第10話 村の案内


 俺達は客人用の宿に通された。

 ただの一軒家だったが、中身は綺麗で快適だった。

 客なんて来なさそうなのに、なんであるんだろう。


 そして、その翌日の朝。

 俺とソラは再び森の中にいた。


 この村は周囲を森に囲われており、さらにその奥は崖に囲われている。

 村に来れる道は、西側の一本のみ。

 魔獣なんかはまず辿り着けない土地だ。


 加えて、この村は結界に守られていた。

 結界とは魔獣を通さないバリアの魔術だ。

 つまりこの村は、地形にも魔術にも守られた超安全地帯ということになる。

 もう魔獣はうんざりだから、最高だな。

 

「これが結界か。たぶんこれは初めて見るな」


 俺とソラは、アピスの案内でその結界を見ていた。

 アピスは村長から「客人に出てはいけない境界線を教えてこい」と指示を受けたらしい。


「木に付いてるこの結界石から内側が結界の範囲内よ! 詳しいことはおばあちゃんから教わったけど、忘れたわ!」


 アピスが胸を張りながら言った。

 大丈夫かこの案内係……。


 アピスが指を差した『結界石』は、等間隔で木に括り付けられていた。

 村を一周して囲うように、たくさん設置されているようだ。

 俺はソラに尋ねた。


「これ、ソラが持ってた魔獣除けの石と同じやつか?」


「ううん。ちょっと似てるけど、これはもっと効果の強い別の石。この結界は村を囲った結界石を核にして、バリアの魔術を発動してるみたいだね」


 んー、なるほど。

 よくわかんないけど、わかった。

 たぶん俺は魔術に関する知識が弱いな。

 とりあえず、この石のおかげで結果が成ってるってことしかわからなかった。

 まあ、それで十分か。

 

「じゃあ、この石を壊したら結界が破れるのか?」


「うん。でも、この結界は強固な術でできてるから、ちょっと石を壊したくらいじゃ破れないかな。破るなら、広範囲の石を強い衝撃で一気に壊すくらいしないと」


「広範囲の石を一気にね。爆発とかでか?」


「力づくで破るならそうだね。そこまでする人はいないと思うけどね」


 ソラが苦笑した。

 とりあえず、石を壊さない限りは大丈夫だろう。

 それだけ認識して、俺達は村に戻った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 村に戻ると、女の獣人が俺達を待っていた。


「待ってたぞ、旅の人」


「あれ、エレクサじゃない。なんでここにいるのよ?」


 アピスが尋ねた。

 どうやら知り合いのようだ。当たり前か。


「お前達の帰りを待っていたんだ。村長から仕事の紹介をするよう頼まれてな。私はエレクサ、一応肩書は副村長だ。よろしく頼む」


 凛々しい声だ。

 中性的な顔立ちで、背も俺より高い。

 全身筋肉質だし、どちらかというと男っぽい印象だ。

 ちなみに、黒い毛並みの獣人だった。


「私はソラといいます。よろしくお願いします」


「あ、ハルです」


 俺とソラも自己紹介をした。

 ハルって名乗るの、まだ違和感しかないな。

 エレクサが手を差し出してきたため、俺達は握手を返した。

 その瞬間、俺は慄いた。


(この人、手の皮が岩みたいに硬え……!)


「エレクサはこう見えて、この村で一番強いのよ! 逆らわないことを勧めるわ」


 アピスが言った。

 冗談ではないだろう。

 只者じゃないと、手を握れば俺にもわかった。


「おいおいアピス、物騒な紹介をするな」


 エレクサがアピスの頭を撫でた。

 気さくな笑みだ。

 二人の雰囲気からは仲の良さが滲み出ていた。


「じゃあ、まずは村の案内からしようか。ついてきてくれ」


 エレクサが村の中へ歩き出した。

 村の案内をしながら、仕事の説明といったところか。

 仕事を手伝うことは村に滞在する上での約束だ。

 俺もしっかり頑張らないとなー。


 俺とソラはエレクサに続いた。

 すると、アピスが別方向に歩き出していた。

「あれ?」と俺は振り返る。


「……おい、お前は行かないのか?」


「わざわざ村の中になんて行かないわよ。あんたらの宿で寝てるわ」


 淡々と答えて、アピスは去って行った。

 あいつなら絶対ついてきて騒ぐと思ったが、なんだか急に不機嫌になったな。

 なんだろう…………まあ、ひとまずいいか。


 俺達はエレクサに村を案内された。

 エレクサは姉御肌っぽい人だった。

 俺達が緊張しないよう積極的に話してくれる。

 おかげで会話に困らない。

 いい人そうだ。


 彼女は村の人とすれ違う度に声をかけられていた。

 みんなの視線から、信頼されていることがよくわかる。

 さすがは副村長だ。


 ……でも、昨日アビルと一緒に村に入った時とは、空気感がまるで違うな。

 村の人もみんな明るいし。

 昨日のはなんだったんだ……?


