キラキラ

イタチ

暁は、カアとなき、山の暗闇に、消えていく

失墜の川べりに、不動の川は、流れ続け

誰とも言えぬ、足音は、消えた

無間地獄の念仏は、ただ、古びたお堂の中で、唱え続けられ

誰一人として、その姿を、把握したものはいない

その堂の中に、掲げられた、絵の掛け軸を、見た物は、また

何処までも、暗い闇から、出たという話もない

暁にとんだカラスは、夜明けとともに、青白く

ただ、別物となり、おぎゃあと血を吐く


川べりを流れる風は、春先の雪解け水とともに、ふもとに、その水は、ともに流れ

いずれ、町の中で、コンクリートの棺で、ねむることだろう

私の歩幅は、新品のシューズの中で

同じように、繰り返され、無情な心境は、完璧と永遠を、水と油のように、分離する

髪を撫でつける、春の期待と、不安とが、入り混じったような、台風のような、その風は、暖かくもあり、雪に撫でつけられたような鋭さも保養そしていた

私は、ぐじゃぐじゃになった、泥水を避けながら

それでも、町の横に、設置されたような、道を、だらだらゆるりゆるりと、歩いていた

ほかの車は、この不便な、町の横にある道路は使わずに

ベルトコンベアーのような、一直線を、騒音と、振動を、まき散らしながら、家屋のネジを緩め

倒壊の地震を、心待ちにしている

私は、一軒の

朝露に濡れて、それとも、雪の残りであろうか

瓦屋根から、ぽたりぽたりと、しずくが垂れる

ガラス戸の曇った擦れたその木戸を開けた

がらがらと、一応のローラーは、回るのだろう

時代がつけたせいで、最初は透明だったと思われるが、それとも、昔でさえ、不透明さの残るガラスであったのだろうか

どちらにしても、内部に入るそこには、まるで、こじゃれた、喫茶店のように

それは、家財道具のデパートのように

木と黒い漆喰

そして、木の床や梁が、見える店内に、間接照明を、上からいくら照らしたといえども

そのこじゃれた、内容とは裏腹に、そこに並べられたものは、到底趣味が良い物とは到底思えなかった歯

しかし、人間の感性とは、ちょろいもので

そこまでおぜん立てされれば、野草でさえ、一流の場所で出されれば、高速道路の真下で、雨水に、打たれ、野良犬のトイレであったとしても、それに、対応するのは、ルール的にも又、ルールを知らなくても、難儀だろう

