第5話 耳に残る愛の「台詞」※R-18




 御神さんとのセックスは、すごい。

 彼がものすごい技術を持っているだとか、名器であるとか、二次元のようなことを言うつもりはない。

 相手が御神さん。

 それだけでいつだって暴発してしまいそうな俺の興奮があれば、どんなに淡白な交わりにだって満足してしまう自信がある。


 相手が御神さん。

 それが俺にとっては死ぬほど重要なのだ。



「あ、そこ……すき、」

 うっとりするほど甘い声で囁かれ、体中の熱が煮えくり返る。

 自然、掴む手に力が入った。本能が、蹂躙している身体にもっと近づけと囁いてくる。

 大好きな人が俺のもので身悶える姿は、何度見たって目に毒だ。

 隔てるものが何もない身体をさらけ出し、あちこち赤く染まった皮膚に汗を浮かべている。

 俺に委ねられた下半身はすっかり濡れそぼり、快楽で潤んだ瞳は焦点が怪しい。

 彼の、弛緩した足を抱える。

 腰を揺らせば、腹筋が浮き出た御神さんの腹がビクビクと震えた。

 感じていることを余すことなく伝えてくれる彼の反応に、俺はうっとりと息を吐く。

 学生時代はスポーツをやっていたという彼の身体は、いくつになっても美しい。

 現役時代よりも太ったなんてよく言っているが、定期的に鍛える習慣は彼の生活の一部らしい。

 筋肉が浮き出た腿に口づける。

 柔らかく、ほどよく弾力を持って唇を押し返す皮膚は、汗の味まで魅力的だ。

 鼻をかすめる御神さんの匂いを吸い込んで、どろどろに溶けた脳が歓喜するのに任せる。

「奥まで、いいですか……」

「ん、ん、あ、まって」

「ごめんなさい。あまり長くは、待てま、せん」

「んんッ、それ、気持ちイイ……」

 ぐ、ぐ、と押し付ける度に、御神さんの足が跳ねる。

 頭が蹴られないように腕で押さえつけ、逃げる腰を追いかける。お互い汗だくで、触れるところがいちいち熱い。

 濡れて落ちてきた前髪を後ろに流すと、雫になった汗が顎から垂れた。

 こんな汗をかくのは、学生のときの体育以来だ。どんなにきつい稽古場でも、ここまで夢中になることはなかった。


 彼の震えるペニスに、俺の汗が落ちるのが見えた。


 ベッドがギシリと軋んで、御神さんの頭から枕が逃げる。潰れて綿の感触も固いそれを鷲掴みして、彼の背に差し込んだ。

 俺を見上げる御神さんの瞳が、柔らかく細められる。

 礼を言われたのだと気がついて、足を掴む指に力が入った。

「んん、ああっ、」

 彼の中が、俺にいやらしくまとわりつく。

 程よく柔らかに、程よく硬く俺を受け入れた身体は、俺のものなんじゃないかと錯覚するくらい心地いい。

 耳の中で音がする。

 ドクドクと絶え間なく移動する血液の音は、きっと深くまでつながっている御神さんにも届いているだろう。

 彼は俺の呼吸に合わせて声をあげ、切なげに眉を寄せている。

 先走りが彼の先端から零れ落ちて、垂れた。

 下生えに紛れたそれを指で掬って舐めとると、御神さんは目を見開いた。すぐに彼も口を開き、俺に呼応されたように舌を伸ばす。

 噛みつくように口づける。

 もうどちらのものかもわからない体液は、ひどく甘く感じた。

「なあ、も、苦しい……」

「苦しいのは、イケないからですか? それとも、気持ちいいから?」

「はっ、あ、どっちも、んんッ」

「俺のが入って、パンパンになっているからかもしれませんね。御神さんのここ、俺のが浮き出てる」

 すり、と腹の上から蹂躙している中を撫でると、彼の腰がビクンと跳ねた。

 ぐちゃりと音を立てながら、押し出された俺のものが彼の尻を伝う。間髪入れずに入りなおせば、入口が好きな彼は高い声をあげた。

 微かに掠れた御神さんの声。

