第26話 食い違い
「おい人間、アンに何かすると言うのなら、この街ごと貴様も滅ぼすぞ」
「ま、まて、シキ。相手は伯爵の執事だぞ!」
「構うものか。アンに危害を加えようとする人間を生かしておくことなどできぬ」
私とエルドさんが顔を引きつらせたのを見て、店の後ろで蹲っていたシキが唸るような声と共にアルベートさんに近づいていった。
エルドさんの制止を振り切って牙を見せているシキは、本当に食い殺すんじゃないかって程の剣幕をしている。
「シキ! 落ち着いて!」
「落ち着いていられるか。安心しろ、すぐに終わる」
その言葉はちょっと安心できないんだけど!
私はこのままではアルベートさんが危ないと思って、慌てるようにシキに抱きついてシキを止めようとしたが、まるで止まる気配を見せない。
確かに番犬を任せはしたけど、どんな人にも噛みつくような狂犬をお願いしたつもりは全くないんだけど!
「あの、何か勘違いをされていませんか? 私はただお話をしたいだけですよ?」
あと数秒したらシキが襲い掛かってもおかしくないタイミングで、アルベートさんは落ち着いた声でそんな言葉を口にした。
「話を、聞くだけ?」
言われた言葉の意味が分からないといった私の心を代弁したかのように、エルドさんは目をぱちくりとさせながら言葉を漏らしていた。
そうだよね、状況的に私たちを取り締まりに来たのだとばかり思っていたけれど、もしかして、そんなことはなかったのかな?
「魔法を付加した料理を提供したから、私たちを取り締まりに来たのではなくてですか?」
どうしても聞かないわけにはいかなくなった私がそう聞くと、アルベートさんは少し考え込んだ後に、僅かに口元を緩めたようだった。
「何か害のある魔法ならまだしも、治癒魔法ですから問題はないでしょう。そんなことしませんよ」
「……ということは、本当にただ話を聞きたかっただけですか?」
何か勝手に壮大な勘違いをしていた気がして、私がそう尋ねるとアルベートさんは緩めた口元をそのままに小さく頷いた。
どうやら、勝手に勘違いして事を大きくしていたのは私たちの方だったみたいだった。
しかも、それだけではなくシキに襲わせそうとする大失態付き。
「し、シキ! アルベートさんに謝って!」
「アンに危害を加える可能性はまだ消えてはおらんだろう。というよりも、アンとエルドの反応が悪いのではないか」
シキを揺すって謝罪をするように言ってはみたのだが、シキは謝る気配すら見せようとしなかった。
まぁ、シキからしたら私たちを守ろうとしてくれたんだろうし、私たちがアルベートさんに過剰に反応してしまったことが原因ではあるんだろうけど。
それでも、伯爵の執事に無礼を働いたとなると、どんなお咎めがあるのか分からない。
エルドさんも私と同じことを考えたらしく、私と共にシキの体を揺すって謝罪を促しているがまるで効果がない。
私たちがやんややんやしていると、完全にアルベートさんが蚊帳の外になってしまい、その存在が少し小さくなっていった。
「あの……そろそろ、お話を聞いてもよろしいでしょうか?」
最後は申し訳なさそうなアルベートさんの声によって、謝罪をする云々の話は一旦保留となり、私たちはアルベートさんの話を聞くことになったのだった。
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