第2話 死ぬか進化か
「お前、冒険者か?」
人影の正体は武装した男だった。
年齢は三十前後か? 腰には剣が収まった鞘を身に着けている。
黒い翼を生やしてフードを被った人物のシンボルが鎧に刻まれているので、どこかの組織に所属している人間の可能性があるな。
まさかこんなにも早く人間と会えるとは思わなかった。
服装からして森を歩きなれているように見える。
問題はここでの返答だ。
オレはこの世界においてすべてが不詳の人間なので、どう答えればいいのかわからない。
ひとまずこの手でいくか。
「気がついたらここにいた。どうも記憶がないんだ。なぁ、ここはどこだ?」
「記憶がないだと? 武器も持たないでこんなところに一人でいたってのか?」
「あぁ、オレ自身もどうしていいかわからないん……」
オレが言い終える前に男の拳が頬を打った。
激痛で意識が飛びそうなほどで、たまらず吹っ飛んでしまう。
立てずにいるオレに男が近づいてきて胸倉を掴んできた。
「う、うぐっ……!」
「下手な嘘をつかんほうが身のためだぞ。勘づいていたんだろう?」
「何の話だ……」
「本当にウソが下手な奴だな。大人しく冒険者と答えておけばよかったものを……」
男が何のことを言ってるのかさっぱりわからない。
ただ一つハッキリしているのは、この男がろくでもない奴ってことだ。
こいつは何らかの組織に所属していて、オレを敵対する人間だと思っている。
こんな森の中で最初に遭遇したのが魔物じゃなくて人間とはな。
知性があるのにこっちの理屈が通じないんじゃ魔物と変わらん。
男がオレの胸倉を掴んだまま上半身を強引に起こしてきた。
「ひとまず痛めつけて仲間のところへ連れていく」
男が再び拳をオレに打ち込んだ。
激痛が襲い、頭が強く揺さぶられて叩きつけられる。
男は間髪入れずオレの横っ腹に何度も蹴りを入れてきた。
「あ、あ……」
「これだけ痛めつけりゃ喋る気になるだろ。かろうじて死んでねぇんだから吐けよ。お前、どこの組織の人間だ?」
男はオレを威圧的に見下ろしてくるが、こっちは痛みと恐怖でそれどころじゃない。
死ぬ。殺される。しかも男はまだ武器を抜いていない。
その気になればあれでぶっ刺すこともできるだろう。
結局これがオレの人生か。
小学校の頃から好きだった女の子に振られて、影で友達と笑われる。
その時はオレに魅力がなかったからだと思い直して、ナニクソと勉強をして体を鍛えることに打ち込む。
結果は高校受験失敗、体を鍛えた意味もなかった。
スキル進化ならこんなオレでも変わることができると期待していた。
ところが結果はこんな訳の分からん男に殺されかかっている。
考えてみたらあの女神が本当のことを言ってる保証なんてない。
もしかしたら人間風情のオレをからかっているだけという可能性がある。
今はオレがこんな目にあっているのを見て笑っているのかもな。
「なんか喋れよ。それとも死ぬか? 本当にどうしようもねぇ奴だな」
男がオレを軽蔑するように吐き捨てた。
素直に何か言ったところでオレは殺されるだろう。
もういい。何もしないで殺されるよりはせめて抵抗して死んでやる。
どうせ努力しても報われないだろうけど、死ぬ時くらいは筋を通させてくれ。
オレは力を振り絞って拳を握り、思いっきり男の頬に当てた。
「ぬぐっ……!」
オレからの反撃が意外だったんだろう。
大した威力じゃないが、男は意外そうな顔をした。
これでいい。後は逆上したこの男に殴り殺されるだけだ。
オレは最後の抵抗とばかりにニヤリと笑った。
「この野郎……!」
男が歯を食いしばって、また握り拳を作った。
≪【パンチ】のスキルを習得しました!≫
メッセージが頭の中に響いた途端、オレの拳が軽くなった気がした。
そのせいで無意識のうちにまたオレは拳を作る。
オレは自然と男に二発目を叩き込こんだ。
「ぐぁ……!」
男は鼻っ柱を抑えて吹っ飛んでいく。
殴られて頭に血が上ったオレは最初の時とは違って闘志で漲っていた。
≪【自然治癒】を習得しました≫
さっきまでの痛みがかすかに和らいだ気がした。
これは人間が本来もっている自然治癒が進化したのか?
まぁそういう考察は後だ。
「うぐあぁぁッ!」
思ったより効いたみたいだ。
やっぱりスキル進化の影響か?
すっかり自信をつけたオレは拳を握って構えた。
格闘技なんかやったことがないからデタラメな構えだ。
それでも少しでも男にプレッシャーを与えたかった。
「こいつ、やる気かよ……!」
男がよろよろと立ち上がって剣を抜こうとする。
あれを抜かれたらオレに勝ち目はない。
オレはすかさず踏み込んで体当たりした。
今度は男が吹っ飛んで、更に抜こうとしていた剣を落としてしまう。
オレはそれを拾って男の顔面に突きつけた。
「殺しにくるってことは殺される覚悟もあるんだよな?」
「ま、待て……」
オレは剣を使わず、倒れている男の顔面を思いっきり蹴った。
が、大した威力じゃない。
男は拍子抜けした様子で笑みが浮かぶ。
「なんだ、やっぱり素人じゃねえか」
≪【キック】のスキルを習得しました!≫
男が好機とばかりに立ち上がろうとする。
これでオレの蹴りのスキルは進化した。
つまりパンチと同じく更に高威力のものが放てるはずだ。
オレはすかさずスキル進化した【キック】で男を蹴り上げた。
「いぎゃあぁッ!」
蹴り上げられた男が仰向けに倒れた。
オレは男にひたすら殴る蹴るで攻撃を加える。
何度目かわからないオレの攻撃で、男が血を吐いて動かなくなった。
「あ……あっ……」
「殺してしまったか?」
痙攣して気絶しているみたいだが、心配してやる義理もない。
生き残るので精一杯なオレはひとまず男から剣や持ち物を奪った。
中を漁っても非常食らしきもの以外は大したものがない。
オレが言うのも何だが、こんな軽装で森の中にいたのか?
仲間とか言っていたし、どうもキナ臭いな。
ていうか、今頃になって痛みが出てきた。
「クソッ……これ、オレの自然治癒が進化しなかったら死んでたんじゃないか? いてて……」
オレは痛みを堪えながらもこの場を離れた。
せめて離れた場所で傷を癒そう。
とんだ災難だったが武器が手に入ったのは不幸中の幸いだったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます