第23話 腹を括れ


 爆発が起きた時の村の動揺具合はひどかった。

 ただ爆発が起きただけならマシだったかもしれない。

 でも、魔獣が攻めてくるという報告を聞くと、村のみんなは顔色を変えた。


「誰が結界が破ったんだ!?」

「これじゃあ五年前と同じじゃないか!!」

「じゃあやっぱり、犯人はアビルなのか!?」

「間違いないわ、私達への逆恨みよ!」


 冷静さを失い、犯人探しを始める。

 アビルさんを疑う声が飛び交い、村は混乱に包まれた。


「慌てるなたわけ! こんな時のために日頃から訓練してきたんじゃろうが!」


 そんな空気を変えたのは村長だった。


「今は身内を疑っとる場合じゃない。早急に魔獣を迎え撃つ準備をしろ! 誘拐犯の仕業かもしれん、子どもらを一箇所に集めろ!」


 村長の檄により、村のみんなは自分が今何をすべきかを自覚して、動き出した。


「ベータ、お前は村の広場に救護所を作れ。怪我人の治癒は任せたぞ」


「は、はい……!」


 私は怖くてたまらなかった。

 でも、村長が役割を明確にしてくれたことで、震える体を動かすことができた。


 この村に至る道は、茂みに隠れた西側の一本道だけ。

 その道を今、ヘルハウンドが超えて来ている。

 逃げ道は塞がれた。

 みんなは武器を用意して、村の西側で魔獣を迎え撃った。

 私は村長の指示通り、次々に出る負傷者に治癒魔法をかけていた。


「すまねえな、また前線に戻るぜ」


「ええ、どうかお気を付けてください」


 仲間がお礼を言って、また戦場に戻るのを見送る。

 私は村で唯一の治癒術師だ。

 私の魔力が尽きれば、負傷者を復帰させることができなくなる。

 だから、私は魔力の節約をしていた。

 怪我を最低限しか治さず、みんなに無理をさせ、戦力を減らさないよう努めていた。

 本当は、ちゃんと治してあげたいけど……。


 ううん、そんな余裕はない。

 私は頬を両手で叩いて、気合いを入れ直した。


 森が赤く燃えている。

 煙の臭いが鼻を刺す。


 村に押し寄せる魔獣は、ここら一帯に生息するヘルハウンドだけだ。

 おそらく犯人は、一定範囲内から魔獣を集める魔道具

を使ったのだろう。


 でも、攻めてくる方角が西側のみのため、対応はしやすいようだ。

 村を囲う柵の手前まで魔獣を誘導し、待ち構えていた弓隊が一気に葬る。

 それをひたすら繰り返して、みんなは戦線を維持していた。


 魔道具で集められる魔獣の数には限度がある。

 このまま狩り続ければ、いずれ終わりが来る。


「数は十分に削った。このまま何事もなければ、村は助かる……」


 でも、犯人はなぜこんなことをしたのだろうか……?

 私は不安が拭えなかった。

 村はなんとか守り切れそうで、子ども達も広場に集めてしっかり守っている。

 このままでは、犯人も誘拐なんてできないはずだ。

 なら、こんな大掛かりなことをした意味は?


 私はギュッと拳を握り、考え込んだ。

 そんな時だった。


『ヴォォオオオオオオオオオ――――ッッ!!』


 突如、村中に咆哮が響き渡ったのだ。

「ひっ!?」と、喉の奥から声が洩れた。

 全身が総毛立った。


 村の西側から、荒々しい足音が迫っていた。

 周りのみんなも顔を真っ青にしている。

 子ども達が泣き喚いている。

 心臓がドクドク騒いでいる。

 この大きな足音は、ヘルハウンドなんかじゃない。

 何か、とてつもない脅威が村に迫って……


 ふと、私は思い出した。

 最近この村の近くで、魔獣の足跡が見つかったことを。


「まさか、シルバーバッグ……っ!?」

 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺はエレクサを追いかけた。

 森の中だ。

 草木に視界を阻まれ、とっくにエレクサを見失っている。

 俺には臭いで人を追うこともできない。

 だから、俺がエレクサに追いつくのは不可能だった。


 でも、俺はなんとなく追いつける気がしていた。

 というより、そこにいる気がしたのだ。


「来たか。待ってたぞ、


 俺は開けた草原に飛び出した。

 村の東にある、結界に近い場所だ。

 ここは、エレクサが俺に修行をつけてくれた場所だった。

 そこでエレクサは待ち構えていた。

 