どちらにしても、その出されたものは、壁一面に、一角が、まるで、どこぞの美術館かのように

壁から一段内部にめり込み、そこに巨大なガラスが、はめられ

その空間の中では、まるで、封じ込められたかのように、薄暗い照明とは裏腹に、明るく

巻物が、なん十点も、上からかけられ、飾られている

しかし、そのどれもが、血を流していたり、涼しげな、そして、足も、見えないような幽霊がの類であったりする

その薄着や、切られた中を、私の面玉は、行き来する

「やあいらっしゃい」

白髪に、こじゃれたスーツ

それは、派手さなど皆無であるが、明らかに、その体に合わされて作られた

オーダーメイドの類であろう

目は、何も見通すことなどできないように、細く狭められているようでありながら

それでも、その薄い、細い切れ込みの向こうで、円球状の目玉が、動いているのが見える

「どうも」

私は、声にならないように、かすれた低く聞こえにくいそんな言葉を出して、軽く頭を下げた

「しかし、君も、物好きだね

論文か何かを、書くのかい」

私は、言葉には答えず、彼を見ながら首を振った

単なる趣味である

私は、老人のたわいない会話を、聞きながら、ガラスの中を見る

やはり

私は、その中の一点を、見るともなしに見る

それは、染みこそ、多少あれど、明らかに、私の知る

名前が書かれていた

それが同一人物か、私には、全く分からない

しかし、それは明らかに、家系図に書かれ

家族の口から、あまりいい噂の聞かない

斬首刑にされた

過去の先祖の一人

「深山 登龍」の文字が、私のように、素人でも、その細い筆で書かれた

その文字を、見る事が出来た

「お茶が入りましたから、如何ですか」

店の真ん中より少し端に、置かれた

四角いテーブルの上に、白く上品な薄手の陶磁器の湯のみが、置かれている

どんな言われかは、知らないが、私の嗅覚は

「お願いします」

と、お茶を、受け入れて、

鼻を、口元に近づける時に、嗅いだが

それは、どうやら、ほうじ茶の様である

目の前の、急須からは、暗い店内に、白い湯気が

ライトの合間を、上へと昇りすぐに消えていく

私は、一人、白いその肌を見ながら

老人の白い口が、髭の中で、動くのを見ていた

細い髪の中、その瞳が、店内を動く

私は、彼の話に、耳を、近づけた

「最近、ここら辺では、放火が、あるそうだが、君は、佐藤生島と言うのを、知って居るか」

私は、首を振った、ここら辺の苗字では、ない

では、誰かと言われても、私には、分かりかねた

「こんな、紙を、けさ、家の前に、落ちていたんだ」

そこには、この店の名前

「アサボラケ」と

放火を、仄めかすような、内容が、黒い紙に、修正液か何かで、書かれている

「警察に行ったほうが」

私は、そう彼に、進言してみたが、彼は、首を振り

「いや、それが、何年も前から、あるんだ

前は、東北、その次は、沖縄だった

熱心な、ファンがいるようで

その都度必ず、放火が、起きるんだ」

それなら、猶更、警察に行ったほうがいいのではないだろうか

それとも、この老人の悪趣味な手の込んだ冗談なのだろうか

「それなら、猶更行った方が良いんじゃないですか、実際問題、被害が、出ているのなら」

すると、老人は、首を振る

暗い店内で、その白い髪が揺れる

それがやけに、印象的に、暗闇に、白く浮かび戻る

「私は、その火事で、妻と、子供を、それぞれ無くしている

今度、それが来たら、私は、それと、対決しようと、考えているのだ」

何と勇敢で、武闘派な、老人であろうか

それとも、警察が、余ほど信用ならないと言う事だろうか

一度ならずに度までも、予告通りに放火されて、家族がお亡くなりになるなんて

「いえ、しかし、どうして、警察を、呼ばないんですか

それは、店を、放火されたんですか」

老人は、首を振る

「いや、住居だ、私の家の前にも、またあの紙が

私は、この場所から、裏通りを五分ほど歩いた

間文鳥315に居る

そのアパートは」

私は、話を聞くが、どうも内容が、要領を得ない

「あなたは、それを、どうするつもりですか」

私は、尋ねた

しかし、いくら聞いたところで、その老人は

「私は、合わなければいけないんだ」

と、どうも、戦うというよりも、何か対話をしなければいけないような、ニュアンスであるが

しかし、一体、何をもって、彼は、その犯人と、会話をしなければならないのか

私には、分かりかねた

それは、その犯人に、何か、弱みを握られているのか

それとも、この老人が、以前、その犯人に、何度も放火させるような

するような、何かを、犯したとでも言うのだろうか

私は、老人の話を、何度も聞いたが

「私は、対峙、しなければならない、絶対に、今度こそは、あいつを、見つけなれれば

ならないんだ」

私が、ようやく、白い陶磁器に、顔を寄せたときには、においは、とうに、薄れ

した先には、冷たい液体が、わずかに、舌を濡らすばかりであった

