第19話 明日晴れたら


「……優しい、魔法だと思うよ」


 不思議と、俺はそんなことを言っていた。

 ソラの生い立ちを聞いて、俺は言葉に詰まった。

 なんて慰めればいいのか、どんな優しい言葉をかければいいのか、そんなこと俺にはわからなかった。

 だけど、一つだけ、彼女に伝えたいことがあった。

 俺は迷わず、それを伝えることにした。


「……え?」


 ソラが抱えた膝に埋めていた顔を上げた。

 ベッドの上で小さくなったまま、こちらを向いた。


「ソラの魔法は、『こんな魔法』なんて卑下するような魔法じゃない。優しくて温かい、素敵な魔法だって俺は思う」


 ソラの魔法を褒めた時、彼女は悲しい顔をした。

 それがなぜなのか、ようやくわかった。

 彼女は、自分だけが生まれ持たなかった攻撃魔法を羨んでいたのだ。

 そして、帝国では平凡とされる治癒魔法を嫌っていたのだ。


「誰にだって魔法が使えるわけじゃない。俺だって使えない。なのに、せっかく授かった魔法を価値がないものと貶めて、自分の力を認めないなんて……なんかもったいないだろ」


「……でも、私の魔法は弱くて……お兄様やお姉様とは違って……」


「たしかにその魔法は、弱肉強食の帝国を統べるだけの資質もないし、圧倒的な力で敵を打ち倒すようなものでもない」


 否定する彼女に、俺はふっと笑いかけた。


「でもさ、誰かを守ることができる魔法だ」


「……まも、る?」


 ソラはきょとんとした。


「ああ。傷付いた人を癒してあげる。永遠の別れに嘆くはずだった人達を救うことができる。力が強いやつなんかよりもきっと、多くの人の役に立てる魔法だ」


「…………でも、私は実際に、誰かの役に立てたことなんてない。これまでの人生でも、一度だって……」


「ソラが気付いてないだけで、助けられてる人はちゃんといるよ」


「そんなの、誰が……」


 ソラは顔を俯かせた。

 ああ、この子は本当に気付いてないんだな。

 これまで周りの目ばかり気にして生きてきたから、劣等感ばかり植え付けられてきたから。

 彼女は、自分のことを客観的に見れていないのだ。


 家族に虐められ、友達もいない。

 人付き合いの経験がなく、褒められたことがない。

 卑屈で、自信がない女の子。

 それが、彼女の正体だったのだ。

 だから彼女は、自分が誰を助けたのかも気付けていないのだ。


「ソラは役立たずなんかじゃない。ちゃんと誰かの力になってる。だって、ソラの治癒魔法がなかったら、たぶん俺は死んでたぜ?」


「あ……」


 ソラはハッとした。


「俺はソラに助けられた。ソラが治癒魔法を使えたおかげで、魔獣と戦えて、助かることができたんだよ」


 もしソラがいなければ、俺はあの場で蹲っていた。

 怖くて、動き出せなかった。

 彼女は確かに俺を助けてくれたのだ。

 きっと彼女からしてみれば、困っている人を助けたことなんて、当たり前のことだったんだろう。

 だから、教えてあげたい。


「見ず知らずの人を助けるなんて、誰にでもできることじゃない。ソラはちっともダメなんかじゃない、すげーやつだよ。俺が、君に助けられた第一号だ」


 俺は人差し指を立てて、ニッと唇を吊り上げた。


「その魔法だって、優しいソラにぴったりの、優しい魔法だ。帝国のことはよく知らないけどさ、いいじゃん、治癒魔法」


「……ダメ、じゃなくて、優しい魔法……?」


「うん、そうだ。だから、もっと自信持とうぜ? 全部大事な、君だけの力なんだから」


 俺は笑いかけた。

 ソラはまだ、少し困惑していた。

 ぎゅっ、と膝の上のシーツを握り締めていた。


「そ、そっか……。私なんかが、誰かの役に立ててたんだ」


 ややあって、彼女は息を洩らすように言った。

 少しだけ口元も緩んでいる。

 伝わってくれたようだ。

 よかった。


 でも、そう思うと同時に、俺は少しムッとした。

 引っかかったのだ、彼女の言葉が。


「ああ。だからさ、その『私なんか』って言う癖もやめようぜ?」


「え……?」


