第18話 ソラの過去
俺とソラは、子どもの捜索に協力を申し出た。
ただ、時刻は夜だ。
夜の森は闇に覆われ、魔石灯の光と僅かな月灯りしか頼るものがない。
結界外には魔獣も潜んでおり、捜索には危険が伴う。
そのため、連れて行ってもらえたのは俺だけだった。
俺は夜中に帰ってきた。
もうソラは寝ている時間だ。
階段を上がり、短い廊下の先にある二つの部屋。
その自分の部屋の方へと、音を立てないよう静かに向かった。
すると、ソラの部屋の扉が少し開いていた。
なんとなく彼女が起きてる気がして、俺は覗き込んだ。
やましい気持ちはないぞ。
「お……」
ソラは起きていた。
ベッドの端っこに座って、窓を開けて、夜空を眺めていた。
月明かりに照らされる白銀の髪は、物語の妖精みたいに綺麗だった。
「あ、ハル、おかえり。ずいぶん遅いから、少し心配しちゃった」
俺がぼーっとしていると、ソラが気付いた。
「あ、ただいま。もしかして待っててくれたのか?」
「もちろん。私じゃ夜は力になれないから、ハルに頼りっきりなのもなんか悪くて」
「いや、そこは適材適所だから、気にせず休んでても責めねーよ」
「うん、ありがと。……でも、さっきのはちょっぴりうそ。なんだか眠れなくって」
「ちょっぴりとか言って、普通に寝付けなかっただけだろ?」
「もう、そんなことありません。眠くなってもちゃんと待ってましたよーだっ」
ソラがぷすっと頬を膨らませた。
……まだちょっと、空元気っぽい感じがするな。
「でも、夜ふかしは肌に悪いぞ。せっかく綺麗なのに」
「うん、そうだね。明日も忙しくなりそうだし、早く寝ないとハルに叱られちゃうしね」
ソラは可愛らしく舌を出した。
「……そうだな」と俺は返す。
なんか、やっぱりいつものソラじゃないな。
いつもは「綺麗」と褒めたらデレデレしながら照れるのに、今日は普通の反応だ。
アビルに好き放題言われて、まだ落ち込んでいるんだろうか。
こういう時は、放っておくべきなんだろうか。
……いや、逆の立場ならきっと、ソラは寄り添ってくれるはずだ。
「ソラの家族って、いま何してんの?」
俺は急に踏み込んだ質問をした。
ソラが「え?」と肩を跳ねさせる。
「……いきなり、どうしたの?」
「いや、ソラ、自分探しの旅してるとか言ってたけど、こんな年頃の女の子がそんなよくわかんない旅に出て、普通の親なら心配だろ?」
「……」
「そもそも、自分探しの旅で普通こんな森選ばないし、ソラもわけありなのかなって。……最近元気もないし、もし何か悩んでるなら、話してくれよ」
ソラは少し動揺した。
「それは……」と口ごもった。
ややあって、彼女は首を横に振った。
拒絶の意思表示だ。
やっぱり何かある。
でも、これ以上は聞かない方がいい。
それは十分伝わってきた。
だけど、俺は諦めようとは思わなかった。
嫌だったのだ。
出会った頃の強い彼女とはかけ離れた、弱々しい横顔を見ているのが。
彼女にはもっと元気でいて欲しい。
そんなわがままが、俺の背中を押したのだ。
「ソラ、俺に言ったじゃん。遠慮するなって。私にできることなら手伝うって」
「え……?」
ソラは初めて出会った日、俺にそう言ってくれた。
何気ない言葉だった。
でも、記憶喪失で不安になっていた俺は、その言葉に救われたのだ。
だから、同じ言葉を彼女に送った。
「だから、俺にも遠慮しないで欲しいんだ。話を聞くくらいしかできないけどさ、困ってるなら頼ってくれよ」
「頼りないのはわかるけどさ」と俺は苦笑した。
ソラは目を見開いた。
無言のまま、数十秒流れた。
そして、ゆっくりと息を吐いて、彼女は言った。
「……私の本名はね、『ソラ・ルーナ・ロッソ』っていうの」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
