第13話 修行を始めよう
「強くなりたいなら、私が稽古をつけてやろうか?」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、こちらに見知った二人が歩いてきた。
「エレクサさんに、ベータ……どうしたの?」
ソラが首を傾げた。
声をかけてきたのは副村長のエレクサと、もう一人はベータという女性だった。
「驚かせてしまってごめんなさい。エレクサさんに『アピスが魔法がどうとか言って飛び出したから、一緒に見に行くぞ』と誘われまして。……お邪魔でしたか?」
「ううん、そんなことない。ハルが魔法を使いたいって言うから試してたの。もう終わっちゃったけどね」
ソラと親しげに話す女性が、ベータだ。
物腰の柔らかい、白い毛並みの獣人。
彼女はこの村で唯一魔法が使える、治癒術師らしい。
二人は歳が近いこともあってか、この一週間でかなり仲良くなっていた。
……この子も、魔法が使えるんだな。
「魔力の臭いがしたから来てみたが……魔法は使えたのかよ? 血頭野郎」
その時、森の中からもう一人現れた。
アビルだった。
なんだか急に人が集まってきたな。
獣人は魔法適性の少ない種族だから、珍しいのか?
「なんだよ、盗み聞きしてたのか?」
「はぁ? 近くに来りゃテメェらの話し声くらい聞こえんだろ」
アビルは顔をしかめ、自身の獣耳を指差した。
地獄耳め。
どうやらこいつは本当に、魔力の気配がしたからここに来ただけらしい。
暇人かよ。
「残念だけど、魔法の素質はなかったよ」
「ハッ、クソつまんねぇ。来て損したぜ」
こいつ、俺が魔法を使えないと知って笑ったな。
なんて性格の悪い。
まあ、今はこいつのことはどうでもいい。
俺はエレクサの方に振り返った。
「それで、私が稽古をつけてやろうか?」
「ぅお……っ、びっくりさせんなよ……」
振り返った瞬間、エレクサの顔がすぐ目の前にあった。
俺は肩を跳ねさせた。
いつの間に近付いたんだよ、この女……。
「で、稽古ってなんだよ? 修行をつけてくれるってことか?」
俺は尋ねた。
「そうだ。お前、剣を使うんだろ? 魔法が使えなかったなら、お前に残された道は剣しかない。剣を学ぶなら、私ほどの適任者はいないだろう」
「たしかにエレクサは強いだろうけど……なんでいきなり? そっちにメリットはないだろ?」
「アピスを助けてくれた礼だ。村を代表する一人としてな。それに、私は剣士と聞けば打ち合わずにはいられないんだよ」
エレクサの目には好奇心が浮かんでいた。
なるほど、強者ゆえの飢えというやつか?
強い奴の考えることはよくわからん。
それにしても、なんかエレクサの目って、ちょっと怖いんだよな……。
「あとは、本音を言うと暇なんだ。この前の狩猟で当分の食糧は確保したし、退屈しててな」
エレクサはニカッと笑った。
人を暇つぶしに使わないでもらえます?
「いいじゃない! エレクサはフレイム大森林の外から来た人だから、大陸中のいろんな剣術に精通してるらしいわ! たぶん!」
そう言って、アピスが腰を叩いてきた。
「ずいぶん曖昧な斡旋だな」と俺は苦笑する。
だが、これはいい話ではある。
魔法の道は、記憶のない今の俺にはどうにもできない。
だが、身体強化と剣術を鍛えておくことは今後の自分のためになるし、ソラのためにもなる。
どうせ村にいる間は暇だし、断る理由はない。
「じゃあ、暇つぶしついでにお願いしようかな。修行ってどんくらいやるんだ?」
「おお、いいねえ。そうだな、朝と夕方の二回やろう。師匠と呼んでもいいんだぞ?」
「思ったより多いな……。まあお手柔らかに頼むよ、エレクサ」
こうして、エレクサが修行をつけてくれることになった。
「あの、稽古の前に少しよろしいでしょうか? 少し気になっていたんですが、左腕の包帯は怪我をされてるんですか?」
不意に、ベータが尋ねてきた。
左腕の包帯とは、俺の怪我のことだ。
剣で貫かれたような深い傷で、ソラに治癒魔法をかけてもらってからは、毎日自分で包帯を交換していた。
どうして怪我していたのかはわからないが、森で目覚めたらこうだったのだ。
「ああ。まだ完治はしてないけど、ソラに魔法かけてもらったし動かす分には問題な……」
「えっ! ソラって治癒魔法を使えるんですか!? 言ってくれればよかったのに!」
俺の答えを遮り、ベータが声を上げた。
え、ソラってあんなにベータと話してたのに、魔法の話はしてなかったの?
