第16話 誘拐事件


 村の夜は、松明の火によって照らされる。

 日が暮れ始めると村人が火を灯して回るのだ。

 森の奥の村で、焚き火がパチパチ燃える音だけが響く夜は、慣れない俺からすると少し怖かった。


 俺達は、薄暗い村の中を歩いた。

 目的の家に到着すると、人集りができていた。

 重たい、嫌な空気だった。


「ユミがぁあっ、ユミがぁぁああっ!」


 まず、女の人が泣き喚く声が聞こえてきた。

 エレクサは人集りの前で止まると、長く息を吐き、感情をグッと押し殺したような表情で進んだ。

 俺達もその背中に続いた。


「どうしてあの子がぁぁあああッ!!」


 女の人が、地面を引っ掻きながら泣き叫んでいた。

 その背中を支える男も、強く顔を歪ませていた。

 ああ、きっとこの二人は、誘拐された子の両親なんだろう。

 部外者の俺でも一目でわかった。


「これで三人目か……。気付いたのはいつだ?」


 落ち着いた態度で、エレクサが父親に確認した。


「朝はい、たんだけど……遊びに行っ、たっきり戻らなくて……臭いが、なくて……」


「他に一緒に遊んでいた子どもは?」


「わからない、と……いつの間にかいなく、な、っていたらしい」


 父親が途切れ途切れに説明した。

 エレクサは握り締めた拳に爪を突き立てていた。

 彼女もよく村の子達と遊んでいる。

 副村長として、この村で一番の実力者として、悔しい気持ちでいっぱいなんだろう。


「どおしてぇっ! どうしてあの娘がぁっ……ッ!!」


 母親は変わらず叫んでいた。

 痛々しい声だ。


 誘拐。

 そう、誘拐が起きたのだ。

 俺はその事実を、ようやく実感することができた。

 関係ない村のことだ。

 どの子どもが誘拐されたのかもわからない。

 それでも、やるせない気持ちでいっぱいになった。


「よし、さっそく捜索隊を編成しよう。まだ遠くには行ってないはずだ。なんとしても手がかりを掴むぞ」


 エレクサは他の村人からも情報を取ると、すぐに指示を出した。

 誘拐はこれが初めてではない。

 村の人達も、呑み込みと対応が早かった。


 エレクサはしゃがみ、泣きじゃくる母親の肩に手を置いた。


「大丈夫だ。村の全員が味方だ。諦めるには早い。ユミのためにも気を強く持て」


「うわぁぁあ……ほんとにあの子はぁ……どぉしてぇえ…………うぅ……」


 エレクサの声は母親に届かなかった。

 頭を抱えて、嫌々と現実を拒絶している。

 エレクサは顔をしかめ、頭を振って気持ちを切り替えた。

 立ち上がり、村の人達と共に捜索へ向かおうとした、その時だった。


「ぁ……」


 母親の叫び声が急に止まった。

 俺は「え?」と思った。

 村の人達も、どうしたんだろうと母親の方を向いた。

 母親は固まっていた。

 嘘のように呆けた面で、口を開けていた。

 全員の視線が、母親の視線の先へと向かった。


「あんたが、やったんじゃないの?」


 母親は、冷たい声を発した。


「……あぁん?」


 アビルが眉間に皺を寄せた。

 そう、アビルだ。

 豹変した母親の視線は、アビルを捉えていたのだ。


「ッ! あんたがやったんでしょ!? 私達のこと恨んでるもんねぇ!?」


 母親は顔を歪め、叫んだ。


「村に誰かが侵入したら臭いでわかるんだ! みんな薄々感じてる、犯人はこの村の人なんじゃないかって! だったらあんたしかいないじゃない!? あんた以外に考えられないでしょッ!?」


 母親はまるで怨敵のようにアビルを睨んでいた。

 俺は困惑した。

 いきなりどうしたんだ。

 なんの証拠もないのに、急にアビルを責め始めたのだ。

 八つ当たりにもほどがある。

 だが、続いた母親の言葉に、俺は息を詰めた。


「だって……だって! あんたは人殺しの息子なんだから! 私の息子だって、あの時殺されたんだッ!!」


 は、人殺しの息子……?

 アビルが?

 アピスも?