いくらくらい、時間が、過ぎただろうか

私は、帰ろうとすると

老人が、声を上げた

お茶を飲んでいる間、一言も、会派は、発せず

ただ、うつむいたような、空間の中

私は、お茶を飲み終わり

帰ろうとする

「あの、待ってくれないか」

その蒼白とした、顔には、脂汗のような、しずくが、浮かんでいた

その粒の下

その目が、大きく見開かれた

「どうしたんですか」

私は、手提げかばんを、肩にかけながら

老人のほうへと視線を向けた

「わしと、私と、一緒に、居てはくれないか」

私は、電話を、指さしながら

警察に、連絡したほうが、良いですよ

と、今日何度目かの言葉を、出した

しかし、その目は、ゆっくりと、こちらを見て、首を振る

何度目だろうか

私は

それでも、その理由を、尋ねようとしたが

老人は、すこしまってくれと、すっと、立ち上がると

ガラスの展示スペースに向かい

「この絵を、譲るから、今日は、帰らないでくれないか」

十五万円

それが、高いのか安いのか、比較対象を、知らない私は、首をかしげる

その絵を描いた、絵師の名前は、いくら調べても、何処からも出てこなかった

「いえ、ですから、私には、何の役に立つことも、出来ませんし

それに、放火だったら、危険ではないですか」

老人の目は、空虚なこの完璧な空間で、間接照明でさえ、反射させて、なお、ランランと光り

一種、独特な、鬼のような形相を、示していた

私は、立ち止まり、聞く

「どうして、連絡しないのですか」

男は、何もわず

ただ、そこに立っていた



店を、離れ、男の住んでいるという

家に向かった

それは、こぎれいと言うには、余りにも、普通のアパートと言う風であったが

その二階建て

全上下六室の建物は、大通りを離れ

近くに、桜の木が、うわっている、お陰か、一種、独特の風情があった

まるで、学校のような、安心感とでもいうべきだろうか

それは、個人所有と言うよりも、公共の施設のような、解放感にも似た、現代社会の密閉から、外れているような気がしたが、それも、単なる目の錯覚かもしれない

建物は、真ん中を、軸に、左右に分かれており

その中央には、階段が、一つあり、それで、一番上の階まで行くと、私は、男の住んでいるという左の一番端の家の扉の前にいた

「ご自宅に、お電話は・・ここは、電話線が、つながっていないので」

私は、いったん、家に帰り、事の事を、いちいち喋ったのちに、ここに、来ているので、その心配はないであろう

私は、その畳しかない

ちゃぶ台と電灯ぐらいしか、見受けられない一室に入って

男を見た

何か、犯行めいた事を、考えているのではないかと思ったが

男の目線は、窓ガラスの向こう

これは、曇ってはおらず、ただ、透明な半分が、切ガラスのように、模様が、付けられた物になっていたが

窓の外には、青々とした、桜の葉っぱが見えていた

それは一種、うっそうと見えたかもしれないが

私には、涼しげであり、夏でも、そうなのではないかと言う幻想を抱かせるほどであった

「ここは、いつから住んでいるんですか」

男の顔を、見るが、いつの間にか、そこにはおらず、急須を、持って、またテーブルに、席をついていた

涼しげな薄い座布団で、その中央には、湯気を立てる

湯のみが、二つ置かれている

この場所と、あの場所は、さも、同じような状況であるが、環境は違う

しかし、同じように、湯呑を持つ

柱にかけられた

解けは、今どき誰が使うのであろうか

ゼンマイ式であり

振り子が、そのしたで、見え隠れを繰り返していた

「すいません、あなたには、妙なことを、お願いしてしまって

しかし、私は、怖いのです

そう、私は」

警察に、何度も言えと言っているが、この老人は、それを、断固と拒否したように、まるで都合が悪いかのように、全くそれに対して、応答しようとしなかった

私は、ついに、それを、口に出すことを、店の中でやめていたが

この老人に対して、私は、再度、口を開けた

「あなたは、何か、策でもあるんですか

対峙すると言いましたが

何を話し合うんですか

まさか、実力行使に出るなんてことしませんよね」

老人は、じっと、湯呑を見てから、私のほうを向いた

「すいません」

それは、全く答えには、なっていない

しかし、それこそが答えだと言うのであれば

それは、十五万円で、割に合うとか、そういう問題以前の問題点を、私に指示しているような気がした


深夜になり、外には、全く何の物体も、見ることはできず

まるで、黒い紙でも貼り付けたかのように、そこに、何かの動きを見ることも、何かの輪郭を、遠くに見ることも、私には、出来なかった

取り寄せた、天物が、廊下に、並べられたころ

私は、一人、本を読みながら、時計の動く音が、歯車からの軋みだろうか、秒針の進みが、足音となり、なにか、耳障りに、心音を、邪魔するように、部屋を一定間隔に、歩き回る