同じ治癒術師なのに。
「あ、いや、その、私は少ししか使えないから……」
ソラが目を泳がせながら答えた。
すると、アビルが割り込んできた。
「おいテメェ、尋常じゃねぇ魔力量を秘めてやがるが、まさかコントロールできねぇのか?」
「う、うん……。最低級の治癒魔法なら使えるけど、それ以上の魔法を使うと魔力が暴走しちゃうの」
「ハッ、才能の無駄遣いだな」
アビルは嘲笑った。
相手の魔力量は、相手が魔力を解放する瞬間まで感じ取れない。
例えば、魔法を使う時とかだ。
だが、ソラはこれまで初級魔法しか使ってなかったため、少量の魔力しか解放してなかった。
だから俺は、「え、ソラって魔力量すごかったんだ?」と思った。
ちなみに、ソラのような『魔眼』持ちや、アビルのような嗅覚が特別優れた獣人は別だ。
彼らは相手を一目見ただけで、魔力総量がわかるらしい。
でも、魔力暴走、か。
ソラが「魔法を苦手」と言っていたのは、そういう理由だったのか。
彼女はすごい才能を秘めていたのに、それを使いこなせていなかったのだ。
「ハルさん、左腕を見せていただいても構わないでしょうか?」
ふと、ベータが聞いてきた。
「え? いいけど」
彼女が近寄ってきた。
何気に喋るのは初めてだな。
俺が左腕を差し出すと、ベータが包帯を解いた。
未だ癒えない傷口があらわになる。
「これは、結構深い傷ですね……」
ベータが眉を寄せた。
覗き込んできたアピスが「ぐろぉ!」と目を覆っている。
ベータはそっと傷口に触れると、「“ヒーリング“」と唱えた。
俺の左腕が白い光に包まれる。
「おぉ……っ」と俺は息をこぼした。
「ベータは魔力量は大したことないが、緻密な魔力操作で質のいい治癒を施せるんだ」
エレクサが腕を組みながら解説した。
たしかに、この治癒魔法はソラのよりレベルが高い。
傷口がどんどん塞がっていく。
ソラも隣で、食い入るように眺めていた。
「おお、治った。ありがとう」
「いいえ」
ベータは微笑んだ。
すると、エレクサが提案した。
「どうせなら、ソラは治癒魔法の練習をするといい。ベータに教えてもらってな」
その提案に、ソラは「え?」と目を丸くした。
「いいですねっ! ぜひやりましょう!」
ベータは乗り気だった。
彼女は身を乗り出してソラの手を握る。
ソラは困惑していた。
「ハルさんもエレクサさんと稽古するようですし、せっかくなのでソラも魔法の練習をしましょうよ! 村にはまだいる予定ですよね?」
「え、そうだけど……。でも私、ほんとにうまくできないから……」
「私も誰かに魔法を教えるのは嬉しいですし、もっとソラとも話したいです」
ソラは依然戸惑っていた。
というより、どこか後ろ向きの反応だった。
……よし、ここは背中を押してあげるか。
「やってみたらいいんじゃないか? 一緒に頑張るのが俺以外にもいると心強いし」
「ハル……」
「せっかくの機会じゃん。苦手を克服して変われるかも、って軽い気持ちでさ」
「ぅ……っ。……うん、そうだね。じゃあ……よし、頑張ろうかな」
彼女は悩んだのち、こくりと頷いた。
「そうと決まれば、アビル、お前も手伝ってやれ。どうせ暇なんだからな」
話がまとまると、エレクサが言った。
治癒魔法の練習で手伝い?
アビルに怪我でもさせるのか?
それはいいことだ。
「あぁん? バカか。なんでオレがんことしなきゃなんねぇんだ」
「妹の恩人だろ? お前は何か返したのか? まさか、その程度の筋も通せない男なのか?」
「ぐぬぅ……!!」
アビルは頬を引き攣らせた。
うまく転がされているな。
結局、アビルは「クソがッ!」と言って協力してくれることになった。
こうして、俺とソラの修行が始まるのだった。
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