三百年前、火の精霊『フレイム』により『龍』が封印され、厄災の時代が終わった。
だが、平和は訪れなかった。
人類はそこから、荒れ果てた大陸の領土を奪い合ったのだ。
二百年に及ぶ、戦争の時代が始まった。
そこで二つの勢力が台頭した。
これが後に、東のグラウ王国と、西のロッソ帝国となる。
この二大国が百年前、休戦協定を結んだことにより戦争は終わった。
現在では大陸の東側をグラウ王国が、西側をロッソ帝国が支配している。
東側諸国と西側諸国は冷戦状態となった。
冷戦と言いつつ、配下の小国を使った小競り合いは、今でも繰り返されてるという。
そんな歴史の続きを、俺はソラから説明された。
「私はね、そのロッソ帝国の第三皇女……だったんだ」
そして最後に、彼女は衝撃的な事実を言った。
自分が二大国の一つ、ロッソ帝国の皇女であると。
「こ、皇女様……?」
と、とんだサラブレッドだった。
身分が違いすぎる。
こんな砕けた態度で接していて、帝国内なら俺の首は飛ばされているところだ。
俺はしばらく呆けていた。
内心では「皇女!? すげーじゃん!!」とか言いたいテンションだった。
……でも、それはできなかった。
それを語る彼女の横顔が、あまりにも寂しそうだったから。
「ロッソ帝国は、上昇志向の思想が強く根付いた国でね」
ソラは続けた。
「強者は讃えられ、全てを手にできる。逆に弱者は貶められ、強者に従う。だから、国内での内戦は当たり前で、みんな自分の強さを証明するために命懸けで戦ってるの」
「実力至上主義、ってことか」
「うん。強者が弱者の上に立つことを尊重される国。それが私の生まれた国」
弱肉強食。
生まれの貧しさも強さがあれば覆していける。
ロマンのある国ではある。
だがその反面、弱者の末路は凄惨だろう。
虐げられ、見下され、争いの絶えない環境では躊躇なく使い捨てられる。
残酷な国だな、と俺は思った。
「帝国のトップであるロッソ一族は、代々『膨大な魔力量』と『強力な攻撃魔法』を受け継いできた一族なの。絶大な才能と、幼少期からの英才教育のおかげで、三百年間、最強の皇族として君臨し続けてる」
恐ろしい一族だ。
魔法の才能は遺伝的な要素が大きい。
ソラが膨大な魔力量を秘めている理由は、血筋の影響だったのだ。
……あれ?
でもそれなら、ソラは『強力な攻撃魔法』を使えるはずじゃないか……?
「私はね、落ちこぼれだったんだ……」
俺が抱いた疑問は、すぐに解消された。
寂しそうな声だった。
俺は息を呑んだ。
「皇族だから、もちろん兄弟は多かったんだ。でもね、私だけ……私一人だけね、攻撃魔法が使えない子だったの」
「……」
「授かったのは平凡な治癒魔法と、身の丈に合わない魔力量だけ。それすらも、ろくに扱えないんだけどね」
……まさに、皇族の落ちこぼれだ。
強さが全ての帝国において、戦う術を持たない皇女。
皇帝にも、国民にも認められない。
さぞ生きにくかっただろう。
きっと、彼女の心の拠り所は、家族くらいしかなかっただろう。
「皇族の恥晒しと罵られて、私はすぐに皇帝に……お父様に見放されたの」
「……え?」
俺は目を丸くした。
「才能がなくて全く成長しない私を、皇帝は皇族と認めなかった。帝国では皇族で一番強い者が皇位を継ぐんだけど、私は十歳の時に皇位継承権を剥奪されて、家名を名乗ることも禁じられたの」
「……」
「皇族じゃなくなった私は、召使いとして生かしてもらうことになった。だから、ほんとはさっき言った名前はもう違くて、今はただのソラかな」
「……」
「兄弟達にもいじめられてたから……私はずっと、独りだったんだ」
俺は絶句した。
なんて、なんて寂しくて、苦しい人生だよ……。
俺は、俺は、なんて言えば……
「……っ、……それは、寂しかったな」
