたせいで何もわからないけど、そのうち色々と知るようになる。

 そうなった時にオレなんかと恋人だなんて言われていたら、リコはどんな感情を抱くか?


 何も知らない自分を利用していた人間と解釈されてもおかしくない。

 リコがいい意味で成長した時にせめて正直でいられるような人間でいたいと思う。

 そもそもオレは女の子に好かれるような優秀な人間でも何でもないからな。


「よし! 皆! 四日後のレイドクエストは五級の参加は認めないが、ここにいるシンマとリコは例外だ! これについては誰にもどうこう言わせねぇ!」

「おう! 文句のつけようがないわな!」

「男と男の勝負に勝ったんだからな!」

「ザイガンさんを負かす五級なんてこの目で見ないと信じられなかったぞ!」


 冒険者の皆がやってきて頭を撫でられたり髪をぐしゃぐしゃにされた。

 背中を強めにバンバン叩かれるし、ちょっと痛い。

 そのせいでまたリコが睨んでいるから怖いな。

 これは攻撃じゃないんだ、リコ。


                * * *


「ザイガン、今日はお疲れだったな」


 夜、俺が酒場のカウンター席でちびちび飲んでいるとドーマがやってきた。

 こいつは俺の後輩に当たる男だ。最近はさぼり気味だったがどこぞの小僧に刺激されて精を出しているな。

 やれば出来るんだからどんどんやればいい。

 四級だからレイドクエストには参加できるけどな。


「ドーマか。お前も昨日は討伐に出ていたな。少しは勘を取り戻したか?」

「まぁぼちぼちだな。だが今の俺じゃあのシンマにも勝てない」

「今日の戦いを見て、よりそう思ったか?」

「……ザイガン、お前はどう思う」


 ドーマが低い声でオレに問いかける。

 グラスをつまんで揺らしながら、どこか遠くを見ているようだった。


「皆の前だから普通に負けを認めたが、あれは実力を隠していたわけじゃねぇ。それだけはわかる」

「じゃあ、どういうことなんだ? 何かのスキルか? 魔法か?」

「戦いの序盤と終盤じゃ別人のように強さが変化していた。しかも何がわからねぇってな、あいつ自身もそれを認識した素振りがないんだ」

「……まだ酔ってないよな?」


 オレのグラスは半分も減っていない。

 さっきから俺の中で心の整理がついていないせいだ。

 シンマのあれは別人に入れ替わったと説明されたほうがまだ納得できる。


 スキルにしても魔法にしてもまるで想像がつかない。

 速度アップ系か? それにしては動きの質まで変化していたし、技まで繰り出していた。

 あれは多段斬りだったか。【剣Lv4】以上で繰り出せるスキルだが、あいつの以前の動きはせいぜい【剣Lv2】程度だ。


 ステータス自体は変わってないように見える。

 あくまで変化したのは剣の扱いにおける技術だ。

 しかしオレの剣に多段斬りを当てて軌道を逸らすなんざ、【剣Lv4】で可能か?

 つまり技と動きがチグハグなんだ。


「シンマとか言ったか。なんとなく受け入れてきたが、あいつはどこから来たんだ。そういえば出会った頃に神世界レダがどうとか言ってたな」

「またずいぶんと古いもん知ってるよな。話題になったのはあいつが生まれる前だろ」

「今思えば冗談にしては脈絡がなさすぎなんだよな」

「出身も素性も不明なくせに五級で初心者ときた。おかしな小僧だ」


 冒険者としては相手の素性を聞くのはタブーといった風潮がある。

 色んな奴が流れつく仕事柄、腹を探られたくない奴だっているからな。

 だからオレもあえて聞かなかった。


 ふと手元を見るとグラスが空になっていることに気づく。

 いつの間にこんなに飲んだんだ?


「ザイガン、一気にペースが早くなったな」

「あ、あぁ……それよりだな。シンマもそうだが俺としてはあのリコって子も得体が知れない」

「あぁ、今だから言うが死んだと思った。昔、二級魔術師の魔力を直に感じたことがあったがあれ以上かもしれん」

「ドーマ、お前もずいぶんペースが早いな。もう三杯目だぞ」

「……いつの間に」


 ドーマがちょうど酒を飲みほした直後だった。

 バツが悪そうな顔をしたドーマが小さく咳払いをする。


「悪酔いしちまったかもな」

「今日はとことん付き合うぜ……と言いたいところだがな。帰ろう。マスター、勘定を頼む」


 会計を済ませて店の外に出ると夜風が気持ちいい。

 ちなみに会計は割り勘にした。

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