第64話:夏の浜辺の定番と言えば?



 夏休み。夏合宿。夏のビーチ。


 女性五名、女装男子一名。


 何それ、的なところも、あれど。


 先生と母さんも混ざって、お楽しみ。


 浅瀬でビーチボールやら水鉄砲やら、定番中の、定番。


 これも定番で、シャチやらイルカやらイカやらの浮き輪に乗って、波間を漂ってみたりと。


 定番、満喫!


 母さんは、少し疲れたってことで、ビーチパラソルの下でくつろいでたり。


 先生は『まだ若いからっ』と先輩たちとウチに混ざってはしゃいでいる。


 そんな風に楽しんでいたらば、そろそろ陽も傾き始め。


 楽しい時間は、あっ、と、言う間に。


 そして、楽しくない時間が、不意に訪れてしまう。


「うわ、めっちゃ可愛いばっかりじゃん!」

「キレイなお姉さんも居る!」

「ねーねー、君たち、オレ達と一緒に遊ばない?」


 突然。


 どこから現れたのか。


 近付かれるまで気付かなかったが。


 若い男性が、三人。


 いかにもチャラそうなシャツと短パンにサンダル姿で。


 声をかけられて、固まる女性陣。


 ウチも、一瞬固まる。


 確かに、ナンパと言えば、夏の浜辺の定番ではあるも。


 こんな定番は、いらない……。



 ちらりと、先輩方、先生を見ると。


 寄り添って固まって、怯えて、震えているような様子。


 母さんは、なぜかニコニコしながら近寄って来て、ウチの肩を、ポン、と。


 突然だし、大きい大人の男性三人だし。


 怖いのは、ウチも怖いんだけど?


 うぅ……仕方ない、か。


 何か用ですか?


 これだと、先に『一緒に遊ぼう』とかって用を言って来てるから、なんとかお引き取りを願う方向で。


 何かいい手は?


 あ、そうだ。


「ここ、プライベートビーチなんですけど? どこから入って来たんですか?」


 と、皆を代表して返答するような形で声を出したけれど。


「え?」

「何、その声?」

「オトコ!?」


 近寄られて、まじまじと舐め回すように見られる。


 あぁああああ。


 うっかりしてた。


 女装のままだった。


「え? 女装? 男が女物の水着?」

「すげぇ……声聞かなかったらわかんなかったぜ」

「いや、でも、近くでよく見たら、確かに……」

「げ、なんだこの水着!? ドクロ!?」

「おいおい、すごいな……どうなってんだ、それ」


 一人の男が、手を伸ばしてウチに触れようとする。


 さっと避けて。


「そ、それは関係ないですよね。それより、どこから入って来たんですか?」


 少し強めに、繰り返す。


「あぁ、釣りしようと思ってそっちの岩場に来たらさ」

「そうそう、隣の浜辺に、カワイイたちが居たからさ」

「え? もしかして、そっちのたちも?」


 あー。


 喋ったのはウチだけ。


 直前に、先輩たちの喋ってる声を聞いたかどうかはわからないけど。


 勘違いしてくれるのならば。


「そ、そうです。ここに居るのは、男ばかりですよ。女装男子の合宿なんです」


 少し離れて後ろに居る三先輩とエリ先生はともかく。


 母さんは無理があるか?


 と、思ったら。


「ちなみに、わたしは引率の保護者で、この子の母親なんですー」


 さすが母さん。


 ナイスフォロー、ありがたし。


「いやいや、そっちの子たちはどう見ても女の子だろ」

「こいつと違ってちゃんと胸も作り物じゃなさそうだしな」

「なぁ、あんたたち……」


 男のひとりが、先輩たちに近付こうとした、その瞬間。


 鳴り響く、サイレンの音。


 これは、救急車ではなく、パトカー?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る