 低く男らしいのに、透き通っていて柔らかく耳に触れる声。

 鼓膜が喜ぶ部分をピンポイントで刺激してくれる。

 俺が一番好きで、心地のいいと思う高さに聞こえる声。

 もっともっと聞きたくなって、御神さんの腰を抑えた。

 今度は遠慮なく押し付けて、彼が外から中から、俺にしがみつく恍惚に浸る。

「硝……、しょう」

「御神さん……、蒼生、さん……」

 こんなに必死に腰を振って、相手を蹂躙して、快楽を追う。

 獣にでもなったかのような狂暴な思考が、頭を行き来する。

 酸素が足りなくて何も考えられなくて、腰を振ること以外の何もかもが面倒だ。

 冷静な判断ができる部分は、とっく焼けてしまったのだろう。でも頭のどこかは常に冷えていて、喉だけは傷めないようにセーブしている。


 もし、このトリガーを外してしまったら、一体俺たちはどうなってしまうのだろう。

 声が枯れるのも、喉を傷めるのも厭わず目の前の人を抱けたら。

 明日の予定も気にせず、なんなら相手が起き上がれなくなるまで、自分の満足の為に腰を振れたら。

 その時は俺は完全に獣になって、まともな言葉すら話すことなく欲を追い続けるだろう。

 相手の何もかもに発情して、相手の何もかもを暴く。

 そんなセックスが御神さんと出来たら、俺は本当に命が惜しくないかもしれない。


 でも、彼と共有で使っているスケジュールアプリには、明日も予定が詰まっていた。


 俺の代わりは、業界にいくらでもいるだろう。

 しかし、俺の仕事を、俺以外の誰かに代わらせるなんて、想像するだけでもぞっとする。

 俺が作ってきたものが簡単に誰かの手に渡るなんてことがあったら、それこそ生きる意味を失ってしまうだろう。

 多分、その感覚は、御神さんも同じだ。

 そんな世界で戦っている俺と御神さんは、いつだって相手の全てを欲しがることはできない。


 御神さんの身体のことを考えると、これが最後だ。

 わかっているのに、押し付ける腰の動きを止められなかった。

 骨と骨がぶつかって、同じ形をした身体が丁度良く重なる。

 奥から下りてきたローションがぐちゅりと音を立てて、結合部から零れ落ちた。シーツを濡らすのを見て、目の前がカッと赤くなった。

 奥へと怒張を押し込むと、全てを受け止めた御神さんの身体が大きく跳ねた。

「あっ、あー……」

 神様の声が、俺の鼓膜を震わせる。

 俺の神様。俺に生きる意味を教えてくれた人。

 生きていても、何も楽しくなかった。ただ食べて眠るだけの俺の日々を変えてくれた声。

 俺の人生を作ってくれた美しい声が、俺の手で美しく掠れて、吐き出される。

「……っあ、は、あ…………」

「蒼生さん、俺もう……イク、」

「ん、あ、イッて、いい、から」

「あおいさん、好き……」

 ゴムの中で全部吐き出して、余韻で震えるものを彼の中に擦り付ける。

 色を失った体液が、俺の腹に飛び散っていた。

 頭が真っ白になって、収録が長引いた日にもこんな風にならないってくらい息が切れている。


 口の中が渇いていた。

 唾液を飲み込むと、俺の商売道具が痛みに悲鳴を上げた。



 だが、まずは目の前の人が優先だ。

 俺は結合を解いて、ゴムを結ぶのもそこそこにベッドの下に手を伸ばした。

「御神さん、水」

「……ん。ありがと」

 ペットボトルを渡せば、御神さんはのろのろと起き上がった。

 飛び散ったローションや吐き出した精液が、彼の腹にも伝う。

 てらてらと濡れる湖に口からこぼれた水も加わって、乾いたところなど一つも残っていないように見えた。


 放り出したゴムを結びなおして、ベッドの下で待機させていたティッシュを引き寄せる。何枚か箱から抜いて振り返れば、いつの間にかベッドに膝をついていた御神さんがすぐ傍にいた。