老人は、先ほどから、少し、表に出ると言って、姿が見えない

何の用事だと言うのであろうか、私は、一人、畳の上に、座布団を引いて、座っていた

ただ時計だけが、秒針とともに、部屋の中を、歩き回る

私は、不規則な、ページを、めくりながら

あの老人が、外に出た、理由を、考え始めた

外は、いつの間にか、物音を、落としながら、雨が、振っていることを、教えようとしている

私は、本を閉じて、時計の時刻を、確認した

もう、夜の10時を、回っている、あの老人は、確か、八時ごろに、出て行ったと、記憶しているが、それまで、何をしていたというのだろうか


私が、あの店に、入ったのは、ごく偶然の出来事だったと言っても、良いのであろう

私はその日

大学が休みになったのを、良いことに、街中を、ぶらついていた

近くの大学が、実に、幸運なことに、私の興味のある学術を、教えていたので、その場所で、まるで、そのままエスカレーターのように、登っていたのであろうが

つまりは、実家から近かったと言う事が、この場合の私には、幸運の一つであった

その日は、電車に乗り、図書館へと向かい

そのまま、ぶらぶらと、歩きながら、道を下り、少しでも、私の家へと近い場所へと、向かっていた

この場所までは、家からでも、三駅ほどしかなく

頑張れば、十分に、歩いていけるし

自転車なら、猶更、行きかえりでも、一時間以内で、収まりかねない距離だ

私は、ぼんやりと、歩いていたが

何かの虫の騒ぎか、胃の中で、昆虫が、歩き回るように

私は、ぼんやりと、大通りを、外れて、川に流されるように、その道を、下って行った

それは、図書館と言う、それほど、大通りに面していない

ビルに埋もれたような、施設であるが

そこでも、人通りも車もそこまで多くはない

そんな場所から、更に外れてしまうのだから、一歩間違えば、山の肌を、見かねないほどの

はずれなのだ

私は、そんな場所を、うつらうつら、冬の寒さの中、歩いていたが

不意に、一軒の店から、明かりが漏れていることに気がついた

それも、店の看板が目に入らなければ、ただの物置か民家の一つに思ったが

ガラスから、中を、のぞくと

それは、まるで、喫茶店とでもいうように

こぎれいに、物が、一つのインテリアとでも、言い張るように、並べられ

私は、猫が、店内を覗くように

それを、観察したのちに、固い扉に、手をかけたのが、丁度、昨年と言う所だ

そこから、あの掛け軸を、私は、何度か、妙な胸騒ぎの折に、ちょくちょく見に来たが

この店で、結局買ったのは、いつの時代か分からない

熱海のお札三百円くらいである

それなのに、毎回コーヒーを出すのだから、何とも早く帰らなくてはならないような気がしてならない


私は、時計を、見始めて、一時間ほどが、経過していた

しかし、一向に、老人の足音は、聞こえない

窓から、表を見る

外と中の温度差で、ガラスには、露結が、浮かんでおり

背後で、赤く燃え上がるような、色のオレンジのヒーターが、部屋を、温め続けていた

私は、また、畳の上に、腰を下ろした

老人が、携帯を、持っているか、私には、分かりかねたが

しかし、電話も、引いていないようなところに、住んでいるのだ

もしかしたら、携帯を、未所持なのかもしれないし

なおかつ、私が、彼の携帯の番号を、知って居ないので

どちらにしろ、無意味なこと、この上なかった

「カタリ」

背後で音がする

老人か、近くの住人が、歩いたのだろうか

廊下から、そんな音が、私には聞こえた

しばらく待ってみたが、それ以降、何の音もせず

私は、気になり、白いスニーカーを履くと、表を、覗いてみたが

相変わらず、そこには、人影も、そして、表に出しておいた

どんぶりも、消え

ただ、寒い空気が、そこには、充満していた

廊下を照らす、長い蛍光灯から、私は、視線を、ずらし

亀のように、内側に、首を、ひっこめる

あの老人は、何処まで行ってしまったというのか

もしかすると、やはり、冗談で、そのすべてが、手の込んだいたずらだったのではないかと、そう思えてくるが、今まで、一度も冗談を、あの老人から、聞いたことなど私にはなかった

