第170話:母と過ごすクリスマス・イブ



 正確には、今日は、イヴ。


 クリスマス・イヴ。


 明日が本番? クリスマス。


 先生たちのところから帰宅して、お着換えして、ひと息ついた頃に。


「ただいまぁあ疲れたぁあ」


 母さんも、ご帰宅。


「おかえり、母さん、お疲れ様」


 どさっと、ソファーに荷物を投げ出しつつ、自分の身体も投げ出す。


「あはは、お仕事、お疲れ様。ちょうどお風呂沸いたから、先、入りなよ」


「はーい、ありがとねー」


 のそのそ、と、動き出……さずに、まだソファでごろごろしてる。


「うぅ、力仕事はやっぱりキついわぁ」


 ごろごろ、と、言うか、ポキポキ?


 首やら肩やら腕やら、ぐるぐる、ポキポキ、と、動かして。


「そんなにキつかったの?」


「うん。普段はパソコン使った仕事ばかりだし、肉体労働はキついのー」


 なるほど。


「年末に開催されるイベント用の印刷物が大量にあってねー」


 へ?


「入稿もギリギリだし、特急で印刷製本仕上げて明後日くらいまでに梱包発送しなくちゃいけなくて。ひと手が足りないからって、現場に駆り出されてるのよぉ」


 母さんのお仕事の事は、あまり詳しく知らないけれど。


「本って言うか、紙って、ものすごく、ものすごく重いのよぉおおお」


 大変そう、なのは、わかる。


 時々、家でも夜や休みの日にパソコンでお仕事してる時もあるしね。


 なので。


 今日くらいは。


 ソファに座る母さんの後ろに回り込んで。


 揉み、揉み。


「あ……悪いわね、真綾、ありがと」


 肩を。


 揉み、揉み。


「はわぁあ。キモチいぃわぁあ」

「あはは。お客さん、コってますネー」


 母さんの肩揉みなんて。


 もしかしたら、はじめてかしら?


「あはぁ、イぃわぁ、もっとぉ、もっと強くぅ」

「もぉ、母さん、変な声、出さないでよ」

「んー、だって気持ち良いんだもーん」


 揉む、と言うより、強く押さえる感じで。


 自分で自分の肩を揉む時の場所、要領で。


 ぐぃいっ、と。


「んんんーっ、そこぉ、キくぅうっ」


 どこまで効果があるかは、解らないけど。


 なんとなく、効いてそう?


 あ。


 そうだ。


「ねぇ、母さん」

「んー? なぁにぃ?」


 例の、疑問。


 しの女が、昔から本当にお嬢様学校だったのか、どうか。


 母さんに、訊ねてみることに。


「そぉねぇ……他の学校の事はわからないけど……当時のしの女じゃ、あんまりハメを外したり、おかしな事をするヒトは、そんなに居なかったかなぁ……あっ、でも……」


 母さんが、少し言い淀む。


 あたしも、母さんの肩を押さえる手を止めて、母さんの横顔をのぞき込んで。


「どうしたの? 母さん」


 さっきまでの、とろん、と、した表情から、打って変わって。


 少し、真剣な、眼差し。


 一瞬の、静寂。


 から。


「そうね、もう真綾まあやもおっきくなって分別も付く年頃だし、話してもいい、かな……」


 お、やぁ?


 何か。


 おかしな方向に?


「ねえ、真綾まぁや


「はい?」


「一緒に、お風呂、入りましょうか」


 はいぃいいいっ!?



 何がどうしてそうなるの!?



 いや、いや。


 なんで、こうなった!?



 バスルームで。


 もちろん、裸で。


 あたしの前に、母さん。


 さっきのソファの続き、と言う訳でもないけど。


 母さんに肩揉みをせがまれて。


 お風呂で。


 湯船で。


 母さんの肩を、もみもみ、しながら。


「えっとね、母さんが高校三年の時にね……」


 母さんの語りを。


 聞くことに。



 どうして、こうなった?



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