 顎を掴まれ、唇を押しあてられる。

 視界いっぱいに御神さんを感じながら、彼の器用な舌が流し込む液体を受け止める。


 口移しの水は、半分くらい零れてしまった。

 俺は多分、喉が人よりも狭い。

 演技を始めたときに苦労した欠点は、つぶれにくいという裏技で押し通してきた。でも、この仕事を長く続けるのであればそれではダメだと御神さんは言う。

 彼の言いつけ通り喉のケアを頑張って、声帯を鍛える為にボイトレも通い直している。

 おかげで最近演技の幅が広がったと褒められることも増えた。

 俺は、何度だってこの神様に救われている。

 零れた分も舐めてくれた御神さんは、ぼうっとする俺の頬をぺちぺちと叩いた。

「お前ももっと水飲んで。明日、収録あるんだろ」

「うん。御神さん、俺もう死んでもいい……」

「だから、せめて俺が老い衰えるまでは生きてくれって言ってるだろうが」

 いつもの口癖に、心地のいい返事。

 何度だって繰り返せるやり取りだが、御神さんを困らせるのは本意ではない。

 自重を約束して、彼が残してくれた水を飲み干す。


 身体を拭いて、ベッドに倒れこむ。

 二人分の体臭が充満したシーツは寝心地がいいとは言えなかったが、そのだらしなさがなんだか安心した。

 横に転がった御神さんも、猫のように身体を伸ばすと、電池が切れたようにシーツに身体を押し付けた。

「喉、大丈夫?」

「はい。御神さんも平気?」

「俺は強いの」

 彼の言う通り、御神さんは不調がほとんどない役者だ。

 喉が特別強いというわけではないらしい。慢性鼻炎に悩まされているようだし、重い収録のあとはケアをしないで寝ると声が出なくなることもあるという。

 だが、長年の経験で不調を乗り切っている。

 すぐに枯れる俺とは正反対だ。そう拗ねると、彼はこればかりは年の功が勝つと得意げに笑った。

 俺と御神さんは、干支が一周する時間だけ生まれた年が違う。

 一生かけても埋まらない差は、時折もどかしい。

 でもその分だけ、彼と肩を並べる日が楽しみになる。

「あーあ、」

 セックスのあとは、シャワーを浴びる気になるまでごろごろする。

 御神さんが提案した時間は、二人にとって気に入りの瞬間だ。

 身体を清めてしまったあとでは出てこない台詞も、こんな時では照れずに言える。二次元のキャラクターのようなことを考えて、結局は億劫になって口を噤む。

 そんなとき、彼が長い溜息をついた。

「俺が現役の頃は、こんなもんじゃなかったのにな。体力ってどんなに鍛えてても衰えるもんなんだなあ」

「御神さんは元気だと思うけど……」

「お前に比べたら、すっかりくたびれちゃったよ。アラサーの体力が羨ましい」

 どこかに飛んでいた枕を回収した御神さんは、それを腹の上でぎゅっぎゅっと潰し始めた。

 あとでカバーも洗うのだ。俺は二人を隔てたそれを突きながら、彼の言った言葉を反芻する。

「それって、体力さえあればもっとセックスしたいってこと?」

 都合のいい解釈だ。

 でも、もし彼が俺と同じことを思ってくれているのなら嬉しい。

 そんな気持ちで尋ねると、御神さんの動きが止まった。

 みるみる赤くなる頬は、わかりやすい。

 目立ったシミもない綺麗な彼の肌。色白で時折、消えてしまうんじゃないかと思うくらい儚い造形。俺が愛している彼の全てが、愛しく俺の言葉で変化する。

 昇天するのをこらえた震えは、散々痛めつけたベッドのばねを、またギシギシと鳴かせた。

「……悪いか」

「悪くないです。好き」

「お前のそういうまっすぐなところ……あ、」

「なに?」

 言葉を止めた彼の顔を覗き込む。

 また押し倒すような体制になって、御神さんが嫌そうに腕を伸ばした。俺の顎のあたりに添えられた腕はたくましいのに、拒絶する力は弱めだ。さっさとキスをして、彼が本格的に嫌がる前に身体を避ける。

「次の収録に、そういう台詞あったなと思って」

 訳を話してくれた彼は、枕をどけた。

 起き上がって、あちこち跳ねた髪をかく。

 聞けば、クロウがハバタキに告げる台詞の中にあるもののようだ。まだ俺は頭に入れていないシーンで、続きはすぐに思い出せない。

「いま言ったら、収録のときに思い出しそうだ。しまったな」

「いいよ、思い出してください」

「嫌だ。集中できなくなる」

 べ、と意地悪に舌を出した彼は、子供のようだった。

 また知らない彼の顔を見れて、俺の胸はいっぱいになってしまう。

 シャワーを浴びに向かう彼を、後ろから抱きしめる。

 俺より年齢を重ねた男の肌だ。

 しっとりと汗をかいているのに乾いていて、温かいのにどこか冷たい。やさしく撫でて、しっかりとした筋肉や骨の感触を楽しむ。

「思い出して。俺も一緒に思い出します」

 欲望はみっともなく掠れて、囁き声になった。

「多分、その場で思い出して、イッちゃうかもしれません」

「忘れろ」

「あとで読み合わせしましょう」

「嫌だ。俺は練習は一人でやる派なんだ」

 真面目な彼は素っ気なく俺を振り払う。

 でも、きっと顔は真っ赤だろう。

 俺が御神さんの声を心底愛しているように、彼にとっても俺の声が特別に聞こえる日がいつか来ると良い。


 そんな思いで今日も吐き出す愛の言葉は、二人の唇の間でかき消された。

「イクならまた俺の中でにしろ」

 捨て台詞のような言葉を放って、御神さんがバスルームに消える。

 その男らしい背中を見ながら、俺は自重したばかりの口癖を吐いた。


 ――あの人の為なら、俺はもう死んだっていい。



 俺の人生を変えた愛の言葉は、今日も俺の鼓膜を喜ばせる。




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