第51話 半人前

「アンさん、エルドさん。本当にお世話になりました! このご恩は必ず!」


「そ、そんなに気にしないで大丈夫ですよ」


 エルドさんと話したのだが、私たちはシニティーに行く前にエリーザ伯爵のもとに向かうことにした。


シニティーの領主と関係があるエリーザ伯爵の元に行って、関係を取り持ってもらった方がいいだろということになり、私たちは小さな個人用の馬車でエリーザ伯爵の屋敷に向かうことになった。


幸いなことに、ポイズンモスの討伐と衰弱した冒険者たちの体調を回復させたこともあって、冒険者ギルドから結構な報酬をいただいたので、馬車に乗るお金は心配せずに済んだみたいだった。


 街を出てシニティーに行くために馬車乗り場に向かうと、そこには何人か私たちの見送りに来てくれた人たちがいた。


 この街に一ヵ月以上滞在していたこともあり、私は知らないうちに多くの人たちと関係を持っていたらしい。


 その中でも神父のおじさんは、これでもかというくらいに深く頭を下げて私たちにお礼の言葉を述べていた。


 後から聞いた話だったが、冒険者たちにしていた炊き出しの期間が長引けば長引くほど、多くの食費代がかかるので、教会の経営にも影響が出てしまうという状況だったらしい。


 しかも、冒険者たちのために食事を作っても衰弱していて食べてくれないため、神様に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになっていたとか。


 そんなこともあってか、私たちは神父のおじさんには会う度にお礼を言われていたのだった。


「それと……いつまでも、またあの味が食べられることを願っていますので!」


「は、はい。ありがとうございます」


 そして、この神父のおじさんは私たちの屋台のファンの第一号でもある。


 そのファンの切実な思いを聞かされて嬉しいなと思いながら、私はその熱に押されて気味で返答をしていた。


 なんか二つ隣の街に行くっていうだけなのに、結構な大事になってる?


「じゃあ、そろそろ行くか」


「はい。みなさん、それでは行ってきます」


 エルドさんは私と街の人たちのお別れが済んだのを確認してから、馬車に乗り込もうとした。


 私はまた帰ってくるという意味を含めて挨拶をして、深くお辞儀をして簡単な別れを済ましたのだった。


 そして、馬車に乗り込もうと顔を上げたとき、誰かがこちらに走ってきているのが見えた。


「エルドさん、誰かこっちに来てますけど知り合いですか?」


「ん? あっ、ルードか」


 少し目を細めて見た後、その姿を確認したエルドさんは何かに気づいたようにそんな言葉を口にした。


 小走りでこちらに向かってきたルードさんという男性は、私たちの元に来たときには、結構息を切らしていたのだが、息を整えるよりも早く口を開いた。


「はっ、はっ……間に合ったみたいだな」


「間に合ったって、昨日話したし別に見送りなんてしないで平気だったのに」


「平気なわけないだろうがよ。ほら、これ持ってけ」


 ルードさんはそう言うと、手に持っていた長方形の木箱に入っている物をエルドさんに手渡した。


 何を貰ったのだろうかと思った私は、エルドさんが木箱を開けたすき間から覗いたそれを盗み見た。


 そこにあったのは、綺麗な刃をしている少し高そうな包丁だった。


「これ……俺にくれるのか?」


「馬鹿、タダでやるわけないだろ。今までの、その、あれだ」


 ルードさんは何かを言おうとして、言いにくそうな表情で私を見た後にその言葉をひっこめた。


 なんだろう? 私がいたら言いにくいことなのかな?


 考えてみてもよく分からなそうだったので、私は一足早く馬車に乗り込むことにした。


「そうか。それじゃあ、ありがたく貰っておくかな」


「ああ。胸を張っていけ。お前はもう十分半人前なんだからな」


「……そっか。半人前になれていたのか、俺」


 後ろから聞こえたその声に振り向くと、二人はなぜかしみじみとした感じでそんな言葉を交わしていたのだった。




「なんかルードさんって人、凄い失礼なこと言ってませんでした?」


 別れ際になんで喧嘩を売るようなことをエルドさんに言うのだろうか。そう思った私は、少し頬を膨らませながらエルドさんにそんなことを聞いていた。


 それだというのに、エルドさんはあんな言葉を言われた後だというのに、どこか嬉しそうな顔をしているような気がした。


「いいんだよ。あれは誉め言葉なんだから」


「誉め言葉、ですか?」


 どう考えても悪口にしか聞こえなかった言葉なのに、当人のエルドさんはどこかすっきりしているみたいだった。


 思いもしなかった反応をされてしまった私は、それ以上そのことについて追及する機会を逃して、出発した馬車に静かに揺らされていた。


 ……男の人って、たまによく分からない。


 私は誰に言うでもなく、そんな言葉を心の中で呟くのだった。


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