第11話 村での日時
村に来て四日が経った。
俺達は約束通り、村の早朝の畑仕事を手伝うことになった。
日が昇る前に起き、一仕事して、昼寝をする。
それが俺の生活サイクルになっていた。
正直、まじで眠い。
この村の生活は自給自足が基本だ。
こんな森の奥だと貿易なんてできないからな。
たまにエレクサが森を出て、商人から物資を調達することもあるらしいが。
それもほとんどが武器類の入手らしい。
そして俺達は、今、川で洗濯していた。
時刻は昼過ぎだ。
昼寝したい……。
「自分の服は自分で洗濯……当たり前だけど、川でってのが物語の冒頭みたいだよな」
俺はぼやいた。
ソラがこちらに顔を向ける。可愛い。
「えっと、それって『桃太郎』のこと?」
「ああ。村長から本を借りたんだよ。火の精霊フレイムの英雄譚とか読んでみたくてさ。そしたら、一緒に桃太郎の本を貸されたんだ」
「たしか、桃から生まれた太郎くんの話だよね。昔は川での洗濯が主流だったから、日常を描く上で便利な表現だったのかな?」
「今は魔道具での洗濯が主流だもんな。まあ、こんな森の奥に魔道具はないんだけど」
俺達は雑談しながら、洗濯を続けた。
すると、遠くから大声が聞こえてきた。
「あらソラちゃ〜〜ん! こんなところで水浴びか〜い?」
振り返ると、たらいを片手に豪快に笑うおばさん。
あれはたしか世間話好きのおばさんだ。
洗濯帰りだな。
この四日で、ソラは村の人達とかなり打ち解けた。
この容姿だ。最初は警戒されていたが、今ではすっかり人気者になった。
特におばさんと子ども達からの人気はすごい。
可愛いと褒められる度に変人リアクションをかましていたのは、少し話題になっていたが。
「あっ、ミーヤおばさん! 水浴びなんてしてませんよ〜!」
ソラが手を振り返す。
水が飛んできますよ、ソラさん。
「私達は洗濯物を洗ってるんです! ミーヤおばさんもいらしてたんですね〜っ!」
「若くて可愛いんだから覗きには気をつけなよ〜! 男はみんな狼だからねえ、はっはっは」
「っ!? えへっ……か、可愛いなんて、そんな……ご、ごごご冗談を……っ」
おばさんは笑いながら立ち去った。
何も会話が噛み合っていなかったな。
ソラは頬を赤くして身悶えている。
それを見て、アピスはドン引きしていた。
「ちょっとあんた達! ふざけてないで手を動かしなさい! とっとと終わらせるわよ」
「はいはい……って、あれ、俺こんなピンクのタオル使ってたっけ?」
ふと、俺は身に覚えのないタオルを手に取った。
素寒貧の俺は村の人から衣服をもらい、生活している。
けど、こんなのもらってないよな……。
まあ、いいか。
俺はタオルを洗濯板に擦り付けた。
「ちょっとハル、力が強いわよ! 破けたらどうするうもり?」
「大丈夫だって。俺って意外と器用な……あっ」
アピスが注意したそばから、俺はタオルを破いた。
「っほら見なさい……って、これわたしのじゃないッ!!」
「ぐはぁっ!?」
アピスが俺のご尊顔に飛び蹴りをかましてきた。
俺は川の中に吹っ飛ばされ、バシャーンっと水しぶきが舞った。
全身ずぶ濡れだ。
「なんてことしてくれんのよっ! こんなことならあんたのとこに紛れさせないで自分で洗えば……あっ」
「おい、クソガキ」
俺は立ち上がった。
水が頭から勢いよく垂れ落ちる。
今、聞き捨てならない言葉が俺の耳を打った。
「お前、俺のとこに自分の洗い物を混ぜたんだな?」
「あ、いや……その……えへへ?」
「口を滑らせたな。くらえ、水魔法の極意!」
「ぎゃあああっっっっ!?」
俺はたらいに溜めた水をぶちまけた。
アピスは悲鳴を上げ、全身泡まみれになった。
彼女は犬のように全身の毛をブルブルと揺らすと、ギッッと眦を吊り上げた。
「あんた、死になさいッ!!」
アピスが飛びかかってきた。
俺は全霊で迎え打つ。
二人で仲良く、川の中に倒れ込んだ。
「ちょ、ちょっと……え、洗濯は!?」
川の中での乱闘なんて、ソラには経験がないだろう。
