第27話 アルベートさんからの依頼

「エリーザ伯爵様が毒で衰弱状態?」


 私たちはアルベートさんが用意してくれた馬車に乗って、エリーザ伯爵の屋敷へと向かっていた。


 シキは馬車に並行して走って付いてきてくれるとのことで、たまに外を見てシキの様子を確認してみるが、えらく涼しい顔で並走していた。


 シキだけ走らせるのは申し訳ない気もしたけれど、どうやらシキ的には何も問題はないらしい。


 そして、私たちしかいない馬車の中で聞かされたのは、思ってもみなかったエリーザ伯爵の容体だった。


 話の内容がないようなだけに、街中ではできないと言っていたけど、まさかこの街の領主様がそんな状態になっているとは知らなかった。


 いや、そもそも私はこの街に来て日が浅いし、知らなくてもおかしくないのか。


「はい。ポイズンモスの毒を浴びてしまいまして」


「ポイズンモスか……」


「エルドさん、知ってるんですか?」


「ポイズンモスは厄介な魔物だ。大型の蛾みたいな魔物で、いたずらに毒の粉を振りまくんだよ。でも、衰弱状態になるほどの毒ではなかったはずだが……」


 エルドさんは少し顔を歪めながら思い出すようにそんな言葉を口にした。口ぶりからして、何かあまりよくない記憶を思い出しているみたいだった。


「ちなみに、どこで毒の粉を浴びたんですか?」


「二つ隣の街のシニティーの森の中です。仕事でそちらの領主と話し合いに向かったのですが、その帰りに浴びてしまいまして」


「シニティーか。それなら、この街に来る前に討伐されるか」


 エルドさんはそんな言葉と主に小さく頷いていた。どうやら、この街への被害を警戒していたらしいが、エルドさんの顔を見るに問題はなさそうだった。


そうなると、問題は衰弱状態のエリーザ伯爵のことだろう。


 そういえば、『料理を作ってあげて欲しい人がいる』と馬車に乗る前に言われたんだっけ。


 まって。これ状況からして、私たちが料理を振舞う相手って……。


「もしかして、エリーザ伯爵様に私たちの料理を作って欲しいということじゃないですよね?」


「勘の良いお嬢さんですな。まさにその通りです」


 アルベートさんは私の問いかけに対して、少しの笑みと共にそんな言葉を口にした。


 どうやら、知らないうちに結構な厄介ごとに巻き込まれてしまっている気がする。


 伯爵様に庶民の屋台の物を食べさせるなんて、一体何がどうしたらそんな展開になるのか。


 私の考えが通じたのか、アルベートさんは元気だったころのエリーザ伯爵のことを思い出すようにしながらそんなことを話し始めた。


「実は、庶民の間で魅惑のソースを使った屋台が大人気という話を聞きまして、そこまで人気な物ならエリーザ伯爵様も召し上がっていただけかと考えたのです。元々、隠れて市場で食べ物を買ってくるような方でしたので喜んでくれるかと」


 どうやら、意外なことにエリーザ伯爵という人物は、隠れて市場に行くほどのB級グルメ好きだったらしい。


 それから話してくれたアルベートさんの話の中で、エリーザ伯爵が庶民からも支持を得ている優しい貴族であるということが分かった。


 庶民から人気のある貴族が困っているというのなら、助けてあげたくもなる。でも、助けられるかどうかは別の問題ではある。


 アルベートさんは一通りエリーザ伯爵のことを話し終えた後、さらに言葉を続けた。


「魅惑のソースのかかった料理。それを【鑑定】でその料理を調べてみると、治癒魔法が付加されているということを知りまして、それなら食欲がないエリーザ様でも食べていただけるのではないかと」


 そうだったんだ。なんでバレたのかと思ったけど、この人も【鑑定】のスキルを持っていたんだ。


 アルベートさんはそこまで言うと、正面に座る私たちに頭を下げて言葉を続けた。


「お礼は十分にさせていただきますので、エリーザ様のために料理を作っていただけないでしょうか?」


 貴族の執事さんに頭を下げられてお願いをされてしまっては、私たちは断ることができるはずがない。


 それでも、何も伝えずにエリーザ伯爵の屋敷に連れて行ってもらっておいて、期待に応えられないのも申し訳ない。


 ちらっとエルドさんの方を確認すると、エルドさんも同じ気持ちなのか私のことを見つめていた。


 下手に隠しておいて後からバレた方が問題か……。


 そう思った私は、少しだけ私たちの調味料の秘密をアルベートさんに話すことにしたのだった。

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