第21話 閃光
俺とソラは、村の東にある丘に向かった。
俺達が借りている宿を超え、森の中を歩いていく。
すると、丘が近付くにつれ、聞き覚えのある罵り合いが聞こえてきた。
「いい加減謝んなさいよ! 女の子相手に大人気ない、あんた絶対に結婚できないわよ!」
「なんでオレが謝んなきゃなんねぇ! そもそもオレに結婚願望なんざねぇよ、バガがッ!」
「もうピーピーうるさいわね、いちいち叫ぶんじゃないわよっ!」
「テメェがそれを言うかァ!?」
うん、アビルとアピスだった。
なんでこいつら、いつも兄妹喧嘩してるんだ?
まあ仲の良さは伝わってくるんだけど。
いやその前に、なんでこいつらがここにいるんだ?
「おい、お前らの喧嘩、めちゃくちゃ響いてるぞ」
俺は声をかけた。
二人がこちらに振り向く。
アピスが「あれ、ハル?」と目を丸くした。
アビルは俺の顔を見ると舌打ちして、ソラの顔を見ると思いきり顔をしかめた。
失礼なやつだ。
「おい血頭、んな雑魚女つれて何しに来やが……ぶっ!?」
アビルが質問してきた。
だが、その質問の途中で、アビルは後ろから妹に殴られた。
後頭部を押さえながら悶えている。
ふっ、いい気味だ。
「ごめんねソラ。ご存知の通りお兄ちゃんは頭が少しアレで、人のことを悪くしか言えない残念な人なの。気にしないであげて」
アピスがため息混じりに言った。
ソラは困ったように苦笑している。
ソラはふとアビルと目が合うと、気まずそうに逸らした。
まさかこの二人がここで鉢合わせるとは……。
ともあれ、俺はアピスに尋ねた。
「それで、今度はなんで喧嘩してたんだ?」
「……それは、こいつがなかなかソラに謝んないから、ちょっと言ってやってたのよ」
アピスは申し訳なさそうに答えた。
どうやらアピスはソラのためを思って、兄に説教したようだ。
当然、アビルに謝る気なんてなさそうだが。
今も不快そうに鼻にシワを寄せている。
「そんなことより、ハルとソラはなんでここに来たの?」
アピスが聞いてきた。
「エレクサに呼ばれたんだよ。大事な話があるからって」
「え、あんた達も?」
「あんた達も……ってことは、お前らもエレクサに呼ばれたのか?」
「そうよ。誘拐について大事な話があるから、今すぐここに行けって」
なるほど。
ソラは俺が勝手に連れて来ただけだから、エレクサは俺とこの兄妹に話があったわけだ。
……でも、この三人にいったいなんの話を?
アビルはともかく、アピスに誘拐の大事な話なんかしても意味ないだろうに。
「あぁん? ちょっと待て、オレはんな話聞いてねぇぞ」
ふと、アビルが入ってきた。
アピスが答える。
「当たり前じゃない。あんたに言っても来ないかもしれないから、エレクサは私にしか言ってないのよ。東の丘に行けばあんたがいるだろうから、ここを集合場所にしたそうよ」
「はァ? なんでオレがここにいるってあの女が知ってやがんだ」
「はぁ? あんたがいつも一人でここにいるの、みんな知ってるわよ。だから村の人達もここに近寄らないんじゃない」
なるほど。
二人の会話から状況は理解できた。
アビルが嫌われていることも理解できた。
「じゃあ、みんな用件は知らないわけだ。ひとまず、大人しくエレクサを待つしかないな」
「ケッ、なんでオレが待たなきゃなんねぇ。あの女の臭いはまだ近くにねぇぞ」
アビルが辟易とした顔で言った。
エレクサが近くに来れば、アビルが臭いでわかる。
どうやら彼女は、俺達を集めておいてまだ遠くにいるらしい。
何してるんだよ。
「まあいいじゃない、みんなで待ちましょうよ! お兄ちゃんが帰ると、あたしがエレクサに怒られるしね!」
アピスが両手を叩き、勝手に話をまとめた。
アビルは不服そうだが、一応は待つようだ。
俺とソラも頷いた。
そう決まると、アピスはソラの手を引いて、丘の先端まで連れていった。
「見て、ソラ! ここから見ると、こんな村でも少しだけ綺麗なのよ!」
この丘からは、村が一望できた。
松明の火が遠目から見るといい感じだ。
天気が曇りじゃなければ、星空ともマッチしていい景色になるだろう。
ソラも「綺麗だね」なんて微笑んでいる。
俺もぼーっと村を眺めていた……その時だった。
「ぇ?」
村の奥、西側の森あたりで閃光が迸ったのだ。
直後、凄まじい爆発音が轟いた。
「――――――――――――――ッッッ!!」
俺達は全員、反射的に腕で顔を覆った。
衝撃と風圧がここまで届いてきた。
それが収まると、俺達は驚いて固まっていた。
だが、何が起きたのかは一目瞭然だった。
場所は俺達がいる東の丘とは真反対だ。
森が燃え、黒い煙がもくもくと立ち上っている。
そう、爆発が起こったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………は?」
東の丘にいる俺達に、爆発による被害はなかった。
それでも、俺達は衝撃を受けていた。
「え……?」とか口を開けながら、その場に立ち尽くしていた。
とんでもない規模の爆発だった。
まだ少し目が眩んでいる。
森がどんどん燃え広がっている。
「ッ! ヘルハウンドの群れが来てやがる!」
最初に口を開いたのはアビルだった。
「ヘルハウンド……! 本当か!?」
俺は声を上擦らせた。
「あァ、間違いねぇ。煙のせいでわかりにくいが、相当な数がこっちに向かってんぞッ」
アビルの嗅覚は狼人の中でも桁外れている。
そのおかげで気付けたようだ。
だが、なんで魔獣が?
