第9話 村に到着


 そこは、開けた土地に造られた円形の村だった。

 村の外周が木の柵に囲われており、さらにその周りをぐるりと森に囲まれている。

 まさに隠れ里といった様相の村だ。


「ババァに会わせる。ついてこい」


 そう言って、アビルが村に入った。

 ババアって誰だよ。祖母か?

 ふと横を見ると、アピスが逃げようとしている。

「お、おばあちゃんに怒られる……」とか言っている。

 こいつらの祖母か。

 俺はアピスの首根っこを掴んで村に入った。


 村の中は道がしっかり整備されていた。

 家と田畑が等間隔に並んでいる。

 どれも造りは木造だが、頑丈そうな家ばかりだ。


「もっと動物の巣みたいなとこ想像してたなー」


「聞こえてんぞテメェ。どんな想像してんだ、獣じゃあるめぇし」


 俺がぼそりと呟くと、アビルが舌打ちした。

 俺はアビルの獣耳をチラッと見る。

 やっぱり、獣人の聴覚は鋭いようだ。

 半分は獣だしな。


「なんだか、静かね……」


 不意に、ソラが不安そうに呟いた。


 俺達が村の真ん中を歩いていると、村人がちらほら家から出てきていた。

 みんな、俺達のことを見ていた。

 見かける獣人の毛並みは白、黒、紺色しかいない。

 あまり考えていなかったが、アピスのような基本色以外は珍しい。

 あれほど綺麗な赤毛はそういないだろう。

 

 だが、今気になるのはそんなことよりも、村人がこちらに向けてくる視線の居心地の悪さだった。


 これは、俺達が警戒されてるのか……?

 いや、いくら部外者とはいえ、アビルと一緒にいるのにそんなに警戒するか?

 てか、住人二百人位の小さな村って、迷子の子どもが帰っても誰も声をかけないものなのか?


 ……いや、違うな。

 この視線は、アビルとアピスに向けられたものだ。

 嫌な視線だ。

 親しみなんてない、腫れ物に触るようなものだ。

 それどころか、憎悪に近い感情さえ僅かに伝わってくる。


 対して、この兄妹も冷めた表情だ。

 あんなにうるさいアピスが、一切口を開かない。

 なんだ、この気持ち悪い空気は……。


「二人とも、ようやく帰ったかい」


 ふと、正面から声をかけられた。

 俺は意識を切り替え、顔を上げた。

 声をかけてきたのは老齢の女性だった。

 猫背で、腕を後ろで組み、村の真ん中あたりに建つ家の前で佇んでいた。

 この人は、普通の視線でアビルを見ていた。


 アビルが「待たせたなババァ」と言う。

 こいつがババアか。

 まったく、祖母をババア呼ばわりするなよ。

 俺はアピスにならって、おばあちゃんと呼ぼう。


「ただいま、おばあちゃん!」


 アピスが嬉しそうに抱きついた。

 おばあちゃんも抱き締め返す。

 さて、ここからおばあちゃんの説教が始まるのか?

 アピスは再会の喜びですっかり忘れているが。


 それにしても、獣人の毛色ってある程度は血筋に影響するはずだよな。

 おばあちゃんは白い獣人だ。

 アビルは紺、アピスは赤、こうも違うこともあるんだな。

 

