第46 魅惑のスープ

「冒険者みなさん、ご飯ができましたよー!」


 冒険者たちのご飯をシスターさんたちと共に作り終えた私は、そのままそれを盛り付けて冒険者の人たちにトレーに乗せた食事を配っていた。


 献立としては、豚肉の薄切りのようなお肉と葉物の野菜の炒め物とパン、それと『お雑煮スープ』となっていた。


 それらの献立の中では、やはりめんつゆで作っただけの『お雑煮スープ』の香りはひと際目立っていたようだった。


「すんすんっ、なんか凄い良い匂いしないか?」「知らないスープだ。変わった色だな」「……なんか、不思議と腹が減ってきた」


 めんつゆを初めて見たであろう冒険者の人たちは、その色と香りに興味を持っているようだった。


 見たことがない物を食べるということは、警戒もするだろうし、少し勇気がいるかもしれない。


それでも、本能的な食欲の方が簡単に勝っているのだろう。


 冒険者の人たちのもとに料理を届けると、『お雑煮スープ』に向けられた視線はそのまま外されることがなかった。


 全員に料理が行き届いたのを確認した神父のおじさんは、上機嫌そうな笑みを浮かべてから咳ばらいを一つして、深めに息を吸ってから口を開いた。


「今日の汁物は、あの『魅惑のソース』の屋台で有名な料理人さんが作ってくれた物です! この教会に来てくださったことに感謝をしつつ、頂いてください!」


 その神父のおじさんの声は部屋の奥まで響き、その言葉を聞いた冒険者たちのざわつきが聞こえてきた。


「『魅惑のソース』って、あの開店前に並ばないと買えないっていう店のか?!」「忽然と姿を消したって言う幻の屋台だろ、あそこって!」「やばい、急に食欲が凄い湧いてきた!」


 歓声に近いような声が響く教会は、初めにこの教会に入って来たときとは別の所にいるのかと勘違いするくらいに盛り上がっていた。


 ……なんか私たちが自分で思っていた以上に、あの屋台は人気店だったらしい。


 そうだったんだ。数日エリーザ伯爵の屋敷に言っていただけで幻扱いされていたんだ、私たちの屋台って。


 確かにあれだけ人が入っていたお店が急に市場から姿を消したら、今までが幻だったのかと思うかもしれない。


 屋台では『ケバブ風焼き鳥』しか振舞っていないはずだけど、それだけでこんなに人気な食べ物になっているとは思わなかった。


 ……もしかしたら、これがマヨネーズの魔力という奴なのかな?


 そんなざわつきの中、めんつゆの香りに駆り立てられた食欲を抑えきれなくなった冒険者たちは、トレーに乗せてある『お雑煮スープ』を手に取ると、かき込むようにそれを口に運んでいた。


「うおっ! なんだこれっ、うまっ!」「優しい味なのにっ、止まらなくなるっ」「はぁ……なんか心の奥まであったまる。体に染みるなぁ」


 『お雑煮スープ』を口に運んだ冒険者たちはその味に驚いたり、べた褒めしたり、感動したりと様々な反応を見せていた。


 自分が作った料理をこんなに美味しそうに食べてらえると、照れくさくもあり、嬉しくもある。


 私も味見をしてみたけど、炊き出しのような現状で食べられる味を大きく超えすぎていると感じていた。


 味見をしたシスターさんや神父さんのおじさんも同じような反応をしていたし、今回の『お雑煮スープ』には自信もあった。


 それでも、実際に喜んでくれている所を見ると、やはり嬉しいものだ。


「これって、おかわりあるのかな?」「これなら、何杯でも食べれる気がする」「神父さん、これってまだ余ってたりします?」


 勢いよく汁物を飲み干してしまったのだろう。食欲がなく衰弱していたはずの冒険者たちは、目を輝かせながら神父さんのおじさんに空になった食器を持って迫っていた。


「い、いえ、えーと、ですね……」


 多分、鍋の中はもうほとんど空だった気がする。


 あれだけ味見をして、この人数に配ればすぐに鍋の中身なんてなくなってしまう。


『お雑煮スープ』は食べてれば食べるだけ体調が良くなるだろうし、少しでも早く体調を回復して欲しい私からすると、ぜひもっと食べて欲しい。


神父さんのおじさんが返答に困っているのは、私にまた作ってもらうことを遠慮しているのかもしれない。


 そう思った私はちょこちょこっと神父さんのおじさんの側まで行くと、他の人には聞こえないように近づいてから口を開いた。


「少し時間を貰えれば作れますよ。ここの食材を使っていいなら、ですけど」


「本当ですか?! ほんっとうにありがとうございます! 冒険者たちを代表して、感謝いたします! ぜひお願いします!」 


 私があまり目立たないように小声で言ったのに、神父さんのおじさんは心から感謝するみたいに大きな声でそんな言葉を口にしてしまっていた。


 当然、冒険者の人たちから視線を集めてしまったので、私はそのまま逃げるようにその場を後にして、調理場に向かったのだった。


 冒険者の人たちが何杯おかわりするのかも分からないし、結構多めに作っておかねば。


 ……どうやら、私の方もあと少しだけ忙しくなりそうだった。


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