第50話 今後の予定

「エルドさん、少しお話があります」


 ポイズンモスの被害から街を救って、数日が経過した昼下がり。


 この数日間は負傷した冒険者たちのご飯を作りに教会に通い、衰弱していた冒険者たちの体調を回復させることに成功した。


 そして、そろそろ私たちも日常に戻ろうとしたタイミングで、私はエルドさんの家でエルドさんと向かい合うようにして座っていた。


「どうした? 改まって」


 食後にゆったりしようとしていたタイミングで言い出したということもあってか、エルドさんは普段の何でもない会話をするときのような声色をしていた。


 それでも、私の表情がいつもよりも硬いことに気がついたのか、エルドさんは少しだけ真剣な表情をして私の言葉を待ってくれていた。


「私、シニティーの街に行きたいです」


「……シニティーか」


 この街から二つ隣にあるらしいシニティーという街。


 そのシニティーでエリーザ伯爵はポイズンモスの毒を浴びて、しばらくの間衰弱した状態になってしまったらしい。


 エリーザ伯爵の体調は無事に回復へと向かっている。


 しかし、冒険者ギルド職員のロンさんから聞いた話によると、ポイズンモスの被害を受けたのはエリーザ伯爵とこの街の冒険者だけではなく、シニティーの冒険者も同様の被害を受けているらしかった。


 そして、多分その冒険者たちの体調を最短で回復させることができるのは私しかいない気がする。


「シニティーの冒険者たちがまだ衰弱した状態なら、私の料理でその症状を回復させることができると思うんです。それなら、私は力になりたいです」


 シニティーの冒険者はこの街の冒険者でもないし、関係ないと言ってしまえばそうかもしれない。


 それでも、ポイズンモスの毒を浴びて衰弱したエリーザ伯爵や、この街の冒険者たちを見て、シニティーの冒険者たちも同じ状態なら放っておけないと思ってしまった。


 私に助けることができるのなら助けたい。


 エルドさんやシキのようにポイズンモス本体を相手にすることはできなかったから、その被害を可能な限り最小限にすることくらいはしたい。


 それが、私にしかできなのなら余計にそう思った。


「なるほどな。アンがそこまで背負う必要はないとは思うんだが、アン自身はそうしたいんだな?」


 エルドさんの問いかけに私が頷くと、エルドさんは少し考え込むように顎に手を当てていた。


 そう。今日この話をしたのはエルドさんも一緒に来て欲しいとお願いをするためだ。


 これまでも私のわがままに付き合ってくれて、一緒に屋台をやってくれた。その次は他の街に行って、慈善活動のようなことをしたいだなんてわがまま過ぎるかもしれない。


 それでも、子供の私とフェンリルのシキではできることが限られていて、どうしても大人の助けというのが必要になってくる。


 そして、それ以上に私はこの三人でもっと一緒にいたいと思っていた。だから、何としてもエルドさんには私たちと一緒に来て欲しいのだ。


「エルドさんがこの街の冒険者だってことは知っています。でも、私とシキだけだとどうしようもできないこともあるので、一緒に来てくれませんか?」


「ん? ああ、もちろん行くけど」


「え、あれ?」


 もしかしたら、断られてしまうかもしれないと思っていただけに、即答で帰ってきた返事を前にして、私は少し間の抜けたような声を出してしまった。


 さすがに即決過ぎませんか、エルドさん。


「そ、そんな簡単に決めちゃっていいんですか?」


「いや、良いも何もアンが行くなら初めから行く気だったんだけど」


 エルドさんは当たり前みたいにそんな言葉を口にすると、少し離れた所にいるシキをちらっと見てから言葉を続けた。


「それに、アン一人に背負わせるわけにはいかないからな。俺とシキで分ければ多少は軽くなるだろ」


「ふんっ。俺一人で背負っても良かったのだが、そこまで言うなら一緒に背負わせてやってもよい」


「まぁ、そういうことだ。出発は明日とかでいいか? 街を離れるなら、少しくらい挨拶しないとな」


「あっ、はいっ」


 思わぬスピードで進んでいく話を前に、話を始めたはずの私が置いていかれそうになっていた。


 エルドさんは私たちと一緒に来ることを全く嫌がることなく、当たり前のように受け入れてくれた。


 もしかしたら、エルドさんも私と同じような気持ちでいてくれているのだろうか? 私たちと一緒にいたいと、どこかで思っていてくれているのかもしれない。


 そう思うと、胸の奥の方が微かに温かくなってきたような気がした。


……なんだか、シキ以外の家族ができたみたいだ。


 そんなことを考えてしまった私は、嬉しくも恥ずかしくなりながら、そんな気持ちをそっと胸の奥に隠したのだった。


 理由は分からないけど、照れくさかったのだから仕方がない。私はコップに入っている飲み物を飲み干して、なんでもないようなフリをしたのだった。


 とにもかくにも、こうして私たちはシニティーへと向かうことになったのだった。

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