「無事じゃったか、アピス。心配したぞ、いったいどこへ行ってたんじゃ?」


 おばあちゃんが尋ねた。


「大袈裟ね。ちょっと散歩してただけよ!」


 アピスは嘘をついた。


「勝手に結界を飛び出して、迷子になってヘルハウンドに襲われてたみてぇだ。こいつらが助けたんだとよ」


 アビルが嘘をバラした。


 おばあちゃんが「アピス?」冷たい声を発する。

 アピスの肩がビクリと揺れた。

 顔中、冷や汗まみれだ。


「アピスよ、今この村が危ないのことはお主も知っとるじゃろ? なぜ結界から出たんじゃ」


 おばあちゃんは怒鳴りはしなかった。

 ただ淡々と諭していた。

 でも、妙な迫力があった。

 ジワジワ責めてくる、一番嫌なタイプの説教だ。


「ごっ、ごめんなさい……っ。つい出来心で、ちょっと遊んでたら道に迷って……」


 アピスはすぐに謝った。

 おばあちゃんの前だと素直なものだ。

 赤い獣耳と尻尾が項垂れている。

 十分反省しているようだし、説教もほどほどで終わるだろう。


「そうか。その様子だと身をもって学べたようじゃな。ひとまず、無事で何よりじゃよ」


「おばあちゃん……っ!」


「説教の続きは、あとでじっくりするとしよう」


「ひぃぃぃぃぃぃいっっっ……!!」


 説教はほどほどでは終わらなかった。

 アピスの晴れかけた顔は絶望に染まった。

 俺は胸中でアピスにお悔やみ申し上げた。


「して、そなたらがアピスを助けてくれたのか」


 おばあちゃんが俺達に視線を向けてきた。


「初めまして、私はソラといいます。こちらはハル、私の友……付き人のようなものです」


 ソラがぺこりと頭を下げる。

 俺も「どうも」と挨拶する。

 さらっと付き人扱いされたが、まあ護衛だし似たようなものだろう。


「おや、お人形みたいなお嬢さんじゃな。わしはこの村の長をしているバーヤじゃ。村長と呼んでくれ」


 おお、おばあちゃんは村長だったのか。

 じゃあ、村長と呼ぼう。

 おばあちゃんって長いし。

 でも、バーヤって名前なのか。

 若い時はちょっとかわいそうな名前だな……。


「お人形……?」とソラが首を傾げている。

 村長は気にせず、深々と腰を下げた。


「この度は娘が迷惑をかけた。命を救っていただいたこと、心より感謝する」


「あっ、いえ。私達もアピスちゃんに助けられた部分が大きくて、こうして村に来られたのも、アピスちゃんとアビルのおかげですので」


「恩に着る。ぜひ、精一杯の礼をさせてくれ」


 あれ、今「娘」って言った?

 アピスは「おばあちゃん」と呼んでいたのに、孫じゃなくて娘なのか?

 なんだか複雑な事情がありそうだ。

 まあ、そこは聞かない方がいいのかな?


「えっと、村長さんはアピスちゃんのお母さんなんですか?」


 ソラは躊躇いなく聞いた。


「育ての親じゃ。血は繋がっとらん」


「あ、そうなんですね。立ち入ったことを聞いてしまって、ごめんなさい」


「よい。それで、この村にはアピスを送り届けるためだけに?」


「あっ、実はそれなんですけど……」


 村に来た理由を聞かれ、ソラは事の成り行きを一から説明した。

 自分達が旅をしていて、村を探していたこと。

 その過程でアピスに出会ったこと。

 次の旅の準備ができるまで、村に滞在させてほしいこと。


「もちろん、滞在中は村の仕事を手伝います。お願いできませんか?」


 ソラはおずおずとお願いした。

 アピスも「お願いおばあちゃん!」と一緒に頼んでくれた。


「ふむ、いいじゃろう。客人用の宿が村のはずれにある。そちらを使ってくれ」


 すると、村長はあっさり受け入れてくれた。


「いいんですか? 突然お伺いしてご迷惑じゃ……」


「娘の命の恩人を無下にするなど恥知らずじゃ。最初に言った通り、しっかり恩に報いさせてもらおう」


「あ、ありがとうございますっ!」


 ソラは勢いよく頭を下げた。

 アピスを助けたことは、結果的にプラスに働いてくれたようだ。


 これで、しばらくはこの村で生活だ。

 お世話になる分、俺もここで働くことになる。

 そうしてコツコツ食料を溜めたら、ソラはまた旅に出るのだ。

 その時、俺も一緒にこの森を抜ける。


 そのあとは……俺はどうするんだろう。

 彼女はそのあと、どこへ行くんだろうか……。


「やったね、ハルっ」


 ソラが微笑んできた。

 俺は「あ、ああ」と微妙な返事を返す。

 ……まあ、とりあえず今は、この村での生活を頑張ろう。


「村の仕事はこちらで決めておく。村民への説明もわしが行なっておこう。アピス、ご客人の案内を」


 村長はとんとん拍子で話を進めた。

 娘を助けてくれた礼をすると言っておいても、仕事はみっちりさせるようだ。

 俺はつい苦笑してしまった。


「あんた達、ついて来なさい!」


 こうして、俺達はご機嫌なアビスに手を引かれ、


「アピス、案内したら帰ってくるんじゃぞ。説教の続きじゃ」


 もとい、顔を真っ青にしたアピスに手を引かれ、宿まで案内された。

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