第9話 以前のオレとは違う

「こ、こいつですよ! こいつにやられたんです!」


 ボルンがオレを指して唾を飛ばす。

 リーダー格の男エギーダは冷静にオレを見据えた後、フッと笑った。


「ろくに魔法も使えない劣等種はこの程度のガキにも遅れをとる」

「す、すみません……」

「謝るということは己の非を認める行為だ。が、改めるだけならばゴブリンにもできる」

「は、はぁ……」


 いや、それはどうだろう。

 こんな状況だというのにオレはエギーダの言葉に突っ込んでしまった。

 思わずゴブリンが猿のように反省している姿を想像して笑いそうになってしまう。

 それを見透かされたのか、エギーダがキッと睨んできた。


「貴様、何がおかしい」

「いや、何でも……」


 人は笑っちゃいけない時に笑ってしまうのはどうしてだろうか。

 緊張のあまり、現実を受け入れられていないのかもしれない。


「まぁいい。我々の姿を見られた以上は……」

「エギーダ様! 遺跡です! ありました!」


 部下らしき男が走ってきた。

 ていうかまだ仲間がいたのかよ。いよいよもって絶望的だな。


「見つかったか!」

「はい! えっと、そっちの少年は?」

「部外者だ! 後で始末する! それより遺跡が先だ!」

「は、ハッ!」


 オレなんて簡単に始末できるだろうに、よほど興奮していたんだろう。

 エギーダ達はオレを拘束したまま歩き出した。

 それから数分の間、オレは逃げられないか考え尽くす。


名前:エギーダ

HP :???

MP :???

力 :???

きようさ:???

体力 :???

素早さ :???

魔力 :???

スキル:【???】【???】【???】【???】【???】


 その結果、無理だとわかった。

 【観察】をもってしても、オレごときじゃ見抜けないほどの実力差があると解釈できる。

 このエギーダはあのブラストベアーなんかより遥かに強いだろう。

 ちなみに部下の一人も【観察】してみたが――


名前:リュッケ

HP :???

MP :???

力 :205

きようさ:???

体力 :178

素早さ :144

魔力 :???

スキル:【根性】【魔法障壁】【???】【???】

 

