第14話 ソラの元気がない
魔法の練習を始めて、一週間が過ぎた。
その間、私はハルと違い、全く成長できていなかった。
だめ。だめだ。
こんなのじゃだめだ。
私は自分に言い聞かせた。
これは偶然与えられた機会だ。
それでも、確かに変われるチャンスだ。
私には使命があるんだ。
国を飛び出したんだ。
だから、頑張らなきゃいけないんだ。
汗が滲む。
魔力が乱れて気持ち悪い。
日に日に体力が、精神が、削られている。
「それでも、私はお母様を……」
私は、魔法の練習に全力を注いだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
村の東端にある、俺達が借りている宿。
そのさらに東に森を進むと、結界付近に開けた草原がある。
そこで、俺の修行は行われていた。
「ほら、気が抜けたぞ! すぐ構えろ!」
「ぐぉ……ってぇな! ぐあ!?」
俺は、ボコボコにされていた。
エレクサの修行は「体で覚えろ」の一言で、ひたすら木剣での打ち合いだった。
早朝の畑仕事より前の空が暗い時間と、夕方の一日に二回行われる。
俺は毎日二回もフルボッコだ。
とはいえ、俺の剣の腕はここ数日で激上していた。
というより、体が感覚を思い出していた。
相変わらず頭の方は思い出せないのにな。
ついでに、身体強化の技術も取り戻していた。
扱える魔力量も日に日に増えている。
俺はそれらを総動員して、エレクサの剣になんとか食らい付いていた。
だがこの女、マジで強い。
エレクサは剣戟を交わす中で、ふっと笑った。
「よし、次の段階だ。お前は力の無駄が多い。パワーが上の相手に対し、パワーで対抗するなんて愚の骨頂だ。もっと相手の力を利用しろ」
俺が振り下ろした木剣を、彼女は斜めに構えた木剣で受け止めた。
そのまま、木剣の腹を滑らせるようにして、俺の一撃を受け流した。
おお、まじか!
「相手は攻撃を防がれると、こうして隙ができる」
受け流された俺の剣がそのまま地面に叩き付けられ、土を抉る。
エレクサは隙まみれの俺の胴に、中段蹴りを放った。
「くはっ!」と息が洩れた。
剣士が蹴るかよ、普通……!
膝をつかされた俺は、立ち上がる勢いを利用して刺突を繰り出した。
剣の先端で敵の顔面を狙う。
すると、エレクサは突き出された俺の木剣を横から叩き、攻撃の軌道を逸らした。
俺は目を見張った。
相手の剣を受け止めるのではなく、横や斜めから叩き、相手の力を利用して受け流す。
口で言うのは容易いが、高い技術がなければできないことだ。
「ほらよッ!!」
「ぐぉ……っ」
最後は技術もクソもない、力任せの横薙ぎを喰らった。
俺はなんとか木剣で受けたが、そのまま吹っ飛ばされた。
魔力で強化された俺の体が、立木を貫いていく。
三本目を破壊したところで勢いが止まった。
「いや、死ぬって……」
過酷な修行だ。
一瞬でも隙を晒せば連打連打連打。
毎日魔法で治してくれるベータがいなければ、この修行は成り立っていなかった。
「日に日に打たれ強くなるな。しごきがいがある」
エレクサが満面の笑みで近付いてきた。
俺は地に伏せながら、見上げた。
悪魔め。やりすぎだろ!