「……なんで逃げずに待ってたんだ?」


 まず、俺は聞いた。


「ふっ、ここでやることなんて一つしかないだろう? お前と殺し合うことが、私の最後の愉しみなんだ」


 エレクサは気安い調子で言った。

 その殺気が洩れた視線に、俺は少し震えた。


 正面から戦えば、俺は間違いなく殺される。

 でも、なんとか時間を稼がなきゃいけない。

 落ち着け。

 慌てるな……。

 俺は息を吐き出し、平静を装った。


「それが本当なら、なんで最初から殺す予定だった俺に修行つけたりしたんだよ?」


「お前を見極めたかったんだ。面白くなりそうだったからそうしただけだ」


「面白く……?」と俺は眉を寄せた。

 意味がわからない。

 こいつ、マジで何がしたいんだ……。

 俺は別の質問をした。


「なんでアピスを……子どもを攫うんだ?」


「容姿の優れた獣人は変態貴族に高く売れるんだ。基本色以外の獣人はさらに価値がある。アピスのような赤毛は私も初めて見たよ」


 アピスはエレクサの後方で、縄で木に縛り付けられていた。

 座った体勢のまま、気を失っている。


「……お前、こんなことしてもう村に戻れないぞ。ソラがアビルを連れて村に戻った以上、昔みたいに他人に罪をなすりつけることもできない」


「ソラがあそこにいたのは想定外だったが、まあ問題はない。あの村で高く売れそうな商品はアピスで最後だ。あそこにもう用はない」


 コイツ、人を物みたいに言いやがって……!


「じゃあ、なんで村を魔獣に襲わさせたんだよ! アピスを攫うだけなら、こんな事する必要ないだろ!」


 俺は語気を強めた。

 アピスが欲しいなら、今まで通りバレないように誘拐すればいい。

 結界を吹き飛ばすなんて手間、必要ないのだ。


「はぁ、お前はつまらんな」


 エレクサはため息をついた。

 首をゆるゆると横に振り、質問に答えてくれない。


「つまらない……? それはどういう意――」


 次の瞬間、俺は地面を転がっていた。

「ぶっ!?」と声が洩れ、脳が揺さぶられた感覚があった。

 え、急に何が……!?


 俺はすぐに体勢を立て直した。

 痛む頬を押さえ、顔を上げた。

 エレクサは拳を振り抜いたあとの体勢だった。

 俺は、自分が殴り飛ばされたのだと理解した。


(うそだろ、速いなんてもんじゃない……っ)


 背筋に悪寒が走った。

 警戒はしていた。

 そう、俺はずっと警戒していたのだ。

 話しかけながらも、エレクサが急に斬り掛かってきても対応できるよう、目を離さなかったのだ。

 なのに、気づけば俺は殴り飛ばさ――


「興が冷める前に始めよう」

「いっ!?」


 今度は、エレクサの右脚が迫っていた。

 俺は咄嗟に顔を守るよう両腕を上げる。

 エレクサの上段蹴りが、俺の腕に炸裂した。

 ガード越しに凄まじい衝撃が貫き、俺は「ぐっっ?!」と目を剥く。

 そのまま、後ろに吹っ飛ばされた。


「どうせ会話で時間を稼ごうとか考えてるんだろ? 無駄だ。お前もさっきの咆哮が聞こえただろ。もうすぐシルバーバックが村を襲う」


「ぅ、シルバーバック……っ!」


「アビル抜きでは絶対に勝てない。村の連中はお前を助けになんて来れないぞ?」


 見透かされていた。

 俺は奥歯を噛み締めた。


「お前がシルバーバックを連れて来たのか!」


「赤毛の獣人を売ってやると言ったら貸してくれたんだよ。うまく隠していたが、お前達に足跡を見つけられた時は肝を冷やしたな」


「なんでそこまで……お前は、村の連中を皆殺しにでもしたいのか!?」


「ああ。シルバーバッグなら、間違いなくあいつらを殺してくれる」


「だから、なんのためにそんなことすんだよッ!」


 俺は声を荒らげた。

 エレクサはそれ以上答えなかった。

 ただ静かに、腰から剣を抜いた。

 俺を殺すつもりだ。


 どうする。

 時間を稼いでも助けは来ない。

 ……いや、まだ希望はある。

 ソラはアビルを治すため村に走っている。

 もしベータがアビルを治してくれれば、シルバーバッグを倒せるかもしれない。

 そしたら村の連中が助けに…………いや、そうはならないんだ。


 エレクサは余裕の表情だ。

 コイツはわかっているんだ。

 アビルの傷は、ベータにも治せないと。

 そうだ。こいつが仕留め損ねるはずがないだろ。


 アビルは死ぬ。

 村は滅ぶ。

 村に向かったソラが危ない。

 助けに行かないと。

 ここでこいつを倒して、アピスを助けて、俺も村に行かないと。

 腹を括れ。

 もう、やるしかねえんだ……!


「村が滅ぶまでの退屈凌ぎとはいえ、お前と戦うためにここで待ってたのは事実だ。ここまできたらなんでも話してやる。お前が生きてる限りはな」


 エレクサが口の端を歪めた。

 身幅のある重々しい剣を向けてくる。

 俺は抜剣して、身体強化を発動した。


(ここで、こいつをぶっ殺す……!)


「さあ、命を削り合おう」


 エレクサが嗤い、地面を蹴った。

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