⑥
「アイスクリーム、買ってきたよ」
私が手に持ったそれら二つを差し出すと、ネエネエは私の手から一つだけもぎ取り、空いたもう片方の手でやわらかく私の頭を撫でてくれました。一瞬何をされたのかわからず体がびくりと固まってしまいましたが、それでもいつものような暴力ではないことがわかり、徐々に力が抜けていきました。その優しい気持ちよさに、私の心はじんわりと温まっていくような気もしたのです。
「お疲れさま」
ネエネエは私の頭を撫でた柔らかさを少しだけ口調にも残して言うと、そっと頭から手をどけました。彼女の手の柔らかさを堪能していただけに、離れた瞬間はどこか寂しく、物足りないように思えました。ですが、わがままは言えませんから、私は黙っていることしかできませんでした。
「行くよ」
空いてるほうの手を握ってくれたとき、私の中にはある疑問がありました。それは手に持ったままのソフトクリームです。
「あ、あの、これ……」
ソフトクリームとネエネエの顔を数回見比べますと、ネエネエも察したのか、どこかぎこちない笑みを浮かべました。
「お前のだよ」
ネエネエはそうぶっきらぼうに言いますと、ぺろりとソフトクリームをなめました。私もそれに倣うように一口、なめとりました。
冷たさの中に、ほんのりとした甘みがあることに驚きました。そして、それが料理に幾度となく使った牛乳によるものだと気が付いたとき、私はその変化に思わず目を丸くしました。
「お前はそんな顔もできたんだね」
誰に言うでもなくそう呟くと、相変わらずソフトクリームの美味しさに感動している私を放って、さっさと観覧車のほうへと進んでいきました。確か、そのソフトクリームは順番待ちをしている間に食べてしまったはずです。私がゴンドラに乗り込んだとき、手には持っていなかったはずですから。
少しずつ高くなっていく視線に、私は大はしゃぎでした。私だけではなく、ネエネエも口の端をわずかに吊り上げていたことから、それなりに楽しんでいたのだと思います。
徐々に頂上が近づいてきたとき、ネエネエがいつものように「おい」と私を呼びました。どうしたのだろうと顔を向けましたが、ネエネエはこちらを見ず、じっと外の景色を睨んでいました。それはなんだか、私のことを見ないようにしているようにも思えたのです。当時の私は、怖くて訊ねることができなかったのですが。
私が何も言わずにおりますと、ネエネエは長い長い息を吐き出しました。
「ごめん」
彼女の言葉の意味が分からず、私はただ黙って、言葉の続きを待ちました。それからしばらくして、ようやくネエネエはこちらに顔を向けました。その顔はゴンドラに乗る前よりもずっと老けて見え、思わず目を疑ったことを覚えています。
「苦しかったでしょ。でもね、今日で終わりだから」
「終わり?」
「そう、終わり。お前はこれで自由だよ」
それ以上ネエネエは何も語ろうとはしませんでした。
がたがたと派手な音を立て、ゴンドラは少しずつ地上に向けて動き続けます。彼女が何を言っているのか、本当に理解できませんでした。しかし、差し込んでいた夕日がちょうどネエネエの顔を照らしたとき、その美しい横顔に、きらりと光るものが見えたのです。
まるで澄んだ夜のような黒い瞳から滑り落ちるそれがあまりにも綺麗で、思わず「あっ」と小さく叫びました。
しかし、それと同時に私は幼くも、全てを理解したのです。
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