第12話 魔法を使おう


「ねえハル! あんた天才なんだから『魔法』を使えるんじゃない!?」


 それは、突然の提案だった。

 村に来て一週間がすぎた昼下がり。

 今日も朝の畑仕事を終え、俺は日課の昼寝をしようしていた。

 そこに押しかけてきたのが、瞳を輝かせたアピス。

 うん、めんどくさそう。

 

「お前、本当に暇だよな。ま・た・勝手に部屋に入ってきやがって」


「当たり前じゃない。この借宿は村の所有物なんだから、わたしには自由に出入りする権利があるのよ!」


「ああ、そう……」


 俺はこの一週間、毎日アピスに連れ回されていた。

 アピスはこの村で孤立している。

 そんな子に遊ぼうと誘われて断れるほど、俺はダメ男じゃないのだ。

 ちなみに、ソラさんは村の子ども達にも人気のため、そっちに引っ張りだこだ。

 そのため、俺しかフリーがいないのだ。

 なぜ俺は人気がないんだ?


「それで、今日の暇つぶしは魔法か?」


「そうよ! あんたは身体強化を一瞬で使えるほどの天才なんだから、魔法の才能もあるんじゃないかって閃いたのよ!」


「いや、何度言えばわかるんだよ。あれは体が覚えてただけで、俺は天才じゃない」


「でも、魔法は使ってみたいでしょ? フレイム様が龍を倒した話も読んでたじゃない! やっぱ憧れてるんでしょ?」


「あれは歴史の勉強だよ。……まあ、魔法は使ってみたいけど」


 たしかに魔法の適性があるかは、いつか調べようと思っていた。

 だってかっこいいじゃん、魔法。

 まあ村での生活にも慣れてきた頃だし、ちょうどいいかもな。


「じゃあ、やっちゃうか」


 ということで、俺とアピスはソラの元へ向かった。

 ソラはちょうど宿の一階にいた。

 今日は子ども達と遊ぶ予定はないらしい。


「え、魔法が使いたい? いきなりどうしたの?」


 俺達の唐突なお願いに、ソラは首を傾げた。

 俺は自分に魔法の適性があるかを知りたいと伝えた。


「魔法の適性を調べるくるいならできるけど……私、魔法は得意じゃないから、教えるとかはできないよ?」


「得意じゃない? あんないい魔法使ってたのに?」


「……うん、あんまりね」


「ふーん? まあ適性を調べられればいいから、とりあえずお願いできるか?」


 彼女は不安そうだったが、最後は「わかった」と微笑んでくれた。

 この宿は村の東端にあるため、宿の裏はすぐ森だ。

 さっそく俺達は外に出て、宿と森の間の開けたスペースに移動した。

 わくわく。


「そういえば、魔法についての説明はいる? 覚えてる?」


 ソラがまず確認してきた。

 たぶん一般教養レベルなら覚えているが、一応説明をお願いした。


 魔力は誰にでもあるが、魔法は誰にでも使えるわけじゃない。

 才能のあるごく一部の人間しか使えず、血筋の影響が大きいのだ。


 魔法は大まかに、攻撃魔法、治癒魔法、付与魔法、儀式魔法、空間魔法の五種類ある。

 一人の人間に使えるのは、五種類のうち一つだけだ。 

 治癒魔法を扱うソラは他の魔法は使えない。

 ゆえに、戦えないのだ。


 五種類の魔法は、それぞれさらに細かい属性に分けられている。

 例えば攻撃魔法だと『火、水、風』みたいなのがわかりやすい。

 これも自分に適性がある属性しか使えないため、一人一属性が基本だ。


「じゃあ、始めるね? 身体強化の時の要領で、魔力を解放してもらっていい?」


 説明が終わると、ソラが言った。

 俺は心臓から魔力を解放する。

 ソラに出会って身体強化を発動したあの日から、俺はいつでも同じことができるよう練習していた。

 なので、魔力の解放はもう完璧だ。

 俺の恩返しは彼女を守ることなのだから、そのくらいの努力は怠らない。

 まあ、この安全な村にいる間は必要ないけど……。


 すっとソラの指先が俺のデコに触れてきた。

 白くて滑らかな綺麗な手だ。

 俺の手は硬くて汚い。

 本当に同じ人間か……?

 俺は自信を一つ失った。


 俺の魔力が、ソラの指先に吸い取られ始めた。

 おお、なんかむず痒い。

 しばらくすると、ソラが「おわった」と手を離した。


「……うん、たぶんハルは火属性の攻撃魔法が使えると思う。なんだか、不思議な感じがしたけど……」


「え、火の魔法? …………まじか、よっしゃ!!」


 俺は天にガッツポーズをした。

 俺にも才能があったのだ!

 万歳三唱!


