第3話・勝ち方を学ぶ

エリスの言う特訓はとても簡単なものだった。

俺はひたすらモンスターを引き付けて殴るだけ。

エリスは死にかけたときだけ俺を回復する。


HPバーが残り2ミリ。

赤くなってから時間をおいて、ようやく回復してくれた。


「もっと早く回復してくれよ」

『レイドでは全体回復も併用するので◯☓オックスのためだけの回復はこのタイミングにしかできませんよ』


俺のためだけ。

その言葉が俺の心をくすぐる。


『いつも赤くなるとすぐに自力回復を使ってますが、30秒待ってください。私が回復します。私が出来ないときは言うから、そのときは自力でお願いします』

「30秒も待てないよ」


無理だ。そんなに待ったら死んでしまう。


『どうせ勝てない相手です。今夜は私を信じて、背中を預けてください』


その夜。

またいつものように人がまばらに集まってきて。

イカ討伐に向かったのは深夜1時を回った頃だった。


イカの毒墨をくらった俺は10秒ごとに削られる体力に焦っていた。

1回のダメージは小さくても3分間継続の毒はトータルダメージがでかすぎる。


体力の表示が赤くなった。

いま、イカの足で横薙ぎに殴られたら死ぬ。


キーボードを叩いて、回復を選択。

いつものようにマウスで右クリックをしようとした。


──私を信じて


その時。エリスが昼間に言っていた言葉を思い出す。

赤くなってから30秒。

毒のダメージ3回分。

それだけは我慢する。


たった30秒がとても長く感じた。

毒ダメージのモーションが2回。

そこからさらにワンテンポ遅れて。

エリスが祈りのポーズから杖を振った。


俺のHPはほぼ全開して。毒の効果も打ち消された。


「勝てる!」


ここからの流れは全て覚えてる。

挑発。挑発。盾殴り。

このスリーコンボを犬のように繰り返すだけ。


その夜。俺達は初めてイカを倒した。

レイドボスのドロップ品は回復職の為の指輪だった。

全体回復魔法の効果を底上げしてくれる優れもの。

イカのドロップ品の中で一番人気のアイテムだ。


「これはエリスのものだ。みんなもそれでいいよな?」


俺達の中で一番強くて一番賢いヒーラーはエリスだから。

誰からも異論は出てこない。

次に指輪がドロップしたときは他のヒーラーに渡す約束をして。

指輪はエリスに渡された。


エリスはちょっと照れながら指輪を受け取った。

他の素材は適当に仲間内で配分して。

その夜はだらだらとおしゃべりをして終わった。


「明日は盾が落ちないかなー」


イカのドロップ装備は墨で黒く染まった漆黒のデザインですごくカッコいい。

絶対に欲しい。

今身に着けている真紅の鎧も悪くないけど。

やっぱり黒が一番カッコいい。

だから、明日もイカ倒そうぜ。

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