第172話:母さんのお勤め先のお仕事



「だから、いい機会だと思って」


 自宅のバスルーム。


 湯船の中、母さんと、ふたり。


 もちろん、全裸で。


 恥ずかしいのもあるけど。


 母さんとこうやって、一緒にお風呂に入るのは。


 何か、すごく懐かしい感じを受ける。


 そんな母さんの、若い頃の話。


 と、言うか、あたしが生まれたきっかけの、話。


 衝撃的なところもあるけど。


 概要は少し前にも聞いていたので。


 その前後の話を少し詳しく聞かされて、それから。


「真綾は、ちゃんと理解できてる?」


 そのあたり。


 どのあたり?


 いや、まあ、はい。


「うん、ある程度は、その、理解できてる、と、思う」


 揉み、揉み。


 母さんの肩揉みは、継続中。


「ほんとに? 彼氏ができて、スる事をスる時は、ちゃんと避妊して、いけないのよ?」


「う、うん、それはちゃんと……って言うか、まだ全然、彼氏とか……」


 彼氏?


 彼?


「ちょっと、母さん!?」


「あはははははは!」


 母さん、大爆笑。


「あはは。ごめんごめん。本当に娘だったら、こんな風に教えてあげるのかなぁ、って思って」


 言いたい事は、わからなくも、無い。


 けど。


 ひどい。


 でも。


 逆に考えると。


 母親が、息子、男の子と。


 そういう事を話するのって。


 お互いに、なんか、禁忌タブーみたいなところも、あって。


 もちろん、これまで、そんな話をしたことは一切、無かったし。


 まさか、こんな形で。



 ましてや、この年になって、母親と一緒にお風呂に入るとかも。


 本来なら、無かったろう、ね。


 母と娘、なら。


 同性同士の母娘おやこ、ならでは。


 なの、かな?


「ふぅ、それで、真綾ちゃんは、どの先輩が一番なのかな?」


「へ?」


「金髪のちっちゃい? おさげの眼鏡っ? ぱっつんロングのお嬢様? あ、それとも、まさか、幼女先生!?」


 おぉい、母様っ!


「いやいや、いやいや」


 何をおっしゃいますやらん。


「もぉ! みんなそういうんじゃ無いってば」


 そう。


 ただの、先輩。


 八時間目の授業って、不思議な繋がりで、仲はいいけど。


「そっか、なら、えっと、あの子、菅原さん、レイちゃん、だっけ?」


 おぉおおおい。


「それは、さすがに無いから……」


 いろんな意味で、ヤバすぎでしょう。


 あたしがレイちゃんと、なんて。


 百合なの? BLなの?


 危なすぎ。


「思いっきり、薄い本にされそう……」


「あぁ、そうそう!」


 ん?


 母さんが、何やら思い出したように。


「お母さんが仕事で扱っている印刷物……薄い本に、そういうの、いっぱいあったよ!」


 え?


「お母さんの勤めている印刷所でねー、そういう本の制作、やっててねー。ちょうど今、年末のイベント用にそういう本をいっぱい印刷してるのー」


 へぇ……まさかの。


「本当は、お客さんの本だから、中身はじっくり見ちゃだめなんだけどねー。仕上がりチェックでパラパラ見た感じ、そういうの結構あったよ」


 そういうお仕事だったんだ、母さんの仕事。


「まぁ、お母さんも真綾を産んだ後にこの仕事を初めて、もいろいろ勉強したわ」


「そ、そうなんだ……」


 自慢げに言われても。


 どう反応すりゃいいのやら。


「さぁて、ちょっとおしゃべりしすぎたかしら……のぼせちゃいそうだからあがりましょうか」


 はぁい。






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