「あんた、人を痛めつけるの好きだろ」
「変な勘違いをするな。私は純粋に戦いを愉しんでいるだけだ」
勘違いではない。
エレクサは剣を握ると人格が変わる。
俺をフルボッコにする時の顔は本当に楽しそうだ。
普段は面倒見のいい副村長を演じているが、俺の目は誤魔化せんぞ。
ああ、もう帰りたい。
「なあ、この村にあんたより強い奴っているのか?」
ふと、俺は尋ねた。
「いない」
自信満々に即答された。
「ふっ、本当のことだ。私が強すぎてまともに戦える奴がいない。唯一、アビルだけは私に匹敵するくらい強いがな。まあ、負けはしないよ」
あのクソ狼、エレクサレベルの強さなのか。
なんか腹立つな……。
「でも、狼人族って精強な種族なんだろ? 二百人もいる群れにしては、強い奴が少ないんじゃないか?」
「……五年ほど前か。ちょっとした事件で、大勢を亡くしてな……」
「え……」
急にエレクサが表情を曇らせた。
おっと、地雷を踏んだようだ。
亡くして、とは言葉通り死んだんだろう。
少し気になるけど、部外者の俺が聞くべき話ではないか。
「悪いな、変なこと聞いちまって。続きやろうぜ」
「お、ずいぶんやる気だな。よし、第二ラウンドだ」
俺は勝気に笑った。
エレクサの修行はスパルタ過ぎだが、強くはなれる。
この森を抜けるまではソラを一人で守り抜けるように、俺は強くならないといけない。
ソラも今頃頑張っているんだ。
ベータの指導もある。
彼女ならきっと、ぐんぐん成長しているだろう。
俺も負けていられない。
そう思い、俺は修行を再開させた。
だが、そんな俺の予想は、大きく外れていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この村に来てから、食事は村長の家でお世話になっていた。
村長の料理はうまかった。
アピスとアビルを育てているうちに、腕が上達してしまったらしい。
食事は毎日の楽しみだ。
この家に住むアビルと一緒に食卓を囲うのは、最悪だったけど。
まあ、妹のアピスはウザ可愛いからいいか。
だが、そんな楽しみな食事の時間も、日に日に空気が重くなっていた。
原因はソラとアビルにある。
修行を始めて二週間が過ぎた。
俺は「もう無理……」と何度も思ったが、なんだかんだ充実していた。
成果が出ているからだ。
だが、ソラは全く成果が出ていないらしい。
彼女には才能がある。
膨大な魔力量がある。
でも、今は初級の治癒魔法しか使えない。
それ以上の魔法を使おうとすると、魔力が制御できなくなるようだ。
彼女はこの二週間、魔力暴走を繰り返していたのだ。
ソラは落ち込んでいた。
表情も明らかに暗い。
正直、そこまで思い詰めることではない気がするけど……。
ちなみに、この話はアピスから聞いた。
アピスは暇だから、毎日ソラの修行を見学しているらしい。
まあそれはいい。
問題は、アビルもイラついているということだ。
こいつはソラの修行を手伝わされている。
それなのになんの成果もないことに、イラついているんだろう。
イラつくなよ。
寛大な心で手伝えよ。
そのせいで、食事の場が暗い雰囲気じゃないか!
「ねえ、見てよハル。この芋の皮、私が剥いたのよ! おいしいでしょ!」
アピスは平常運転だ。
皮を剥いただけで美味しさは変わらないが、俺は美味しいと言ってあげた。
俺はスープを啜りながら、隣に座るソラに話しかけた。
「ソラ、修行うまくいってないんだって?」
「えっ……?」
声をかけると、ソラは肩を跳ねさせた。
相当自分の世界に入っていたんだな。
ここ数日、彼女はぼーっとしてることが多い。
普段の彼女とは別人だ。
どうしたんだろう、本当に。
「最近元気ないけど、大丈夫か?」
「え、そうかな……? そんなことないよ」
「んー、なんか表情暗いからさ」
「心配かけてごめんね。私は大丈夫、なんともないよ」
ソラは微笑んだ。
明らかに取り繕っている。
「修行の方も大丈夫。ちょっと躓いてるけど、私もハルみたいに頑張るから」
「……そっか。なんか、たかが練習なんだし、気軽にやりなよ気軽に」
「うん、ありがとう」
ソラはまた微笑んだ。
なんだか、彼女らしくない笑顔だった。
でも、これ以上話を続けるのはしつこいか。
俺は机の上のスープに視線を戻した。
その時、ふとアビルの視線に気が付いた。
アビルはソラを見ていた。
目つきが悪いせいで、睨んでいるようにも見える。
なんか、こいつはこいつでソラに思うところがありそうだな……。
俺も明日は、ソラの修行を見に行こうかな。
「……あれ、なんでお前のスープだけ色が違うんだ?」
不意に、俺はアビルに尋ねた。
みんな赤いスープを飲んでいるのに、アビルだけ白いスープを飲んでいたのだ。
だが、アビルはシカトしてきた。
「おい」と俺は机の下でアビルの足を蹴る。
アビルは倍の威力で蹴り返してきた。
俺達は机の下でドコスカと蹴り合いを始めた。
「なんだテメェ、ぶっ殺すぞ!」
「無視すんじゃねーよ。なんでお前だけ辛くなさそうなスープ飲んでんだよ!」
「ハル、お兄ちゃんは辛いものが食べられない、お子様なのよ!」
アピスが口を挟んだ。
ははーん。俺はニヤッとした。
アビルの額に青筋が浮かぶ。
「テメェ、余計なこと言うんじゃねぇ! オレは辛いものが食えねんじゃねぇ、嫌いなんだ!」
「それを食えないって言うんでしょ! あんたアホなの!?」
「テメェにだけはアホ呼ばわりされたかねぇよ!」
そこから、アビルとアピスは兄妹喧嘩を始めた。
いつものことだから、村長もため息をつくだけで止めはしない。
俺は喧嘩の原因を作った張本人として、面倒なので食事に集中することにした。
ごめん。
ぎゃあぎゃあと、うるさい声が響き渡る。
そんな中でも、ソラの表情は晴れなかった。
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