第3話 獣人の集落を探そう


 俺とソラは、森の中を歩いていた。

 歩いてみるとわかるが、この森はどこまでも続いていた。

 景色が緑一色で変わらない。

 まさに樹海だ。

 なぜか体が痛むため、山道を歩くのも足腰にくる。

 俺は額の汗を腕で拭った。


 ここ、フレイム大森林は、古くから獣人とエルフが住む森らしい。

 ソラは獣人の集落を探していた。

 そこで少し休み、食料を溜めて、また次の旅に進むらしい。

 俺も森を出るまでは彼女について行くことになった。

 森を出たあとは……いや、今考えるのはやめるか。


 ちなみに、獣人は森の奥地に隠れ住んでいるため、見つけるのは簡単じゃないらしい。

 でも、彼女はどうして迷わずに進めているんだろう。

 何も聞かずについて行ってるが、まさか適当じゃないよな……?


「うーんと、ちょっと待ってね」


 ソラはきょろきょろしてから立ち止まった。

 そのまま、リュックから古い紙を取り出した。

 折り畳まれたそれを地面に広げる。

 ……大陸地図か。

 俺は横から覗いてみた。

 すると、まず目についたのが、大陸中央にあるフレイム大森林だった。

 どうやら、これが俺達のいる森のようだ。

 めっちゃ広いな。


 ソラが「えいっ」と地図に手をかざした。

 俺はふと首を傾げる。

 すると、彼女の手のひらが白く発光した。

「おおっ」と俺は目を輝かせる。魔力か。


「この地図、魔道具か?」


「うん。私達の現在地を教えてくれる、魔法の地図」 


 魔道具とは、魔力を流すことで決まった効果を発揮する便利道具だ。

 地図が彼女の魔力に包まれると、フレイム大森林の右側に赤い点が浮かんだ。

 この赤い点が俺達の現在地らしい。

 魔法はすげーな。


 俺は、魔法とかは使えたんだろうか。

 魔力は扱えたんだろうか。

 自分のことを忘れた今ではわからない。

 俺は手のひらをグーパーしてみる。どうやって出すんだ……?

 よし、魔法の適性があるかはいつか確かめてみよう。

 どうせなら、かっこいいのをドカンと使ってみたい。

 まあ、そううまくはいかないだろうけど。


 ちなみに、この地図は拡大や縮小の操作ができた。

 大陸全体だけでなく、より細かい地形まで見れるらしい。

 ソラは親指と人差し指で拡大したり縮小したりを繰り返した。

 俺が感心していると、彼女はちょっと自慢げな顔をした。

 なんだこいつ。可愛いから許すか。


「この地図を見て進んでたのか?」


「うん。集落を造るなら川の近くだろうから、考えられそうな地形を目指して歩いてたの。今はここを歩いてて、ここを目指してるところ」


 ソラが地図上を指差す。


「ふーん。でもそのルート、なんか遠回りしてないか?」


「真っ直ぐ進んだ方が早いけど、それだと魔獣の住処の近くを通っちゃうの。だから、迂回して安全な道を選んでる」


 そうか、魔獣か。考えてなかったけど、そりゃこんな自然ならいるよな。

 え、魔獣? 考えてなかったけど、遭遇したらやばくない? 