「すごいわハル、やっぱあんたは天才ね! それもフレイム様と同じ火の魔法よ! 少し生意気ね、あんたには相応しくないわ!」


 アピスが腰に抱きついてきた。

 褒めてるのか貶してるのかどっちだよ。


 でも、これは嬉しいことだ。

 やっぱり男なら、誰でも魔法には憧れるからな。

 しかもこの世界の英雄と同じ『炎』だ。

 フレイムについてはつい先日知ったばかりだが、俺は嬉しく思った。

 ミーハーな男だな。


「ふふっ、よかったね。火属性の魔法は子どもからも大人気だもんね」


 ソラが慈愛に溢れた笑みを向けてきた。

 あれ、やっぱり俺のこと子ども扱いしてる?

 それは男としては許し難いぞ。

 ……まあ、可愛いからいいか。


「なあソラ、初心者用の魔法ってないのか? なんか使ってみたいんだけど!」


「初級魔法の中で一番簡単なのなら、適正者なら誰でも使えるよ。火属性は有名だから、私も詠唱は知ってる。指先からちょこっと火が出るくらいだけど、やってみる?」


「さっすがソラ、頼むよ」


 俺は前のめりに頷いた。

 魔法の発動方法は『詠唱』を唱えることだ。

 初級魔法なら複雑な魔力操作もいらないし、才能さえあればちょちょいのちょいらしい。


 俺はソラから説明を受け、魔力を解放した。

 心臓から指先へと魔力を送り込み、イメージする。

 魔法で大事なのはイメージらしい。

 指先から火が出るイメージ。

 俺は脳内でイメージを作り上げ、超短文の詠唱を口にした。

 

「“ヒート“」


 ……が、俺の指先から火が出ることはなかった。

 風が吹き抜け、木の葉が擦れる音がする。

 …………………………あれ?


「何も起きないじゃないっ! どういうこと!?」


 アピスが叫んだ。

 期待を裏切られたと言わんばかりの顔だ。


「どういうことって、俺が聞きたいんだけど……」


 俺の指先からは火どころか、魔力が消失していた。

 初級の魔法を使えない奴なんて存在するのか……?

 ソラに救いの視線を向けると、彼女はしばし考え込んでから、言った。


「もしかして、ハルの記憶が関係してるのかな……?」


「え、記憶?」


「うん。魔法は自分の精神と密接に関わってるの。魔法の基本は自分を信じることだって言われてるくらい、膨大な力を扱うには土台となる精神が大事なの」


「自分を、信じる……」


「だから、記憶がないという少し不安定な精神状態が、魔法の発動に影響してるのかなって。あっ、もちろん、私の適性調査が間違えてるって可能性もあるけど……」


 ソラはこちらを気遣うように言った。

 なるほど、精神状態か。

 つまり魔法を使うには、以前の俺を取り戻すしかないということだろうか……。

 そりゃあ、できるなら取り戻したいけど……。

 でも、もし以前の俺に戻ったら、今の俺って……。


「ねえ、もしかしてあんた、攻撃魔法じゃなくて付与魔法の使い手なんじゃない?」


 不意に、アピスが聞いてきた。

「うえっ?」と、俺は変な声を出してしまう。


「付与魔法って……あの、最弱の魔法か?」


 付与魔法とは、武器に魔法の効果を付与するものだ。

 だが、威力が弱すぎて役に立たないため『最弱の魔法』と呼ばれている。

 使っている人もほとんどいないはずだ。


「もし火属性って診断が合ってるなら、火の付与魔法を使える可能性が残ってるんじゃない?」


「どうだろう。ハルの魔力はなんか変な感じがして、わかりにくかったから……ごめん、私じゃちょっとわからないな」


 アピスの質問に、ソラが眉を寄せながら答えた。

 俺は「そうか」と下手くそな笑みを浮かべる。


「どっちにしても、今の俺には魔法が使えないってことだ。せっかく時間とってもらったのに、悪いな」


「ううん。魔法を使いたいなら、もう少し時間を置いて頑張ってみよ?」


 ソラはそう励ましてくれた。

 俺のガッカリ感が顔に出ていたんだろう。

 だが、記憶のことが絡むとしょうがない。

 ひとまず、今は身体強化の方をもっと鍛えて、ソラの役に立つとしよう。


「なーんだ。ハル、あんたは天才じゃなかったのね。ガッカリだわ」



 アピスがため息をついた。

 手のひら返しやがったな、こいつ。

 俺はアピスの頭をグリグリした。

「ちょ、やめろ……!」と睨み付けてくる。

 そのまま少しじゃれ合い、魔法の授業はお開きの雰囲気となった。


「じゃあ、俺は日課の昼寝をす……」


「強くなりたいなら、私が稽古をつけてやろうか?」


 そして、俺が宿へ戻ろうとした時。

 そんな声を後ろからかけられたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る