第25話 鋭いご老人

大盛況となった私たちの屋台は、すぐに街の住人たちに噂されるようになり、連日行列ができる繁盛店になった。


 初めは様になっていなかったエルドさんだったが、日に日に上達していき、気づけば料理の腕がぐんぐんと上がっていた。


 初めは知らないうちに随分手を切ってるけど大丈夫? と心配するくらいだったのに、気づけばその傷は完治していて、手慣れた手つきになったものだった。


……やっぱり、冒険者ということもあって、慣れれば刃物の扱いは上手いんだなと少し感心である。


 その結果、回転が速くなっていき、日に日にその日の分をさばききるのが早くなっていったのだった。


 開店してもすぐに品切れになるため、もっと多く仕込みをしようとも考えた。


しかし、午前中だけで一日分以上の利益を出せるのなら、無理して午後働かないでいいのではないかということになり、仕込みの量は変わらずにやっていた。


子供の私に8時間労働をさせるのは申し訳ないという気遣いもあったのだろう。朝働き出して、午前中には仕事を終えて午後はお休みという毎日を送っていたのだった。


 そんな生活を送って数週間が経った頃、閉店した私たちの店の前に一人の白髪の男性がやってきた。


 じいやと呼ばれるのが似合うスーツを着た男性。


 なんか一人だけ浮くくらい気品のある人だったから、行列にいたときから記憶に残っていた。


 その男の人は、まだ手を付けていない状態の『ケバブ風焼き鳥』を掲げてから口を開いた。


「こちらの料理について聞きたいことがあるのですが、この後にお時間をいただいてもよろしいですか?」


 あれ? 結構前に買ってくれたはずなのに、まだ全然食べていない?


 その男性はエルドさんがこの店を仕切っていると思ったのだろう。私を少し見た後、すぐにその視線をエルドさんの方に向けた。


「聞きたいことですか? 答えられる範囲でいいなら、お答えしますけど」


 エルドさんは私をちらっと見て、私が頷いたのを確認してからそんな言葉を口にした。


 数週間お店を出していて、同じように私たちのもとにやってきたお客さん達も少なくなかった。


 大抵の人がソースの出所を聞く人たちばかりだった。


 初めて見るソースが二種類も使われていれば、当然そんな反応にもなるだろう。


 その際は決まって偶然海外の商人から買ったものだから、出所は分からないと答えるようにしている。


 ソースを売ってくれと言うお客さんもいたが、それらもすべて断っているのだ。


 マヨネーズとケチャップは私の魔法で作るだけだから、原材料0円からお金が生まれるという夢のような錬金術ができるかもしれない。


 それでも、まだ詳細が分からない調味料を人に売ることなんかできない。


 もしかしたら、一定期間が過ぎると形を失って、魔力が散ってどこかに消えてしまうかもしれない。


 そんなことになったら、狐に化かされたと騒がれる可能性もあるし、軽い気持ちで売ることはできないのだ。


 そして、何よりも他の店に私が作った調味料が渡った日には、一気に私たちの売り上げが落ちることが明白だからだ。


 私たちは別に凝った料理を作っている訳ではないから、マヨネーズとケチャップがあればうちの味の再現など容易にできてしまうのだ。


 そんなことになったら、一気にうちは廃業してしまう。


 もっと多くの人に食べてもらいたいという気持ちもある反面、生活のためには独占しなければならない。


 そのためにも、事前にエルドさんとソースの質問に来たお客さんとの対応の方法はすり合わせをしている。


 大丈夫だ、問題ないはず。


「このソースはどこで手に入れたんですか?」


「海外の商人から買ったものでして、詳細は分かりませんね」


 いつも通りの回答。やっぱり、ソースのことが気になるお客さんらしい。


「それでは、このソースを売っていただくことは可能でしょうか?」


「いえ、数に限りがあるので販売はしていないんです」


 これもいつも通りの回答。ここまで言われてしまっては、ソースが手に入らないことも分かっただろう。


 きっと、これ以上の追及はないはず。


「では、聞き方を変えましょう。この調味料に治癒魔法を付与したのはどなたですか?」


「「え?」」


 安心しきっていた私とエルドさんは、予想しなかった言葉を前にして、思わずそんな言葉を漏らしてしまった。


 マズい! と言葉にしなくても、私たちの声色がそんなことを言ってしまっていた。


 そして、私たちの態度を見て確信したのだろう。その男性は私とエルドさんを交互に見た後言葉を続けた。


「申し遅れました。私、エルランド領を収めているエリーザ伯爵様の執事をしております、アルベートと申します。この魔法が付与された料理について、お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


 私がばっとエルドさんの方に振り向くと、何かを察したようなエルドさんがゆっくりと頷いていた。


 伯爵ということは、この世界の貴族さんということになる。当然、一冒険者であるエルドさんが逆らえるはずがなく、この問いには頷く以外の選択肢はないのだろう。


 ……もしかして、魔法の付与された料理を売るって、御法度だったりしたのかな?


 そんな嫌な予感強く感じたが、今さら何もできるはずがなく、私たちは静かに頷くことしかできないでいた。

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