第13話 少女の名前は

「そろそろ肉が焼けるな。食うだろ?」


 ゴーレム戦の後、夜を迎えた。

 焚火を囲んでいるのはオレと女の子、そして謎の鳥だ。

 未だ森の中だけど、できるだけあの場所から離れることに努めたのは間違いじゃないはず。


 何せあのカルト集団の仲間が他にいたら駆け付けてこないとも限らない。

 確かレダとか言ってたな。

 神人だのマスター卿だの、関わり合いになりたくない連中ベスト5に入るのは間違いない。


 そんな連中が連れていたのがこの女の子、奴らが言うには魔法実験体らしい。

 意味不明なりに解釈すると、この子は魔力が多いだけで後は普通の人間ってことでいいのか?

 あの怯えようからして丁重に扱われていないのは確かだ。


 そして焼けた肉を差し出してもなかなか食べようとしない。

 腹が減っていないのか?


「食わないのか?」

(しょく、じ……?)

「そうだ。腹が減ってるだろう? 食っていいんだぞ」

(くっていい……命令……?)


 女の子は声に出さずにオレを見つめた。

 オレが差し出した肉の匂いを嗅いでジワリと涎を出す。

 なんだ、ちゃんと人間らしいところがあるじゃないか。


 だけど手をつけようとしないな。

 あのエギーダとかいう奴、この子にどんな教育をしたんだ?

 犬の躾みたいなことしてたんじゃないだろうな?


「ぴぃっ!」

「あ! コラっ! お前に食べさせるためじゃない!」

「ぴぃーっ! ぴっぴっぴっぴっ!」

「すげぇ勢いで食うな!?」


 謎の鳥が高速で肉をついばんであっという間に食べてしまった。

 この小さい体のどこにこんなに入るんだよ。

 でもこいつにも餌が必要だよな。

 それを考えると、何を食べさせていいのか判明したのは都合がいいかもしれない。

 餌がグロい虫の可能性もあったから、それよりはマシだろう。


 オレは仕方なくもう一つの肉を女の子に差し出した。

 それでも食べようとしないから考えた末にオレが食べて見せる。

 こういうのは信用問題でもあるからな。

 オレが食べて平気と示してから、女の子に食べてもらうことにした。 


「キラーラビットの肉だ。なかなかうまいぞ」

(たべ、て、いい……?)

「食え食え」

(た、たべ……)


 女の子は空腹だったのか、ついに肉にかぶりついた。

 見た目からは想像できないほど豪快に食べている。

 この食べっぷりからして、ずいぶんと長いこと食べていなかったみたいだな。


 この女の子の声が聞こえる【心の耳】について考えてみた。

 未だ全容はわからないけど今の時点でわかっているのは、すべての心の声が聞こえるわけじゃないということ。

 例えばここにいる謎の鳥の声は聞けないし、その辺の魔物も同じだ。

 あのゴーレムみたいな非生物も同じく不可能ときた。


 その他、あのエギーダ達の心の声も聞こえなかったな。

 ここで一つの仮説を立てるとすれば、オレに何かを伝えようとしている場合のみじゃないか?

 エギーダ達がオレに心で何かを訴えかける必要なんてない。

 そもそも普通に言いたい放題だったからな、あいつら。


「おいしいか?」

(お、いし、い……う、ふぇ……)

「おいおい、泣くほどか?」

「ふ、くぅぅ~~……ふぇ……」


 言葉を発さない女の子が押し殺すかのような声で泣いた。

 詳しい境遇はわからないけどきっと自分の意思なんか通せず、抑圧されてきたんだろうな。

 もしかしたら言葉を発せないのも生きてきた環境のせいかもしれない。


 オレなんかが想像できるような環境じゃないんだろうけどな。

 今更このまま見捨てることはできない。

 まずはできるだけコミュニケーションをとらないとな。


「なぁ、お前さ。ナンバー008以外の名前はあるか?」

(な、まえ……)

「ないならオレが名前をつけていいか? もちろんナンバー008なんて無機質なものじゃないやつな」

(つけて、くれる……)


 女の子がきょとんとした後、こくりと頷いた。

 ひとまず名前がないと呼ぶときに不便だし、ナンバー008じゃあまりにひどい。

 元の名前があるならそれに越したことはないが、ないならないで名前をつけるしかない。

 とは言ってもオレにそんなものが思いつくか?


 しかしなぁ、女の子の名前をつけた経験なんてないぞ。

 オレが女の子を真正面から捉えると、小動物みたいにジッと目を離さない。

 髪は水色で全体的におっとりとした印象、やや幼い顔立ち。

 それから氷の魔法を使っていたな。


「氷、こおり、コオリ。リオコなんて……いや、縮めてリコなんてどうだ?」

(りこ……)

「嫌なら保留にするが……」


 女の子が声に出さずにリコと発音した気がした。

 それから両手で胸元を押さえてから静かになる。

 やばいな、しょせんオレのネーミングセンスだからな。

 でも日本人のオレらしい落としどころだと思う。


「り、こ……」

「ど、どうだ?」

「りこ」

「気に入ったか?」

(りこ、いい……)


 女の子は恥ずかしそうに頭を小さく縦に振った。

 気に入ってもらえたと受け取っておこう。


「オレの名前はシンマだ」

「しん、ま……」


 少し迷ったけどシンマで通すことにした。

 リコは理解したのかどうなのか、しんまと呟いたっきりだ。 


「ぴぃっ! ぴぃっ!」

「お前の名前は……そうだな。丸い……マル……マルルーなんてどうだ?」

「ぴぃーっ!」


 謎の鳥が嬉しそうに飛び回っている、ような気がする。

 丸いからマルルー、氷を反対にしてもじってリコ。

 安直すぎるけどわかりやすくていいだろう。

 名前も無事に決まったところで次の話をしよう。


「リコ、あまり思い出したくはないだろうけどレダについて教えてくれないか?」

(レダ……)

「お前を従えていたエギーダとかいう奴らのことだけどさ。あいつらは何なんだ?」

(神世界……レダ……神の世界、作る……命令……)

「魔法の世界?」

(魔法……すごい……世界、作る……うぅ……)


 リコが頭を抱えてしまった。

 考えてみたら嫌な思い出もあるだろうし、悪いことをしてしまったな。

 エギーダに命令された時も苦しんでいたから、何か施されている可能性がある。

 つまりリコに関してはまだまだ不安要素がたくさんあるわけだ。


「リコ、悪かった。もう今日は休もう」

「命令……しんせ、かい、レダ……」

「もういい」


 オレがリコの手を握って目を見つめると落ち着いたのか、こちらに倒れかかってきた。

 え、ちょっと。マジで?


「リ、リコ?」

「すぅー……すぅー……」

「寝てしまったのか……あぁビックリした」


 いきなり女の子に近づかれてつい焦ってしまった。

 オレはリコの軽い体を静かに寝かせてやった後、自分も横になる。

 いつの間にかマルルーも丸くなって寝ているし、今日は休もう。


 レダとかいう奴らのことは追い追い理解していくしかないな。

 人里に出れば情報もたくさん得られるだろうし、それまでの辛抱だ。 

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