小さなことは、あったのかも知れないが、私の記憶には、残ってなどいない

ただ、あの老人が、長い間をかけて、この冗談を、成功させるために、手を、引いていたとしても

その結果が、何もないアパートに、放置すると言うのは、中々。意味の分からないものが、私には、見受けられた

時計の進み具合と、今の現状は、時単位で、進み去ったが

しかし、相変わらず、物音の無いこのアパートの中

状況が、変化することなど、私の眼前に、前に、起こることなどなく、ただ、深夜零時へと、時間は、進んでいく

ドミノが、目の前で、無情に倒れる光景を、見るように

私は、不確定な未来が、何回も、道を、集変しながら、進んでいるのを、見るような

その迷いの線の中で、私は、相変わらず、本と時計を、行ったり来たりしながら、眺め

時折、私は、畳にも、視線を、向かわせたが、そこには、焼けたような、落ち着いたような

黄金色の編み込みが、端から端まで、続き

私の思考は、ショート寸前まで、燃え上がったかと思えば、直ぐに、本の海に、冷やされ

それは、熱しられた鉄のように、今にも、冷えた後に残るのは、硬さと壊れやすさを、内包した

思考ばかりであった

私が、動き出したのは、深夜三時を、回ろうとした時

さすがに、眠気もあったが

それ以上に、窓に私は、赤い点を見つけた

それは、タバコか、蛍でも、張り付いたかのようであったが

それは、緑でも、点滅もせず、赤い光が、街灯か、一つ目のように、ボーとそこには、存在していた

近づいたとき

向こうから、大きな音が、鳴り響いた

それは、サイレンであり、喚鐘の音から、消防署だと言う事が私には、分かった

火事だ

そう思った時、何もないこの部屋で、ヒーターを、私は、切って、表に出た

何事かと、見るものはおらず

そんな夜中に、私は、音のする方へと、足を進ませる

あの老人は、何と言って、表に出ただろうか

もしかすると、何も言わなかったかもしれない

私は、スニーカーを、急がせるように、進ませる

時間が止まったように、私の存在以外に、物が動くことはない

横の川も、音はしているから、流れているのだろうが、それを確認するほど、私は、余裕は、無かった

何とか、あの店の前に行くと

店の中が、明るい

間接照明と言うものは、昼間だと良く分からないが

こんな何もないところに、暗闇で、それが点灯すると、それなりに明るい

大通りからは、相変わらず、サイレンの音がする

私は、扉に、手をかけた

引き戸がゆっくりと、ガラスが、震わせながら開いて行った



店の中は、昼間と同じものが、同じように、点灯しており、それは店のすべての照明

そしてそれは、壁のガラスの中も、同じであり、ずらりと並べられた

掛け軸がみな、明かりで照らされている

その中の一つだけ、掛け軸が、そこには、盗まれたかのように、空間が開いてた

あの絵である

私は、一人、静かな店内の中

小さな、物音を聞いた

それは、歯車が、回るような、そんな、動作音のように、途切れることなく、続いている

昼間の喧騒は、静かな店内でさえ、音を、伝えていたのだろうか

室内には、今まで、聞いたことのない音が、鳴っていた

何だろうか、そう考えた所で、その答えが、見つかるような、感じはしなかった

それよりも、近くで、サイレンの音がする

どこか、遠くの方だと思ったが

しかし、やけに、先ほどとは違う方向へと走っている気がする

近くであろうか

しかし、老人は、何処にいたのであろう

私は、しばらく、座っていたが

その場所を、後に、店を出た