育ちの悪さが滲み出た光景に、彼女はしばらくあたふたしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夕方になった。
綿々と続く川が、橙色に染まっている。
その川の中をバシャバシャと、アピスが駆け回っていた。
その中心にはソラが立っている。
彼女はいつものロングブーツを脱ぎ、裸足で川に入っていた。
水の滴る白い生足……うん、いいね。
二人は洗濯石けんの泡を使って、シャボン玉を作って遊んでいた。
ソラがふぅっと息を吹き込むと、二人の周りにシャボン玉が浮遊する。
夕陽の光を反射させ、儚く消えていった。
「すごーい! きれいっ! 今後はおっきいの作ろうよ、ソラっ!」
「じゃあ、まずは大きな吹き具を作らないとね」
二人の楽しげな声が聞こえてくる。
俺は川辺に座って眺めていた。
アピスはもちろんのこと、ソラもやけに楽しそうだ。
「……ッたく、テメェらは何してやがんだ?」
不意に、背後から不機嫌そうな声が届いた。
俺は顔をしかめながら振り返った。
森の中から現れたのは、ポケットに手を突っ込む、ぶっちょう面のアビルだった。
「……なんだお前か。美少女鑑賞の邪魔しやがって。妹が心配になって見に来たのか?」
「あぁん? んなわけねぇだろ」
「いや、じゃなきゃここに来ないだろ。素直に認めろって」
俺はニヤッとした。
「気色悪りぃツラすんじゃねぇ。テメェは本当に性格悪ぃ面してんな」
「いや、お前には言われたくねーよ……」
俺が言い返すと、アビルはイラッとした顔をした。
すごい悪人面だ。
こいつ、鏡で自分の顔を見たことないのか?
「……んで、あいつらは何してんだよ」
アビルが顎をしゃくり、川で遊ぶ二人の方に視線を向けた。
「あー、俺がアピスのタオルを破いたら、へそ曲げちゃってさ。だから、シャボン玉を教えたんだよ。蔦で輪っか作って、洗濯石けん使ってさ。そしたらあいつ、『私にもやらせなさい!』って目を輝かして、あの通り」
「ハッ、くっだらねぇ」
自分から聞いたくせに、アビルは鼻で笑った。
俺は心の中で「死ね」と唱えた。
「……にしても、ずいぶんテメェらに懐いてるみてぇだな」
「お、妹とられて寂しいのか?」
「チッ、んなわけねぇだろ、しばくぞテメェ」
アビルは心底嫌そうな顔をした。
素直じゃないな、全く。
お前のツンデレには需要がないぞ?
てか、こいつと二人で話すのって何気に初めてだな。
話したくはないけど。
……でも、いい機会だな。
俺はふと、気になってたことを聞いてみることにした。
「なあ……アピスってさ、なんで村の連中と全く関わらないんだ? お前は嫌われてそうだからわかるけど」
「あぁん? なんだいきなり、殺すぞ」
「いや、結構真面目な話。……あいつ、村長かエレクサ以外の人と話さないだろ? この四日間も、ずっと俺達と過ごしてるし、友達がいるようにも見えないし」
アピスは明らかに村の人達を避けていた。
いや、逆もまた然りだ。
村の人達の方こそ、アピスやアビルのことを避けているように見えた。
ある日、アピスはかくれんぼをして遊ぶ村の子ども達を眺めていた。
俺が「お前は一緒に遊ばないのか?」と聞くと、「興味ないわよ」と返された。
その時の横顔が、少しだけ寂しそうに見えた。
「村に入った時、村の人達がお前らに向けてた視線もおかしかった。……お前らは、なんで孤立してるんだ?」
「…………チッ、部外者が。テメェには関係ねぇ」
少し無言を挟んでから、アビルは吐き捨てた。
……やっぱり、何かあるんだな。
俺はそれだけ確信した。
「あのバカ女二人に風邪ひかねぇように言っとけ。寝込まれたらめんどくせぇからな」
そう言い残して、アビルは踵を返した。
あいつ、やっぱりツンデレなのか?
川の方に視線を戻すと、少し冷え込んだ風が首元を通り抜けた。
二人はまだシャボン玉に夢中だ。
俺はなんとなく、こんな日常がいつまでも続けばいいなと思った。
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