㉑
白状しますと、私は誰ともしれないこの犯人が非常に憎く思われました。なぜなら、犯人の行いはネエネエに対する冒涜です。ネエネエは人を心から愛していました。ですが、どうでしょう。事件の記事を読むだけでも、残酷な殺され方をした死体ばかりであることはすぐに分かりました。
ネエネエはそんなこと、一度もしませんでした。そっと、静かに愛したのです。相手は苦しむというより、眠りについたかのようにそっと、静かに愛されたのです。
彼女の神聖さを汚した犯人を必ずこの手で殺さなければ、ネエネエは安らかに眠れないことでしょう。皮肉なことに、私はネエネエがこの世を去ってから、初めて生きる意味を知ったような気がしたのです。
あの時私が死ななかったのはきっと、ネエネエがこうなることを知っていたからだと。この時の私は、それがネエネエから与えられた使命であると信じて疑いませんでした。そんなもの、ただの復讐の理由でしかないというのに。ですが、私はそうでも思わなければ、生きていけなかったのです。
被害者は少し調べればすぐに出てきました。なんなら、SNSなどを伝えば、交友関係や所属している会社や学校、その人の住所から家族関係、なんなら子どもの通っている学校まで。調べようとすれば、特に知識のない私でさえも、芋ずる式にどこまでも調べることができました。それに、調べるだけなら数日あれば十分でしたから、私がその仮説を立てるまでに時間はかかりませんでした。
この犯人はネエネエの事件を知っているかもしれない。
もちろんその時はただの予想にすぎません。情報は被害者のSNSアカウントや、目撃情報、私と同じように事件について私的に追いかけてる人達が集まる掲示板などから収集したものでしたから、信憑性はそこまで高くはないものばかりでした。
それでも、いくつかの事件に共通点がありました。被害者がお金に困った、しかも女性であること。かつその人物は皆、とあるSNSを使って男性に体を売って金品を得ていたこと。そして何より、彼女らが殺された死亡推定日時が、おおよそ満月の日と重なっていたのです。中には別日程でも死体が見つかってはいるものの、その死体はどれもそもそも特別お金に困っていない人であったり、男性であったり、そもそも死亡推定日時に共通点がなかったことから、模倣犯の可能性が高いと考えられました。ただ、それはあくまでも私の予想の範囲内から出ることなく、どうしても決定打にかけていたのです。
モヤモヤを抱えたまま時間だけが過ぎていくことに焦りを覚える日々は、期間にしてはたったの一週間ほどでした。しかし、当時の私にとってはもう十何年もこれを追っているような、そんな月の見えない長い夜を歩いているような気がしたのです。
そんな中で、よくこんな毎日を過ごしているなと、勝太のことを思う度、最後に会った日を思い出して、罪悪感が少しだけ胸をきゅっと苦しめたのは少し意外でした。確かに、一番長く一緒にいた同年代は間違いなく勝太です。彼とは本当に沢山のことを話しました。どちらかと言えば今も昔も、彼の話を聞くことがほとんどでしたが。時々私も発作のようにネエネエのことを話すことができたのは、彼が唯一そのことを知っている同年代だったことよりも、一度だって嫌な顔をしなかったことが大きな理由です。
母と浩三さんにもネエネエの話をすることもありましたが、私が話しをする度にどこか気まずそうな顔をされるのが申し訳なくなり、いつしか話さないようになりました。だからネエネエの話をするのは決まって――そこまで考えたとき、私は突然目の前が開けたような気がしたのです。濃い霧の中で、足下に絡みついて離さない重たい泥の沼を歩き続けていた中で、ようやく霧が少し晴れたような。そんな些細な何かではありましたが、その時の私にとっては、非常にまばゆい光に感じられました。
ネエネエがよく晴れた満月の夜にしか人を愛さないことを話したのは、勝太だけです。
もちろんネエネエが話したことで、警察がそのことを知っている可能性はあります。そこから世に流された可能性も十二分にありましたから、震える手で急ぎ過去の記事を一つずつあさりました。しかし、該当する記事は見つからないどころか、何なら『気まぐれでの犯行』と大々的に書かれていたほどです。それに、時折散見される、模倣犯の線からも情報が漏れ出ていないことを予測することはできました。
ネエネエが人を愛するのは、満月がはっきり見える夜だけ。そして、約二年に一度だけ、月は二度空に昇ります。先々月がちょうどそれに当たりましたが、死体が見つかったのが一度だけであるのは、おそらく一回目の満月の夜が雨だったからです。
どうして私はそんな初歩的なことに気が付かなかったのでしょう。いえ、私は最初の段階でそのことにも気が付いていたはずなのに、ただ天候が悪かったからだと切り捨ててしまっていたのです。思ってもみなかった手がかりに、私は内心興奮していましたが、同時に疑問に思うことがありました。あの勝太が本当に人を殺すなんてことがあるのでしょうか。それも、そんな残忍な殺し方で。
昔、彼がまだ警察学校へ入学したばかりの時に、浩三さんから愚痴をこぼされたことがありました。それは、彼があまりにも優しすぎるというのです。事件が全て万引きのような小さな事件で終わることはまずありません。今回のように人の生き死にが深くかかわって来ることも当然あります。しかし、勝太はとある事件で死体を見た際に、精神的に不安定になってしまったそうです。これでは将来が心配だと憂う浩三さんと、最近も似たような弱音を彼の口から直接聞いたばかりでしたから、勝太が犯人である線は限りなく薄いように思われました。
それでも、私は確かめなければなりません。仮に勝太が本当にネエネエを汚した犯人であるなら、私はこの手で彼を愛さなければならないのですから。
ですが、情けないことに勝太と連絡を取ることができたのは、その決意を固めてから三日後のことでした。彼から連絡が来るまで、私はずっともんもんとした日々を過ごしておりました。電話をかけようにも、メールを送ろうにも、どうしても不安になってしまうのです。正直、私は怖かったんです。勝太が本当に犯人だったらどうしよう。本当に私は彼を愛せるのだろうか。彼へ連絡しようと意を決しても、すぐにまた悩みだけが膨らんで諦めてしまう。だから、彼から連絡が来たとき、私は心の底から驚きました。
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