第10話

「変態さんですね、アリアン様」


それだけ言うとジト目で俺の事を見てからスクリと立ち上がった。


ごめん、俺の不注意でこんなことに……。


「なんか柔らかくて最高でした、ケーラちゃんの体……」

「多分、思ってることと言ってることが逆です。ほら早く、コーヒーが冷めてしまいます」


そう言って、慌てているだけの俺にコーヒーを差し出してくれた。何も気にしていないそんな表情だった。


そりゃ、気にもしてない男から抱きしめられたからって、どうこうするわけじゃないけど、もうちょっと動揺してくれても良かったのに……。


まぁ正直に感想を述べとくか。もうやけくそだぜ!


「なんというか、はい。癒されました」

「それなら良かったです。なんですか、萌えキャラみたいな反応を期待してましたか?」

「い、いや?そんなわけないし……」

「ふーん……」


なんとも意味ありげな返事をしたケーラに相談しなければならなかったことがあったことを思い出す。あんなことがあった矢先、言うのはちょっと億劫になるが……。


「でさ、ケーラ。話が変わるんだけど、多分純白鳩の子達で同棲が始まるかも……」


俺がそう言うと、冷静な表情でコーヒーを飲んでいたケーラが軽く吹き出す。腕でこぼしたコーヒーを行儀悪く拭いてから、質問した。


「な、何事ですか?どうするんですか?」

「それをケーラに相談しようと思って」

「はぁ……あなたという人は……」


そう言って少し頭を抱えた。そしてゆっくりと口を開いて、ケーラは言ったのだった。それは少しの憂いを含んで……。


「私はアリアン様が決めたことに従います。それに私が邪魔なら地元に帰ります。同棲が始まるのなら、メイドはいりませんからね」


そういって、落としていた漫画を手に取ると立ち上がって「私は荷物をまとめて

きます」とだけ言った。


……少しだけ悲しそうに。思ってもなかったカーラの行動に驚いたが、俺の言葉は自分でも驚くくらいに素直に出ていた。


「邪魔なんてことは無い。俺の心の支えだし。ケーラがいない人生なんて考えられない。だから俺のそばにいてほしい」


俺がそう言うと、少し安心したように表情のこわばりを解くと、うっすらと笑みを浮かべて見せた。緊張感が抜けたのだろうか。腰が抜けたようにもう一度ソファーに腰かけた。


「アリアン様はそんなことを簡単に言うあたりがずるいと思います。では、私はどうすればいいんですか?」


今からいうことは実現するかどうか、わからない。俺の自己中心的な考えを垂れ流すだけ。しかし、ケーラなら受け取っていくれるかもしれない。俺はそう思ったのだ。


「俺は……出来れば純白鳩のみんなと仲良くなってほしい。んで、俺のサポートをっていうのはわがままかな?」


ケーラがサポートしてくれるならまだ嘘を突き通せるかもしれない……。でもその前には色々と問題が山積みだが。ケーラの顔色の窺うようにうっすらと目をあける。そこには口の端に笑みを浮かべたケーラがいた。


「アリアン様からわがままをとったら何も残るんですか?善処します」

「助かる。ありがとう、ケーラ」

「私はメイドですからね」


俺はケーラの手を取って感謝を述べた。ケーラは少し恥ずかしそうに、目を逸らしてため息をついた。頼りない主人に飽き飽きしているのだろう。それでもこんな主人にまだついていくという決断をしてくれたのだ。それがうれしかった。


◆◆

コーヒーを飲み干した私はお風呂に入りに行くために、席を立った。しっかりと脱衣所の鍵を閉めて、アリアン様に聞こえないことを確認してから、へたり込んでしまう。


「こ、怖かったよぉぉ……。アリアン様に捨てられちゃうのかと思ったぁ……」


こらえていたため息を大きく吐き出す。脱いだばかりの上着を自分の出せる限りの力で抱きしめた。ふと、我に返って下着に手をかける。そのままドアを開いて、体を軽く流してから、湯船に着ける。一日で疲れた体を癒してくれている。


「でも、『そばにいてほしい』かぁ。うきゃっきゃっ!」


湯船の水面を軽く叩いた。そのために、跳ねて自分の方に飛んできた水滴は私の安堵のために流した涙と混じって、そのまま湯船へと消えていった。






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