「君は俺の恩人なんだ。俺が信じてる人なんだ。そうやって自分の価値を下げる発言されると、俺もあんまり気持ちよくない」


「し、信じてる……? 私を?」


「ああ。俺は誰よりもソラを信用してる。まあ、誰かと比べられるほど友達いないけどさ」


 記憶なし男なもんでね。

 俺は頭を搔いて、「とにかく」と続けた。


「あんまり自分を卑下するなよ。自分の魔法を嫌うなよ。俺はその凄い力に救われたんだから」


「……」


「それに、俺は好きだよ……お前の魔法」


「え……っ」


 これが、俺の伝えたいことだった。

 そうだ。俺は彼女の魔法が好きなのだ。

 でも、素直に好きとか言うと、なんかちょっと照れるな。

 俺は肝心なところで視線を逸らし、そっけなく言ってしまった。

 ……ダサ。

 最後までかっこつけきれなかった。

 ダサいとか思われてないよね?


 チラッとソラの方を見ると、彼女はぽかんとしていた。

 真紅の瞳をぱちくりさせていた。

 なが〜い沈黙が流れた。


「…………いや、なんか言ってくれない?」


 俺は耐えきれなかった。


「え……っ! あっ、その……ごめん」


 ソラはあたふたした。


「いや、なんで謝るんだよ」


「うあ、えっと、そんな風に言ってもらえたの初めてだから……すっごく嬉しいのに、その、なんて返したらいいのかわからなくて……」


「……ふっ」


「……なんで笑うの」


 ぷいっ、とソラは頬を赤らめた。

 俺が苦笑すると、彼女はじと目を向けてきた。

 しばらくすると、彼女はベッドから降りて、俺の前まで歩いきた。

 立ち止まり、自分の気持ちを整理するように息を吐く。

 そして、少し照れながらこちらを見上げた。


「……私、もう少しだけ頑張ってみる。せめて、アビルにぎゃふんと言わせるくらいはね」


「……そっか。目標は高くだね」


「うん。だから……その、私なんかの……ううん、私の魔法を好きだって言ってくれて、ありがとっ、ハル」


 彼女ははにかんだ。

 涙の跡で目尻を赤くしながら、はにかんだ。

 ……可愛い。


 結局のところ、問題は何も解決していない。

 魔法は使えないままだし、ソラの母親だって救えない。

 そんなことはわかっている。

 でも、彼女が少しだけ笑顔になってくれた。

 俺はそれが嬉しかった。


「けど、あんま気負いすぎないでいこうぜ。明日天気がよかったらー、くらいの気持ちで気楽にやって、あのクソ狼に吠え面かかせてやれよ」


 俺は勝気に笑って、拳を突き出した。


「天気……うん、わかった。明日晴れたらね」


 ソラはきょとんとしてから、肩の力を抜いて笑った。

 こつん、と白い拳がぶつかってくる。

 少しくすぐったい空気が流れた。

 そのあと少しだけ話して、俺達は解散した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺は部屋に戻った。

 簡素なベッドの上に寝っ転がり、天井を眺めた。

 このベッドも、皇女様のソラからしたら固くてしょうがないんだろうな。

 俺はぼーっと、そんなことを考えていた。


 言いたいことは言えた。

 スッキリした。

 ソラも、少しだけ元気になってくれたと思う。

 彼女の力になれた気がして、嬉しかった。


 ……なのに、俺の心は晴れなかった。

 胸がモヤッとしていた。

 少しだけ寂しい気持ちがあったのだ。

 この感情は、なんだろう……。

 何か、すごい嫌なものな気がした。


 ダメだ。もう寝よう。

 明日も子どもの捜索があるんだ。

 エレクサは時間を見て修行も続けると言っていた。

 俺にはまだまだやることがあるんだ。

 ソラのために強くなるんだ。


 俺は瞼を閉じた。

 もうすっかり夜中だ。

 俺はすぐに眠たくなった。

 そして、遠のく意識の中で、俺はぽつりと呟いた。


「……俺は、誰なんだろう」

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