第45話 餅なしお雑煮

 隠れてめんつゆを生成することに成功した私は、こそっと教会に戻っていた。


そして、改めて生成しためんつゆを前にして、少しだけ考えていた。


 ご飯のない雑炊みたいなものを作ろうと思っていたのだけれど、それだとさすがに彩りが悲しい気がしてきた。


 ご飯が入っているときはあまり感じなかったけど、なんか全体的に茶色すぎる気がする。


でも、ネギみたいな野菜もあるしそんなことはないのかな?


 もちろん、大事なのは魔法の付加だということは分かってはいる。分かってはいるのだが、少しぐらい彩りが欲しいかもしれない。


 そう思った私は、何か色を加えられるものがないかと思って食品庫を確認しにいった。


 前に雑炊を作ったときの材料はお米以外は用意したし、大根みたいな野菜も準備した。それでも、何か丁度良い感じの葉物でもあれば印象が違うかもしれない。


 そんなことを考えながら改めて食品庫を覗いてみると、そこには色んな野菜が置かれていた。色々とあるにはあるんだけど、どの野菜がどんな味をするのかはまるで分からない。


 まぁ、鑑定を使えば確認をすることは簡単だし、一つ一つ見ていくのがいいかな?


「あれ?」


【全知鑑定】で一つずつ野菜を調べていこうと思ったのだが、何か見覚えのあるような野菜がそこにあった。


 緑色のそれを手に取って見つめてみると、どうしてもあれにしか見えない。


「これって三つ葉? いや、三割くらい春菊みもあるかも」


 三つ葉にしか見えないようなその異世界の野菜を手に取った私は、ふと使おうとしていた材料を頭に浮かべた。


 三つ葉に大根に鶏肉とキノコ。そして、それをめんつゆベースで味付けたスープを作ろうとしているという状況。


 それって、餅が入っていないだけのお雑煮では?


 練り物はないけど、そこはご愛嬌ということにすれば、ほぼほぼお雑煮になると思う。


 正月でも日本でもない場所でお雑煮を作るなんて、思いもしなかったけど全然ありな気がする。


 ……あれって、汁だけで飲んでも美味しいし、今回作る物はそれで決定かな。


 私は三つ葉をそのまま鍋の近くまで持っていくと、借りている調理器具の近くにそれを置いて、さっそく調理に取り掛かることにした。


さて、ここからは料理の時間。


 まず初めに、めんつゆに適量の水を入れて、お雑煮の元となるスープを作る。それをひと煮立ちさせた後、皮をむいた大根みたいな野菜を半月切りに、クックバードのもも肉を一口大に切って投入する。


雑煮の時に使ったネギみたいな野菜は今回は入れずに、このタイミングで旨味が強いというキノコを切ってそれも鍋の中に投入。


 ねぎを入れた方が色身も健康的にもいいかもしれないけど、お雑煮感が少し台無しになる気がするので、入れないことにした。


 まぁ、そもそも餅が入らない時点で台無しだと言われれば、元も子もないのだけれども。


 でも、三が日に一度くらいは汁だけのお雑煮が出てきたのは我が家だけではないはず。


多分、一般的なはずだ。た、多分。


そして、最後に全体的に火が通って、大根にめんつゆの色が染みていったくらいのタイミングで、三つ葉みたいな野菜を適当に切って投入する。


三つ葉みたいな野菜が少しだけくたったくらいのタイミングで火を止めて、完成である。


「『餅なしお雑煮』……いや、『お雑煮スープ』とかの方がそれっぽいかな?」


 なんか完成品なのに『なし』がつくのも味気ないし、それっぽい名前の方がいいだろ。


 とりあえず、味見はしておかないとだよね。


 私は近くにあった小皿に少しだけ『お雑煮スープ』を入れて、それを口に運んでみた。


「んんっ、うまぁ。……なんか前の雑炊よりも料亭の味がする気がする」


 口の中に広がるのは、キノコの香りとめんつゆのダシの旨味。それが一気に口の中に広がって、後からじんわりとクックバードのお肉から滲み出た油がやってくる。


 日本の正月がここに凝縮されているといっても過言じゃないくらい、和食の美味しさがそこにはあった。


 前はあくまでご飯が主役だったのに対して、今回はめんつゆベースのスープが主役ということもあってか、上品なめんつゆの味を堪能できる一品となっていた。


 私が作る分はこれで完成かな。よしっ、完成したことを報告に来ますか。


「わっ、と」


 そんなことを考えて少し上機嫌気味に振り向いた先には、めんつゆの良い香りを嗅ぎつけてきたのか、私の料理の完成を心待ちにしているシスターさんたちがいた。


 ……ただ香りを嗅いだだけなのに、少し顔をとろんとさせている人までいるようだ。


「できました。えっと、少しだけなら、味見しても量は足りるかと」


 どうやら、今回も多めに作っておいて正解だったみたいだ。


 私が味見の許可を出すと、わっと調理場が湧いて味見を求めるシスターさんたちが押し寄せてきたのだった。

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