 ちらっと見えているステータスの時点でこれだからな。

 しかも魔法が使えるとなれば、力や体力をメインとした戦い方なんかしない可能性がある。

 オレは魔法どころかこの世界のことを何も知らない。

 どんなスキルや魔法があるのか、手の内がわからないのに逃げたところで失敗するのがオチだ。


 そんなことを考えながら歩いて辿りついたのはコケが生えた遺跡だった。

 柱がオレ達を出迎えるように左右に立っていて、とても神秘的に見える。

 森の中を切り開いたかのように、この遺跡はポツンと存在していた。


「おおぉぉ! ついに! ついに見つけたぞ!」


 エギーダ達は感激している。

 ここが何なのかはわからないが、こいつらにとってとても重要なものがあるんだろう。

 いずれにせよ、オレはこのまま黙って殺されていろってか? 冗談じゃない。


「さて、無事に見つけることができて安心したよ。次はそこの小僧の処分だな。ボルン、やれ。汚名返上させてやろう」

「お、俺ですか? でも武器もありませんし……」

「そうだったな。仕方ないからこれをくれてやろう……生成、魔法剣ヴァーティカルソード」

「おぉ!」


 エギーダが作りだしたそれは新品同様の立派な剣だ。

 魔法はあんなことまで出来ちゃうのかよ。

 剣を受け取ったボルンは嬉々として振るう。


「へっへっへっ! ヴァーティカルソードは確か使用者の殺意に応じて強くなる! おい、ガキ! あの時はよくもやってくれたな!」

「お前から有無を言わさずに襲いかかってきたんだろうが」

「俺達は見られるわけにゃいかねえんだよ。悪く思うな。さぁエギーダ様! 俺の実力を認めてくだされば獣階級への昇進を認めてくださいよ!」


 よくわからんことを言ったボルンが突撃して剣を振るった。

 ヴァーティカルソードの風を切る音が心なしか鋭く聞こえる。

 オレは改めてボルンを【観察】した。


名前:ボルン

HP :34

MP :10

力 :25

きようさ:8

体力 :36

素早さ :8

魔力 :2

スキル:【根性】


「冒険者時代は五級だったが今は違う! お前を殺してあの惨めな生活とは本格的におさらばだぜぇ! ハッハッハァーーー!」

「オレを殺すこととお前の人生に何の因果関係があるんだよ」


 ボルンの一撃はすさまじく重そうだ。

 あのなんとかソードは殺意に応じて強くなるというが、それが威力に上乗せされてる感じだな。

 が、今のオレならわかる。


 こいつは致命的に不器用だ。

 力はあるみたいだけど、きようさが低すぎるせいでさっぱりオレに攻撃を当てられない。

 素早さも低いせいで今のオレからすればドタドタと走っているようにしか見えない。


 そのくせ体力があるから無限に動いてくる。

 なるほど。人間と戦ってみるもんだな。

 人によってステータスの特色が違うわけか。


 こいつは体力だけが異様に多い残念キャラだ。

 RPGでいたとしてもメインパーティには選ばれないだろう。

 最初に襲われた時は怖くて仕方なかったけど今ならただのザコだとわかる。

 【風の回避】と【風の歩行】で無駄のない足取りをしているからか、ボルンの攻撃がさっぱりオレに届かない。


「なぁ、まだやるか?」

「はぁ、はぁ……う、うるせぇ! 俺は成り上がるんだ! 救われるんだ!」


 どうもやるみたいだ。仕方ないな。


「ほりゃッ!」

「うぎぇぇーーーー!」


 オレが軽く剣を振るとボルンが手首から血を噴き出す。

 剣を持つ手首だけを狙うことができたのも、こいつの隙が多すぎるからだ。


「い、いでぇぇぇーーーーー!」

「勝負ありだ」

「お、お前、こんなに強いなんて! 冒険者じゃないなんて言っておいてよ!」

「その怪我なら十分治せるだろ。上司に相談してみろ」

「エ、エギーダ様!」


 ボルンがエギーダに助けを求めるが、当の上司は表情を変えない。

 それから片腕を上げてボルンへと向けた。


「やはり魔法が使えない屑はダメだな。貴様のような奴にさえ、マスター卿は御心を持って救おうと考えられたというのに……」

「ひっ! ま、待ってください! オレ、これから強くなります! 魔法だってがんばって覚えます!」

「そもそも魔力は先天性のものだ。何度言えばわかる。貴様のような劣等種がどうあがこうと変わらん」

「やめてください! やめてよぉーーーー!」


 ボルンの叫びもむなしく、エギルの片手から放たれた炎によって蒸発してしまった。

 部下達も後ろ手に組んで無表情で成り行きを見守っている。軍隊というより宗教だ。


「……さて、まずは非礼を詫びよう。貴様の力を多少侮っていた。おそらくそこそこ腕に覚えがある冒険者なのだろう」

「そりゃどうも」

「しかし残念なことに君からほとんど魔力を感じられない。いくら強かろうと、我々としては評価できんのだ。そこで、だ。ナンバー008」


 ナンバー008、ブラストベアーを瞬殺した女の子だ。

 エギーダの呼びかけに応じて前に出てくる。


「遺跡という御馳走を発見した以上、急く必要もなくてね。余興として君はこのナンバー008と戦ってもらう」

「オレが勝ったら見逃してくれるってことか?」

「ハハハッ! それはいい! 約束しよう! やる気になったようだな!」

「どうせ逃がしてくれないんだろ」


 オレの問いにエギーダは口元を歪めて無言で答えた。

 ナンバー008が立ちはだかって、冷たい目でオレを見る。

 こいつは一体何なんだろうな。まさかアンドロイドか? それとも魔法生物?


「排除の指令を受けました。ターゲット確認」


 オレより先にナンバー008が攻撃を開始した。

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