ネエネエに愛された人々は持ってきたボストンバックに私が詰め込みます。私はその瞬間が、この生活の中では一番開放的な気分になった瞬間でした。その人達はもうネエネエのそばにいることはないのだと分かっていたからです。


 そんなほの暗い喜びを胸に抱きながら、私は彼らを押し込みました。その作業が終わると、私達は先ほどとは違う道を通って車の元へと向かいます。車に乗り込んだ私達は決まってある場所へと向かいました。そこがのちに県有数の自殺スポットであると知ったのは、私がかなた園に入所してすぐのことだったと思いますが、詳しいことは何も覚えておりません。


 そこは山道の中腹にあり、明かりが非常に少ない場所でした。そのような場所ですから、自殺に関係なく、毎年多くの死亡事故が起きていることは想像に難くないことと思います。漂う空気はどんよりとしており、そこへ行くたびに私はぶるりと体を震わせました。


 今でこそ事故率などが取り上げられ、明かりが増えましたが、それでも不気味な雰囲気は少しも拭えたようには見えません。そのように近づき難い場所ですから、地元の人でさえも近づくことは滅多になく、そのことが余計拍車をかけているように思われました。ですので、ネエネエにとってその場所は非常に都合がいい場所でした。


 誰もいないことを確認すると、私はネエネエの指示を受け、後部座席に乱雑に放り込まれていたボストンバックを持って外に出ます。ここで転んでしまったりすると、車内に戻ると同時にネエネエは私をぶちます。先ほども申し上げました通り、私はネエネエから振るわれる暴力に何よりも怯えておりましたから、慎重になりながら崖の先まで、その両手に抱えたバックを汗だくになってなんとか運んだものです。


 崖の先はいくら注意深く覗き込んでも、どす黒い闇が広がっているばかりで、暗闇の先が見えることはありません。ですから、ネエネエが愛した後のものをその穴の中に放り投げたとき、まるで真黒な生き物に餌をやっているような気がしたものでした。


 上手に事を運んだとしても、ネエネエが労ってくれることはありません。ただ、ばたんと音を立てて扉を閉め、無言で車を走らせるのでした。私とネエネエとの間には会話らしきものは滅多に交わされませんでした。主にあったのはネエネエからの一方的な命令で、私はそれに黙って従いました。本当に、極まれに私達は言葉を交わしましたが、それでも多くて二言三言だけでした。そのようなことを思い返すたび、怒られたとしても、殴られたとしても、もっと多くネエネエに話しかけていればよかったと、後悔の念がふつふつと生まれます。


 私はネエネエが普段何をしていたのかを、実は何も知りません。平日はたいてい朝早くにスーツを着て家を出、帰ってくるのは夜遅くという生活だったからです。


 ネエネエは家に帰ってくると毎日私の作った食事を食べ、風呂に入ると早々に眠りにつきます。休日は遅くまで眠りにつき、気が向いたタイミングでふらりと家を出て、買い物を済ませてくるといった具合でした。それでも、私はそんな生活を気に入っていました。少しでも長くネエネエといることができる。それだけで幸せを感じることができたのです。


 そのような私を、きっと人々は異常だと思われるでしょう。しかし、彼女が私にとっての全てでしたから、私からすればそれでよかったのです。ただそれだけが、私の幸福だったのです。


 時折自分自身が生きているのか、死んでいるのか分からなくなることがあります。そうなると途端に足がすくみ、地面にしゃがみ込んでしまうことがありました。


 頭の中に浮かぶのはネエネエのことばかりで、他のことは考えられなくなってしまいます。もう彼女に触れられないことは、会うことが叶わないことは重々承知しています。それでも、私はネエネエのことを求めてしまうのです。幼子が必死に母にすがりつこうとするかのように、私はもうこの世にはいない、ネエネエにすがりたくてすがりたくて仕方がなくなるのです。


 私にとってネエネエは、一番の心の支えなのです。

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