第15話 ソラの挫折


 夕方の修行にて、今日も俺はボコボコにされていた。

 俺はフルボッコの顔(いつもよりはマシ)で、エレクサに頼んだ。


「なあ、ソラの修行を見に行ってもいいか?」


 ソラは一日一度、夕方に魔法の練習をしていた。

 その時間は俺も修行中のため、彼女の練習風景は見たことがなかった。

 だが、昨日のソラの表情を見たあとでは、気になってしょうがなかった。


「なんか躓いてるらしくてさ。今日だけ頼むよ」


「そうか。まだ嬲り足りないが……まあいいだろう。私も一緒に見に行こう」


 エレクサは少し残念そうな顔をしたが、あっさり了承してくれた。

 どんだけ剣を打ち合いたいんだよ、この人。

 てか、今「嬲り足りない」って言ったよな、こいつ。

 まあいいか。


 俺とエレクサは修行を中断し、宿の方に戻った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 結界付近の草原から、森を通って村に戻る。

 すると、俺達が借りている宿が見えてきた。

 その宿の裏で、ソラの魔法の練習は行われていた。


 到着すると、ソラが魔力を練り上げていた。

 ソラの前には折れた立木がある。

 治癒魔法の練習は、木や花などの植物を使って行うらしい。

 魔力は全ての生物に宿っているため、治癒魔法の効果は植物にも適応されるのだ。


 折れた立木は、人の胴体の三倍近い太さがある。

 これからあれを治すようだ。

 あの太さだ。治すのは容易じゃないだろう。

 魔法に疎い俺でもそれくらいはわかった。


 ソラの後ろにはベータがいた。

 彼女は「魔力の流れを全身で感じてください」などと助言をしている。

 俺は「よお」と言って、離れたところで見学しているアピスの横に並んだ。

 対角の離れた位置にはアビルもいた。

 どうやらアビルは、立木を蹴り倒して壊す役目らしい。

 怪我をさせられるわけじゃなかったんだな。


 ちなみに、ベータは村人の中でも珍しく、アビルやアピスを避けない人物だった。

 とはいえ、関係性はよくないようだ。

 アピスはいつもと違って黙りしていた。


 ソラは俺の存在に気付かないほど集中していた。

 彼女は「いくね」と言うと、魔力を解放した。

 

「すげー魔力量……こんなに秘めてたのか……っ」


 俺は慄いた。

 鳥肌が立った。


 凄まじい魔力量だ。

 強さで言えば、圧倒的にエレクサやアビルだ。

 だが、魔力量だけで言えば、強者であるエレクサやアビルなんて話にならない。

 それくらい、ソラの魔力量は凄まじかった。


「あの立木の太さはベータでも治せないが、本来のソラなら一瞬で治せるだろう」


 エレクサが言った。

 たしかにこの魔力量をコントロールできれば、簡単そうだ。


 ソラは治癒魔法を発動した。

 白銀の髪がなびき、白い肌が純白の光に包まれる。

 華奢な手のひらから、癒しの力が注がれた。


 すると、立木の亀裂部分が繋がり始めた。

 繋がり始めて、数秒経ち、した。


 自身の体内で魔力が暴走すると、肉体が吹き飛ぶ。

 それと同じで、許容量を超えた魔力を流されると、器が耐えきれずに崩壊するのだ。

 今回は立木だったからよかったが、これが実際の人間だったら……。

 治癒魔法は、一歩間違えれば人を殺す。

 恐ろしい力だ。

 俺はごくりと唾を呑んだ。


「う、あぁぁぁあっっ!!」


 ソラが叫んだ。

 魔力が暴走しているのだ。

 爪を立てて、両肩を抱いている。

 まずい、このままでは体が吹き飛ぶ……!


 俺は「ソラ!」と、咄嗟に飛び出そうとした。

 何ができるわけでもないのに、夢中だった。

 だが、ポンと肩に手を置かれた。

 エレクサだ。


「大丈夫だ。ベータがいる」


 視線を戻すと、ベーダがソラを抱き締めていた。

 ベータはソラの背中に手を添え、魔力暴走を抑え込んでいった。

 他人の魔力をこうもあっさり。

 すごい技術だ。

 彼女のおかげで、今日までソラは無事だったのだ。


「ご、ごめんね……。また、うまくいかなかった……」


 ソラが謝った。

 力のない、か細い声だった。

 息も切れ切れで、俯いている。

 ひとまず、彼女が無事で俺はホッとした。


「今日はこれまでにしましょうか。もう少し、基礎練習の時間を増やした方がいいかもしれません」


「う、うん……。こんなにしてもらってるのに、ほんとにごめんね」


 ベータが慰めると、ソラはまた謝った。

 とても辛そうな横顔だ。


 一緒に修行しようと誘ったのは俺だ。

 そんな俺がこんなこと言うのはあれだが、たかが魔法の練習だ。

 別にできなくても問題ない。

 なのに、彼女は必要以上に落ち込んでいた。

 どうして、そんなに思い詰めているんだ……?


