第43話 私の戦場

「……ポイズンモスの毒を浴びた人たちって、こんなにいたんですか」


 エルドさんとシキを見送った私は、冒険者ギルド職員のロンさんと一緒に教会に来ていた。


一旦、負傷した冒険者たちの容体を見ようとしてやってきたのだが、その数が数十人もいた。


 ただやつれ気味になっている人もいれば、呼吸が浅く苦しそうにしている人もいる。


 どうやら、ポイズンモスがこの街の冒険者たちに与えた被害というのは、中々に大きいらしい。


「大体50人くらいですね。もろにくらった人も多くて、今は教会と冒険ギルドの方でポーションやら魔法やらで解毒は何とかという感じです。ただ、衰弱気味で中々ご飯も食べてくれない状況ですね」


なるほど。状態的にはエリーザ伯爵と似たようなものかもしれない。


 それなら、あの時に作った雑炊みたいな感じで作れば、きっと容体もよくなるはず。


「分かりました。この教会で負傷した冒険者たちのご飯も作ってるんですよね? それを私が代わりに作ることはできますか?」


「任せてください! エリーザ伯爵の容体を回復させたという話を聞かせれば、問題なく代わってもらえるはずです」


 ただの幼女に大事な台所は任せてもらえないだろうと思って、あらかじめエルドさんにエリーザ伯爵の屋敷でのことをロンさんに話しておいてもらったのだ。


 驚いてはいたが、私の作った料理を近くで見たということもあってか、ロンさんは私たちの話を疑うことなく信じてくれた。


 どうやら、エリーザ伯爵の容体は一部の人と冒険者ギルドしか知らない情報だったらしく、私たちがそれを知っていたということも大きかったようだ。


 あとは、S級冒険者の話だから信じてくれたというのもあると思う。


 とにもかくにも、これで台所は任せてもらえるはず。


 ちゃんと大人のロンさんもいるし、台所を私に任せれくれるように話もつけてくれるはず。


きっと、何も問題はないだろう。


私はそんな気持ちで教会の料理場へと向かったのだった。




「なりません」


「……え?」


 しかしながら、私の申し出は簡単に却下されてしまった。


 教会の調理場に向かうと、シスターの服の上にエプロンをかけた女性たちが、すでにご飯の準備をしようとしている所だった。


 まさにグッドタイミングと思ったのだが、どうやらそう簡単にはいかないのかもしれない。


「なぜですか?! この子はあのエリーザ伯爵がポイズンモスにやられたとき、料理でその体調を回復させた子なんですよ?」


「あなたたちの言っていることを疑っているのではありません。ただ、このような子供に今の冒険者の姿を見せるのは、あまりよくありません。幼い心に傷を負わせてしまったら、どうなさるんですか?」


「そ、それはっ」


 ロンさんが思いもしな形反論を受けて言葉に詰まっていると、シスターは私の頭をそっと撫でて言葉を続けた。


「少し刺激的な物を見てしまいましたね。ここは大丈夫ですので、他の人たちと一緒に避難をしましょうか」


 その声色は私を邪魔ものとして扱うようなものなどではなく、ただただ優しさに満ちたものだった。


 これはあれだ。イジワルとかではなくて、ただ純粋に私のことを心配してくれている感じのやつだ。


 確かに、私くらいの年齢の子がさっき教会にいた冒険者たちの姿を目にしたら、もしかしたらトラウマになるかもしれない。


 そこを配慮してくれている純粋な優しさ。さすが、聖職者といった感じだ!


 ……そして、すごいありがたいんだけど、反論するにもしにしくいパターンだ。


 でも、どうにかして私も自分の考えを伝えなければならない。


 だって、エルドさんとシキが戦っているように、私の戦場はここなのだから。


 そう思って、私が発言しようとしたタイミングで、私たちのすぐ後ろにあった調理場の扉が開いた。


「シスターの皆さん、どうも冒険者の方たちは食欲がない人が多いみたいです。みなさんで冒険者の方たちの回復を祈りながら料理をつく――」


 そこ現れたのは、私たちが市場で屋台を出したときに初めに試食に来てくれたふくよかなおじさんだった。


「あ、あのときの、おじさん」


 なんで神父服なんて着ているんだろうと思っていると、私と目が合ったそのおじさんは目を見開いて驚いていた。


「魅惑のソースの屋台のお嬢ちゃんじゃないか!」


「魅惑のソース?」「え、それって、数週間だけやっていたっていう幻の?」「うそ、あの子あそこの店員なの?」


 そして、ふくよかなおじさんの大きな声を聞いて、周りにいたシスターさん達の視線が一気に私に集められた。


 あれ? もしかしたら、これは案外簡単に何とかなるかもしれない。


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