俺は、そんなことしか言えなかった。
でも、そんな同情の言葉は、彼女に響いた。
「うん……うん、寂しかったなぁ……」
彼女は声を震わせた。
肩も震わせた。
膝の上にかかったシーツを握り締め、震わせた。
「私はずっと、寂しかった……っ。最初はいじめてきた兄弟達も、途中から口も聞いてくれなくなって……まるで、空気を見るみたいに私を見て……っ」
「……」
「いつも一人で勉強して、話し相手なんか誰もいなくて……ぅ、帝国民にだって『落ちこぼれ皇女』って馬鹿にされて、蔑まれて……っ」
「……」
「なんで私だけって……なんで私だけ、こんな魔法しか使えないのって、いつも思ってた……っ。私だって、できるなら強くなりたかった……!」
彼女は泣いていた。
しばらく、無言の時間が流れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ソラは涙を拭った。
「ごめんね」なんて言いながら、両手で目元をこする。
ややあって、彼女は話を続けた。
「私が国を出た理由は、皇帝陛下が殺害されて、お母様が監禁されたからなの」
また、突拍子もない話が始まった。
俺は「は?」と口に出しかけた。
顔には出ていたと思う。
でも、泣いている彼女を見たあとだからか、静かに話を聞こうと思った。
話はこうだった。
皇帝が暗殺された。
犯人は皇帝と同じ姿をしており、そのまま国を乗っ取った。
誰もそのことに気付いていない。
ソラは偶然、その犯行現場を目撃したそうだ。
ソラの母親は帝国最高の魔術師で、凄腕の研究者らしい。
犯人はその力を狙い、母親を監禁した。
母親は皇妃でありながら、研究者として常に国中を飛び回っていた。
だから、監禁されても誰も気付かないそうだ。
ただ、母親がすぐに殺されることはないそうだ。
説明は省かれたが、助ける猶予が二年くらいはあるらしい。
「お母様は、唯一私に優しくしてくれる人だった。数回しか会ったことはないけど、私は大好きだった。……だから、お母様だけは助けたいなって思ったの。助ける仲間を探すために、旅に出たの」
それが、彼女の旅の目的だったのか。
もしかすると獣人の村にも、強力な仲間を探しに来たのかもしれない。
「だから、私は変わりたかった。弱くて何もできない私のままじゃ、仲間なんてできるはずないって思ったから」
「……」
「だから、ハルに魔法の練習を後押しされた時、頑張ろうって思ったの。たかが魔法の練習だけど、これは変われるチャンスなんだって……そう考えたら、すごく焦っちゃって……」
彼女は途中から、声を震わせ始めた。
また、涙が溢れ出していた。
「でも、魔法も、お母様の救出も、私なんかにはできないって……ほんとは、最初からわかってたんだ」
「……」
「お母様を失ったら、私の人生にはもう何も残らない。残らないのに……それでも私は心のどこかで、どうせまた失敗するって思ってた」
「……」
「大切な人の命がかかってても、私はずっと不安で、私なんかにできるのかって疑ってて……っ。そんな私の本心は、最初からアビルに見透かされてた」
「……」
「ごめんね。きっと呆れちゃったよね。これがほんとの私なの……。ダメダメで、こんな魔法すらちゃんと使えない……落ちこぼれのお姫様なの」
最後に、彼女は寂しそうに笑った。
「でも、話してみて少しスッキリしたかも。……ハルの方が大変なのに、わざわざ聞いてくれてありがとね」
ソラは両手で涙を拭った。
一人で喋って、一人で泣いて。
無理やりな笑顔を作って、無理やり話を終わらせた。
「……優しい、魔法だと思うよ」
そして、気付いた時には。
俺はそんな言葉を口走っていた。
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