 俺は情報を処理しきれなかった。

 隣でソラも驚いていた。

 当のアビルは冷めきった無表情だった。

 ただつまらなそうに、母親を見下ろしていた。


 俺はさらに困惑した。

 なぜこの男が、言い返さないのかと。

 だが、それよりも困惑することがあった。


 周囲の村人が、誰も止めないのだ。

 それどころか、全員がアビルに疑いの視線を向けていたのだ。


「黙ってないでなんとかいいなさいよッ!?」


「そこらへんにしておけ。証拠もなく子どもを疑うなど恥じゃぞ」


 ようやく、止めが入った。

 村長だった。

 村長はたった今ここに来たようだが、叫び声が聞こえていたのか、状況は察しているようだった。


「村長……! でもこいつはッ!」


「アビルはそんな馬鹿なことするほど、お前達に興味などないよ」


「そんなの! じゃあこいつの父親だって――」


「黙らんかッ! これ以上は自分を貶めるだけじゃぞ。己の心を守るために人に当たるな!」


「ぅ……ッ!」


 村長の圧に、母親は怯んだ。

 そのまま、涙を流しながら俯く。

 村長はチラリとエレクサに視線を向けた。

 エレクサは頷き、再び指示を出した。


「これよりユミと犯人の捜索を始める。ゴンダ達は結界の状況確認、ユダ達は私と共に結界の外を捜索、ピートは他の子どもに被害がないかを確認してくれ」


 村人達は気持ちを切り替え、頷いた。

 アビルは無言で俺の横を通り、立ち去った。

 その背中を睨み付ける村人もまだ多くいた。

 なんとも言えない、嫌な空気が残った。


 村の人達は行動を始めた。

 誘拐された子の母親は、父親と村長が家の中へと連れていった。

 俺は、この状況でも一人で立ち去ろうとしているアピスに声をかけた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺達は宿に戻ってきた。

 俺とアピスとソラの三人で、一階のリビングの椅子に腰掛けている。

 暗い空気の中、俺は口を開いた。


「アピス、お前なんで友達いないんだ?」


「あんたねえ……! 首根っこ掴んで無理やり連れてきた第一声がそれなんて信じられないわっ!! 私は孤高の存在なのよっ!」


 アピスは頬をふくらませた。

 まあ、冗談はさておき。


「とりあえず、村で起きてる誘拐事件について聞かせてくれ」


「ふんっ、どうせそんなことだろうとは思ったわよ。わたしがいないと何もわからないのねっ!」


 アピスはやれやれと肩を竦める。

 こいつも何を聞かれるかは察していたようだ。


「……私も、聞かせてほしい。私もこの村のことをちゃんと知りたい。私達にできることなら、協力させてほしい」


 ソラが言った。

 ようやく、彼女は口を開いた。

 アビルに罵倒されて塞ぎ込んでいたが、ようやく顔を上げたのだ。

 だが、その表情に元気がないことは、見て明らかだった。

 アピスはソラの顔をチラっと見てから、話し始めた。


 この村での誘拐は、今回で三回目らしい。

 八ヶ月前と半年前に、女の子が一人ずつだ。


 こんな森の奥で『誘拐』と断定できる理由は、子ども達の『臭い』が残っていないからだ。

 獣人は五感が優れている。

 特に狼人族の嗅覚はすごい。

 アビルが迷子のアピスを見つけられたのも、臭いを追ってきたからだ。

 だが、今回の事件にはその臭いが残っていないらしい。

 もしアピスのように迷子になったのなら、臭いが残っているはずだ。

 それがないということは、犯人が意図的に消したとしか考えられないのだ。

 エレクサによると、臭いを消す魔道具があるらしい。

 なんて厄介な。


「あの母親も『臭いがない』って言ってたもんな……。ちなみに、お前らの鼻ってどれくらいの範囲まで効くんだ?」


「雨さえ降らなければ、結界内に部外者が入った時点で村の連中はみんな気付くわ」


 おお、なんて恐ろしい嗅覚だ……。

 だとすると、犯人自身も臭いでバレないよう、魔道具で臭いを消してから村に入ったのだろう。

 それも捜索範囲に引っかからないほど遠くからだ。

 だが、それだけで部外者が、誰にもバレずに犯行に及べるだろうか。


「誘拐された子達って、きっと売られるんだよね……」


 不意に、ソラが言った。


「……奴隷か。奴隷制度を認める国は多いのか?」


「多くはないけど、ある。労働力として人間より役立つから、獣人の子どもは高く売れるの。女の子の場合は観賞用にされたり、それ以上のことも……っ」


 ソラはきゅっと唇を噛んだ。

 この村で誘拐されているのは全員が女の子だ。

 ソラは嫌な想像をしているんだろう。

 一度奴隷になれば、一生奴隷だ。

 誰かの所有物として凄惨な人生を送ることになる。

 親にも、友達にも、一生会えない。

 ……くそ、胸糞悪いな。


 ただ、状況はわかった。

 臭いがないせいで捜索が難しいこともわかった。

 あと気になることは……


『村に誰かが侵入したら臭いでわかる! みんな薄々感じてる、犯人はこの村の人なんじゃないかって!!』


 母親が言っていた。

 外部に協力者がいることが前提だが、村の中に犯人がいる可能性は高いだろう。

 こんなタイミングで村に来たんだ。

 普通なら、俺とソラも疑われるところだ。

 だが、村人の疑いはアビルに向いていた。

 その答えはきっと、アビルの父親にある。


「お前とアビルの、父親について教えてくれ」


 アピスは唇を引き結んだ。

 人殺しの息子。

 それこそが、アビルとアピスが村で孤立していた理由なんだろう。

 アピスは言うか言わぬか、少し悩んでいた。

 俺はできる限り真っ直ぐ、本心を伝えた。


「もしお前が困ってるなら、ちょっとくらい力になるからさ」


「…………はぁ。お兄ちゃんがソラにあんなきつく当たったのは、昔の自分と重なったんだと思う……」


 アピスはゆっくり、自分達の過去を語り始めた。

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