 俺は彼女に声をかけようとした。

 でも、なんてかけるべきか悩んだ。

 そんな時だった。


「おい、弱虫女。もう辞めちまえよ」


 不意に、苛立った声が響いたのだ。

 ふと視線を向けると、アビルだった。

 アビルはソラの前で立ち止まると、見下ろし、頬に走る三本の古傷を歪めた。


「テメェにはできねぇから辞めちまえっつってんだよ、この愚図がッ」


「ぇ……」


 ソラは声を洩らした。

 俺も、他のみんなも、突然の事に戸惑った。


「見ててイラつくんだよ。毎日毎日進歩もねぇ癖に、失敗する度に傷付いたような面しやがって。終いにゃあ他人に慰められてホッとしてやがる」


「ちょっと、アビルさん……」


「テメェみてぇな軟弱野郎に魔法なんて使えるわけねぇだろ、なぁ?」


「アビルさん!」


 ベータが声を上げた。

 彼女はソラを背に庇い、アビルを睨んだ。


「そんな言い方あんまりじゃりませんかっ! ソラだって頑張って――」


「がんばってるだァ? ハッ、オレには頑張ってるポーズを取ってるようにしか見えねぇよ。そうだろ、おい?」


 アビルはさらに嘲笑うように言った。

 目が完全にキレていた。

 正直、何が原因でキレているのか意味不明だ。

 だが、アビルの中で、この二週間で溜め込んでいた何かが爆発したのだ。

 それだけは、なんとなく察せられた。


 ソラは何も答えられなかった。

 きゅっと下唇を噛み、ただ俯いていた。


「テメェの目ぇ見てりゃわかる。やる前から情けねぇ面して、本当はどうせできねぇとか心のどっかで思ってんだろ? そんな野郎に何ができる? 何もできるわけねぇだろうが!!」


「ぅ……」


「テメェはやる前から逃げてんだよ。こんな弱ぇ女に時間さくだけ無駄だってんだ。人に手伝わせといて目障りなもん見せてんじゃねぇよ、このがッ」


「……っ」


 それを言われた瞬間、ソラは息を詰めた。

 真紅の瞳を揺らした。


 酷い言いようだ。

 落ち込んでいる相手に、なんてこと言いやがる。

 俺はカッと頭に血が上った。

 こいつは俺の恩人を傷付けたのだ。

 俺は気付けば「おい」と声を発していた。


「もうやめろ。それ以上減らず口を叩くな、クソ狼」


「……なんだァ? こいつを庇って何になんだよ。オレは間違ったことは言ってねぇぞ」


「たとえ正論だったとしても、お前がソラを傷付けていい理由にはならねーよ」


「ハッ、甘ぇ意見だな。誰かが言ってやらねぇとバカは一生気付かねぇ。傷の舐め合いがしてぇなら他でやれよ、くっだらねぇ」


「くだらねえ、だと……っ!」


 その瞬間、俺はブチンときた。

 人の心を顧みないこの男を、ぶん殴ってやろうと思った。

 俺は拳を震わせ、魔力を解放した。


「……あぁん? なんだテメェ、俺とやる気か?」


 アビルは嗤った。

 余裕の態度で面白がっている。

 実力では圧倒的に自分が上と思っているのだ。


「ちょっと、あんたら、落ち着いて……!」


 アピスが咄嗟に止めに入ろうとした。

 だが、構わず俺は、こいつの逆鱗に触れた。


「ああ。来いよ、


「…………あァ?」


 ブチッッ、と。

 アビルの血管がはち切れる音がした。

 殺気が放たれ、場が一瞬で凍り付いた。

 アピスが「しまった」という顔をする。

 アビルも一気に魔力を解放した。


「おい、やめろアビル! こんなところで喧嘩して何になる!」


「うるせぇ! オレに指図すんじゃねぇ!!」


 エレクサが止めたが、アビルは聞く耳を持たなかった。

 こうなったこいつは止められないだろう。

 俺も、止まる気はない。

 必ずこいつを一発、殴ってやる。


 俺達は睨み合い、ぐっと踏み込んだ。

 その、瞬間だった。



「誘拐だぁあっ!!」



 村の方から、間抜けな声が響いたのだ。


「「………………は?」」


 俺も、アビルも、動きを止めた。

 エレクサに止められても止まらなかったが、動きを止めた。

 さすがに聞き逃せない単語だったのだ。


「エレクサ、探したぞぉ! 今すぐ村に来てくれ!」


 男が駆け寄ってきた。

 全員がそっちを見た。

 そして、男は必死の形相で言った。


「子どもがまた、誘拐されたんだっ!!」

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