 ソラもどう見ても強そうには見えないし。

 尋ねてみると、彼女は首に紐でぶら下げた小さな石を胸元から取り出した。

 なんだか不思議な色の石だ。


「これは魔獣除けの効果があるの。魔獣は鼻が効くから、遠くからこの石のオーラを感じて避けてくれるの」


「へー、そんなのがあるのか。イメージ通りだけど、ちゃんと色々考えて森に入ってるんだな」


 彼女はちゃんとしていた。当たり前か。

 俺はバカだな。一瞬でも適当とか思った自分がバカすぎる。


 というか、俺はこんなしっかりした子の役に立てるんだろうか。

 頭もいい。知識もある。行動力もある。

 対して、俺は記憶を失った男。ここまでもソラについて行ってるだけの男。

「君に恩返しさせてくれよ」なんてカッコつけたけど、冷静にどうやって恩を返そう……。

 俺の力なんて必要なさそうだ。


「それでも、誰かが魔獣を連れてきたりしたらアウトかな。対面しちゃうと襲ってくるし、さすがに石じゃ止められない」


 彼女が魔獣除けの石の説明を続けた。

 人(獲物)を前にした魔獣の本能までは、抑えられないということか。


「でも、誰かが連れてくるなんて状況あるか?」


「うーん。魔獣に追われてる真っ最中の人と、偶然巡り会っちゃうとか……?」


「いやいや、ありえないだろ。こんな広い森でソラに会えたのだって奇跡的だ。魔獣に追われてる人にピンポイントで遭遇なんて、鳥の糞が頭に落ちるくらいの確率だって」


 苦笑しながら俺は言った。

 彼女は「鳥の糞……」と言って自分の頭を触った。

 あ、ちょっと下品だったかな。反省反省。


 それから、俺達はしばらく歩いた。

 だが、獣人の集落の手がかりは見つからなかった。

 これは途方もない時間がかかりそうだ。


 ソラの提案で、俺達は休憩を取ることにした。

 彼女は俺の体を気遣ってくれたのだ。

 それと、さすがに彼女も疲れたようだ。


「ここで休憩する? それとも、あっちの木陰に座る?」


 ソラが聞いてきた。


「んー、どっちでもいいな。こっちの方が近いからこっちでいんじゃね」


 俺は楽な方を選んだ。

 彼女は「わかった」と言って地べたに座った。


「お水、飲む? 水分ならさっきの木の実の方が取れるけど、そっちにする?」


 彼女はリュックから取り出した水筒を片手に、聞いてきた。


「んー、どっちでもいいな。もう水筒出しちゃったんだし、そっちで」


 俺は手間にならない方を選んだ。

 うむ。歩いている最中も彼女と雑談していて思ったが、どうやら俺の性格は『なんでもいい』という思考が強いようだ。

 要は、わりと適当な性格だ。

 まあそんな性格だから、記憶喪失でも前に進めているんだろうけど。


 ソラは先に水を飲んでから、「どうぞ」と水筒を渡してきた。

「ゆっくり飲んでね」なんて言ってくる。もしや子ども扱いされてる?

 

 チラッと視線を向けると、彼女はまた地図を開いていた。

 地図を見ながら、右手で白銀の髪を耳にかけた。

 不意打ちの仕草に、俺は思わずドキッとした。


 この子、思春期の男には刺激が強いよな。

 顔もよし。

 華奢なのに胸も程よくある。

 ロングブーツとスカートの間に見える白い太もも。

 彼女の足が動く度に、その絶対領域に目がいってしまう。

 うん、これはダメだ。エロい。

 ああ、俺もこんな美少女とあんなことやこんなこと…………


 ビシッ、と。俺は自分の頬を叩いた。

 恩人相手に邪なことを考えるのはよくない。

 下衆な想像はやめよう。

 エロいと思うだけ。

 それに俺は、そういうことは好き合った人とだけと決めているのだ。

 紳士だからな。


「え、どうしたの……?」


 ソラが困惑している。

 俺は紳士な笑みを返した。


 早く水を飲もう。

 そう思って、俺は一瞬だけ固まった。

 これはあれだな、間接キスだよな。

 でも、意識してると思われたらキモい。

 俺は澄ました顔で水を飲んだ。

 いつもよりおいしく感じた。


「ねえ、冷たいでしょ? これも魔道具なんだ」


「うお……っ」


 不意に、彼女が顔を寄せてきた。

 俺は仰け反った。

 確かに冷たい水だった。キンキンだ。

 おそらく中身が温くならないような魔術が込められた水筒なんだろう。

 俺が魔法の地図を見て目を輝かせていたから、喜ぶと思ったんだろうか。

 彼女は嬉しそうに言ってきた。

 ただ、一つ気になった。


「君、たまに顔の距離感おかしいよね」


「え……っ、うそ、ごめんね……!」


「あ、いや、別に嫌じゃないんだけど。なんかグッと超えてくるよね、急に」


「うあ、恥ずかしい……。だって、魔道具に興味津々だったから、これも喜ぶかと思っ――」


 ぴたりと、赤面していたソラが止まった。

 俺は「ん?」と首を傾げる。


「どうしたんだ?」


「……なんか、近付いてきてる気がする」


 そう言って、彼女は振り返った。

 視線の先は茂みだけで何もない。というより、何も見えない。


 だが、俺も何かが来る気配を感じ取った。

 茂みは少し傾斜になっている。

 草を掻き分け、走る足音が聞こえてくる。

 俺とソラはバッと立ち上がった。

 直後、その足音がズルルルっと滑るような音を立てたかと思うと、


「ぼ、へぇぇあっ!?」


 茂みから、赤い何かが飛び出してきて、俺の顔面に衝突してきた。

 俺は後方に吹っ飛ばされる。

 ドンッ、と背中から立木に衝突した。


「え、ちょっと、大丈夫!?」


 ソラが声を上げた。


「だ、だいじょばない……」


 俺は情けない声で答えた。

 なんだ、いきなり何が起きたんだよ。


 鼻をさすると、つーんと鈍い痛みが抜ける。

 すると、ぶつかってきた赤い何かが立ち上がった。


「いっっっったいわね! ちょっとあんた、どこみてんのよ!!」


「……ガキっ!?」


 視線を向けると、そこにいたのは偉そうに仁王立ちした子どもだった。

 俺はこの広い森で、二度目の奇跡的な出会いを果たしたのだった。

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