魔獣が来たところで、この村は結界に守られている。
いや、おそらく結界はあの爆発で吹き飛んだ。
結界を破る方法は広範囲の結界石を一気に破壊することだと、ソラが言っていた。
つまりこの爆発は、間違いなく人為的なものだ。
「うそ……まじゅ……なんで……? だって、お父さんはもう……」
不意に、アピスが震えた声を出した。
俺はアピスの方を見た。
するとその隣で、アビルも頬の傷跡を歪ませていた。
……そうか。
結界を壊して魔獣を村に呼び込む。
それは五年前、アビルの父親が犯した事件と全く同じだった。
同じことが起こって、この二人も混乱しているんだ。
でも、いったい誰が、なんのために……。
「二人とも、辛いかもしれないけど考えるのはあとにして! 今すぐ行動しないと、村が手遅れになる!」
その時、ソラが声を張った。
戦場において大事なのは、正しい選択よりも早い決断を下すことだ。
ソラは早い決断を下せる人間だった。
「それに、これは誘拐事件と絡んでるかもしれない。アピスちゃんを安全なところに連れていかないと!」
誘拐……!
俺は目を見張った。
そうだ。このタイミングでこの爆発。
犯人が誘拐犯で、この混乱に乗じて子どもを攫う気なのかもしれない。
真実はわからない。
でも、今はとにかく急ぐべきだ!
「ケッ、村の連中は別にどうでもいいが……ふざけた真似した野郎はぶっ潰す。逃しゃァしねぇ」
アビルは意識を切り替えた。
犯人への殺意を漲らせ、奥歯を擦り鳴らした。
「そ、そうね……! わたしもおばあちゃんを助けないと!!」
アピスも気持ちを切り替え、拳をグッと握った。
「なあ、煙のせいで鼻が効きにくいんだろ? 村の奴らは魔獣の襲撃に気付いてるのか?」
ふと俺は尋ねた。
「連中もバカじゃねぇ。魔獣が村に入る前に迎え撃つみてぇだな」
アビルが答えた。
ここからだと俺には見えないが、五感の優れたアビルには村の人達の動きが見えているようだ。
ひとまず、無防備に襲われることはなさそうだ。
「よし、じゃあすぐに加勢に行こう。アピスのことはソラにまかせ――」
ソラに任せて、俺達は戦場に直行しよう。
俺はそうアビルに言おうとして、中断した。
いや、中断させられた。
「……ぇ?」
一瞬の出来事だった。
銀閃が、アビルの胴体を斜めに走り抜けたのだ。
血飛沫が宙に舞い、アビルの体が後ろに傾いたのだ。
「…………」
俺達は時間を止めた。
頭が真っ白になった。
ソラも、アピスも、誰もが凍り付いていた。
「背中からの完全な不意打ちだったが、よく勘付いて振り返ったな。……だがまあ、予定通りうまくいって一安心だ」
悪意に満ちた声が場に響く。
声の主は、自らの手で斬り伏せたアビルを見下ろし、口元を歪め、剣についた血のりを振り払った。
「アビル。死ぬ前に、少し話をしようか?」
そこにいたのは、ここに俺達を集めた張本人。
エレクサだった。
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