 そんなことを考えながら歩いていると、男の人と肩がぶつかった。

 四十代くらいのおっさんだった。

 俺が前を見ていなかったせいだ。

「あ、すいません」と謝ると、おっさんは睨み付けてきた。


「チッ。お前らか、余計なことしたのは。あんなガキ連れ帰ってきやがってッ」


「え……?」


 嫌味な感じで言われ、俺は困惑した。

 だが、おっさんはもう一度舌打ちすると、そのままいなくなった。

 ええ、なんかめちゃくちゃ嫌われてる……?


「すまないな。こんな閉鎖的な村だと、外部の者をよく思わない者もいるんだ」


 一部始終を見ていたエレクサが謝罪してきた。

 ポン、と肩に手を置かれる。

 それもそうか。俺達を快く受け入れてくれたのは、アピスのおばあちゃんだもんな。

 残念ながら、迷惑に思う村人もいるだろう。

 でも、「あんなガキ」っていったい……。


「エレクサさん。あれはフレイム様の石碑ですか?」


 ふと、ソラが尋ねた。

 彼女が指を差していたのは、村の中央の広場に建てられた石像だった。

 俺もその石像に視線を向ける。

 大剣を掲げた、美しい女性の像だ。

 その石像の前で、何かを祈るように手を合わせている村人も見えた。


「ああ、先祖がフレイム様を崇めて建てたものだ。日々の平和を感謝して毎日祈りを捧げるのが、この村の習わしだ」


 毎日祈りを、か。神か仏か?

 俺はソラに「フレイム様って誰?」と聞いた。

 彼女は目を丸くしてから、「ああ」と納得がいったように説明してくれた。

 俺の記憶喪失のことを察してくれたのだ。

 彼女が話したのは歴史の話だった。


 三百年前、超常の力を持つ『龍』が存在した。

 龍が暴れ回ったことで、大陸の人口は半分以下まで減った。

 人類は勇者を筆頭に、大精霊と力を合わせ、龍と戦い続けた。

 そしてある日、火の精霊『フレイム』が己の命と引き換えに龍を封印した。

 世界は平和となり、人々は『フレイム』を英雄と崇めた。

 大陸の最北端にある『龍の祠』に封印された龍は、今も復活の時を待っているという。

 

「これが、この世界の成り立ちなの。世界にとってフレイム様は英雄で、龍は恐怖の象徴。今この世界があるのは、全てフレイム様のおかげなの」


「フレイム様か。フレイム大森林と同じ名前だな?」


「この森はフレイム様が眠ってるから、フレイム大森林って呼ばれてるの。この森がこれほど緑に恵まれてるのも、フレイム様の聖力のおかげなんだって」


「へーえ。火の精霊か……なんか、めちゃくちゃかっこいいな」


 大精霊というくらいだから、炎系の魔法をボコスカ撃てるんだろう。

 かっけーじゃん。ずるいな英雄様。

 でも、これがこの世界の常識なのか。

 こんな大事なことなのに、俺は何一つ覚えていないのか。

 さすがに、少し不安になるな……。


「もしかして、ハルは記憶がないのか?」


 不意に、エレクサが聞いてきた。


「え、ああ……。気付いたらこの森にいたんだ。この村に来たのも、偶然会えたソラについて来ただけで」


「それは、大変だな……。記憶を取り戻すあてはあるのか?」


「あて、か。あては特にないけど……まあ、それはおいおい考えるよ。心配しないでくれ」


「……そうか。なら、何かあれば言ってくれ。できることは手伝おう」


 エレクサはこちらを心配したあと、気さくに笑った

 きっと俺が不安がらないよう、明るく振る舞ってくれているのだ。

 やっぱりいい人だな。


「では、話を戻すぞ。せっかくだから客人にも伝えておく。彼女がこんな時間に祈ってるのは、少しわけがあるんだ」


 フレイムの石碑に祈る女性をチラッと見てから、エレクサは言った。


「わけ? 毎日祈りを捧げてるんじゃないのか?」


「それはそうなんだが、彼女は違う。ここ最近、この村では子どもの誘拐事件が起きていてな。彼女は半年前に誘拐された子の母親だ」


「え、誘拐……っ」


「今も娘の無事を祈って、フレイム様に縋っているんだ……」


 エレクサは悔しそうに言った。

 同じ村の仲間として、煮え切らない思いがあるんだろう。

 ソラも話を聞いて、悲しげに瞳を揺らした。


 森の奥地で、しかもこんな隠れ里で誘拐なんて起きるのか。

 迷子のアピスが帰ってきた時の村長の怒りようは、そういった事情も含まれていたわけだ。


「もちろん、二度と誘拐なんて起きないよう対策もしてるし、村の奴らも明るく過ごしてる。子ども達が不安がらないようにな。ソラとハルには関係ないことだが、一応覚えておいてくれ」


 最後に、エレクサはそう締め括った。

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