目の前を、赤いサイレンが、通り過ぎ

その風の中

私は一人立ち尽くし

来た方向へと、戻る

相変わらず、店内は、明るい

戸締りをしようにも、鍵がないし

老人が、直ぐに来るのかもしれない

対峙すると言っていたが、もう、あったのであろうか

だとすれば、それは誰で、私はどうして呼ばれたと言うのであろうか

暗い中、もうそろそろ、青い日差しが、向こうから、黒い炎を温めて

青く温度を、下げることである

冷たい炎は、温度を上げ

暗い現実を、冷たく染め上げる

私は、夢うつつ

ふらつく

足を、また、急がせた

帰ったら寝よう、

そうは思うが、帰った

アパートの前には、大量の消防車と

火を、窓から、のぞかせた

アパートが見えた

その黒煙は、明るくなる、現実を、黒く塗りつぶし

書きかけた紺色の空を、更に、暗く戻そうとしている

私は、赤いサイレンの中

消火活動を、後ろで、眺めていた

忙しく動き回る

消防隊員

アパートからは、誰も出てこなかったのか、住人のような姿は、私の目には、写らなかった

老人は、対峙出来たのだと言うのだろうか

私は、あのままあそこにいたら

この日に、巻き込まれていたのであろうか

私は、黒煙が、息をひそめるまで、立ち通した

老人と、私の愛書は、畳の上から、煙のように、消えてしまったのであろうか

私は、消火が終わり

帰りかけている

消防隊員に、老人が、いたかどうかと、部屋番号を言うが

首をかしげる

「いえ、このアパートには、誰一人として、居ませんでした」

そんな事が、あるのだろうか

いや、実際に、そうだったとして、じゃあ、老人は、何処へ

私は、急いで、あの店へと、引き返した

相変わらず、中からは、明かりが漏れ出している

その中に、入ると

誰かが、そこに立っていた

それは、良く知らない

この店で、出会った記憶のない人影だった

たまに、近所の老人が、お茶を飲みに、ここへと尋ねていたが

それ以外には、あまり人を見かけた事が無い

少なくとも、店の人間は、あの老人ばかりであり

それ以外に、見た覚えがなかった

「あなたは」

私は、ゆっくりと、そのひと影が

振り向いて

息をのんだ

その顔には、見覚えがあった

橙色の間接照明に照らされた

それは、私が、いつも見ていた

あの掛け軸の人間に、酷似していた

まさか

老人は、こんなバカげた

どっきりを、仕掛けたとでもいうのか

わざわざ、よく似た人間を探したのか

その人間に酷似した絵をかかせ

その上で、私に、絵を、見せたのか

いや、そんなはずはないのでは

しかし・・・

一回目の時に、私は、あの掛け軸を、見てはいない

次の時は、一ヶ月ほど開いたのではなかっただろうか

その間に、これほどまでに、手の込んだことを、するだろうか

私の先祖が、罪人だと調べ上げ

このような、悪ふざけを

するかしないかは、私には、分かりかねる

それに、それにしても、あの火事の下りは、分からない

あれも、私を、この場所とどめるための、何かだったのか

いや、それなら、わざわざ、あのアパートに、居させて、こちらに来るかもわからないのだ

そんな事をするとは思えない

第一、もし私が、あの場所にいたら、あそこは燃えていた

それが、一体何を意味するか、今一つ、保獲性に欠けている

私を、あの場所に、留めたかったから

と言うのであれば、焼き殺すつもりだったのか

では、目の前の、男はなぜだ、

私に見られることを、想定していなかった

では、あの老人は、なぜ私をあの場所に、居させたのか

