第42話 私なりの戦い方

 ポイズンモスとの戦いの場に行けない私ができること。それは、ポイズンモスの毒を一時的に無効化できるくらいの魔法を付加した食事で二人を応援することだ。


 負傷した冒険者の救護に向かう前に、私は二人にせめてものエールを送ることにしよう。


 そんな考えのもとエルドさんの家の台所に立った私は、あまり悠長にしてはいられないことを配慮しながら、頭の中でどんなものを作るのかを考えていた。


 すぐに食べることができて手軽かつ、生成する調味料は魔法の調味料である必要がある。


 今から新しい調味料に挑戦するのはリスキーな気がするし、既存の調味料で出来るもの。


 それでいて、今ここにある食材でできるものと言えば……。


「よしっ」


 私は頭の中で作る物を決めると、さっそく調理に入ることにした。


 まずは、フライパンに薄く油を引いて、観音開きに切ったクックバードのもも肉を皮の面から焼く。


 このときに重しなどを使って、もも肉を押しながら弱火で火を入れていく。


 火がちゃんと通ったのを確認したら、それをひっくり返して焼くこと数分。これで、クックバードのもも肉焼きは完成。


 あとは、焼いたもも肉をフライパンから一時的に避難させてソース作りだ。


 私は【全知鑑定】のスキルを使って、目の前にソースの情報を表示させた。やはり、チキンとあうソースといえば、これだろうという定番のソース。


【全知鑑定 照り焼きソース……醤油 みりん 酒 砂糖】


 そう、醤油とみりんが使えるのなら、作るのはやっぱり照り焼きソースだ。


 私はその画面を見つめながら、何も入っていないフライパンに手のひらを向けた。


照り焼きソースの味と触感と香りと舌ざわりをイメージして、それをゆっくりと形成させていく。


 込める魔力はめんつゆを作ったときよりもずっと強く、二人がどんな毒にも冒されないで済むくらいの毒耐性をイメージ……多分、いつもよりも魔力の質を温かい感じに変えればいけるはず。


 無事で帰ってくることを祈りながら、その祈りを魔力に変えるようにして、私は強い魔力をそこに注ぎ込んだ。


 すると、フライパンが強い光を発した。


 その光の奥にあるソースを覗き込んだ私は、そっと口元を緩めていた。


「うん。ちゃんとできてる」


 見た目はカラメル色をした照り焼きソースのそれだった。どうやら、上手く作ることができたらしい。


【全知鑑定】を使って確認してみると、照り焼きソースの材料を表示していた画面が変わって、生成したばかりの照り焼きソースの情報が表示された。


【魔法の照り焼きソース……日本の照り焼きソースを模して作った物。付与効果 治癒魔法中 状態異常耐性大】


やった! 状態異常耐性も付けることができた。それも付加の状態として『大』になっている。


 あれ? でも、毒耐性を付けようとしたんだけど、状態異常耐性になってる? まぁ、他の状態異常も耐性をつけてくれるなら問題はないか。


そのまま照り焼きのソースを中火で熱していくと、確かに照り焼きの甘辛い香りが漂ってきた。


 あとはとろみが出てきたら、フライパンにさっきのクックバードのもも肉を焼いた物を戻して、照り焼きのソースにひたひたに浸して絡めていく。


 最後にパンを半分に切って、パンの下の土台部分に照り焼きソースを絡めたチキンを乗せて、生成した魔法のマヨネーズを上からかけて、切ったパンの上の部分を乗せて完成。


「できました。エルドさん、シキ。ポイズンモスを倒しに行くなら、これを食べてから行ってください」


 私は皿に盛りつけた二つの照り焼きバーガーを、エルドさんとシキの前に置いた。


 その香りに当てられた二人は、すでに目の間に置かれた料理から目を離せなくなっているようだった。


 シキなど私が料理を目の前に置く前から尻尾をぶんぶんと振っていた。


「アンが料理してる途中から、凄い良い匂いがしてきたんだが、これも魔法の……特別なソースなのか?」


 エルドさんは照り焼きバーガーを見つめながら、少し言葉を濁すようにしてそんな言葉を口にした。


 おそらく、目の前に冒険者ギルドの職員がいるからだろう。


 私たちが市場で売っているソースが魔法のソースであるこということは、まだアルベートさんにしか言っていないし、隠しておいた方がいいかな。


「はい。これも大人気のソースです。……治癒魔法中 状態異常耐性大付きです」


 私がエルドさんとシキにだけ聞こえるようにそう言うと、二人は驚いて私の方に振り向いた。


「なっ?! 状態異常耐性って、かなり高額なポーションに付加されているっていう――いや、な、なんでもない。ありがたく頂くことにしよう」


「ふふっ、ポイズンモスめ。毒のないあいつなど、ただの羽虫と何も変わらん」


 なんでもないようなふりをしてロンさんを誤魔化そうとするエルドさんと、何かを悪巧みをするような顔をしているシキ。


 二人ともそれぞれ違う反応を示したが、それでも目の前に置かれている照り焼きバーガーを速く食べたいという気持ちは同じらしい。


 二人は顔を見合わせた後、息を合わせたように照り焼きバーガーにかぶりついた。


「うおおっ、うまっ!! な、なんだこの甘辛いソースは。コク深さがクックバードの味を引き立てるどころか、上回っているぞ」


「これは、美味いぞ、美味い過ぎる。マヨネーズと絡むことでソースの味がまた数段跳ね上がってくる。ソースだけで食べても、うまいっ」


 エルドさんとシキは一度かぶりついた後は、一心不乱に照り焼きバーガーを食べていた。


 確かに、照り焼きバーガーの美味さは反則級だよね。私も何度その味を食べたことか。


 私が二人の感想を聞いて共感するように何度も頷いていると、二人の食べっぷりを見たロンさんが、凄い食べたそうな目でじっと二人が食べている様子を見ていた。


 まぁ、照り焼きって匂いだけでも凄いから、目の前で美味しそうに食べている様を見せられたら、辛抱たまらなくなるよね。


 それでも、今回ばかりはこの二人のために作った物なので、我慢していただこう。


「エルドさん、シキ。応援してるから、頑張ってください」


 こういう形の応援しかできないけど、できることはしたつもりだから。


 こうして、私は私なりの方法で戦いに参加させてもらえたと思う。


 ……あとは、私は自分に任された仕事をこなすことにしよう。


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