男が、ゆっくりを、こちらへと、足を進める

いつの間にか、その静寂の中

あの音は、鳴りを潜め

私の耳は、足音だけを、聞き取っている


だれも居ない室内には、足音だけが、ゆっくりと、響く

その人間が、誰なのかは、分からないが、私には、その顔が、何度も見ていたせいか

良く知って居るような、気がしてきた

私は、その人物の名前を、口に出そうとしたとき

男の足元に、誰かが、倒れているのが見えた

それはどうやら、あの老人の様であったが

暗くてよく見えない

「あっ、あなたは、なぜ、この老人を」

私の目の前に、男の瞳が、大きく

鬼のように、揺らめく

「俺は、殺しちゃいない

なぜなら、こいつは、自分で、自殺したんだ

俺は、殺しちゃいない

何もしてはいない」

だったら、なぜここにいるのか、そういう前に

相手は、口を喋らす

「あんたを、呼ぶために、俺は、ここにいる

老人が、何かを言ったところで、それは無意味だ

なぜなら、それは、俺がここにいるのが、全ての行いと言うものだ」

全く話の筋が見えない

私は、良くは、分からないが、この男に殺されると言うのか

自殺と言っていたが、そうとは思えない

「あなたが、殺していないなら、どうして、死んだの」

男は、こちらを見て、笑う

「自殺するのに、理由が居るのか」

当たり前だ、居るに決まっている

「理由がなければ、死なないなんていう事は、この世のどこの法律でもないだろう

あっけなく死ぬ、自殺して死ぬ、殺される

それに違いは、ない

ただ、この男は、死んだんだ

放火なんて、ただの言い訳だ

本当に、火事の後に死んだのか

それとも、火事の前から死んだのか

そんなことは、どうでも良い事じゃないか

あんたが、馬鹿みたいに、本を読んだり、行ったり来たり

ここにいるのに、何か理由が、君にはあるのかい

その理由が、何か、意味を、君に、もたらすと言うのかい

それは、君の自由だが、そこに、意味があると、私が、思うと思って居るのかい

私は、そんなことは、どうでも良い

すべてがすべていみがわからないほどに、どおでもいい

彼の死も 

そして、放火は、君が、したと言う理由も

そんなことは、端からどうでも良いんだ

君が、老人の死を理由に、私を、手にしたことも

そして、老人が住んでいたアパートが彼一人を残して

取り壊される前に

どうせならと、放火したことも、どうでも良い

全てが、どうでも良い

君は、老人の死を、願っていたかい

そんなことは、私が、考えることも、出来ないほどに、どうでも良い事なんだ

この店は、いつでも、誰も来ない

きっと、ここに誰が来ることで、老人の死が、明らかに、表に出ることは、少なくとも、早くはない

老人の友達が来る日は、今日ではない

明日でも、五分五分だ

老人がいつ発見されるか

少なくとも、こんなに、君が、この場から去って、何時間たっても、彼は、発見されないし

そして、店の物で、何が重要かなんて、誰も理解しない、しようともしない

唯一欲しがる人が居るとすれば、それは、ただただ君だけが、私の書かれた掛け軸を、この店で、欲しがって居たに過ぎない

だから彼は、最後に、君に、私を、持たせて、死んだに過ぎない

そうだろ


私は、ゆっくりと、目を覚ますように、本から、目をそらした

手元の横には、あの掛け軸が、紫色の風呂敷に、老人に包まれたまま残っている

時計が、どこかで、音を立てている

いや、別の音かもしれない

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