第24話 秘密の特訓

アンが作った調味料を使った料理を出す屋台は見事に成功していた。


 試食を配った次の日には行列ができて、その行列は日に日に長さを増していった。


 まさか、試食を初日にしただけであれほどの数の客が集まることになるとは。思ってもいなかった発想だけに、つくづくアンの発想力には驚かされる。


 客足が伸びるのは良いことなのだが、その反面アン頼りになってしまっているという問題があった。


このままだと、ただアンにおんぶにだっこの状態になるのは目に見えている。


 シキにこの機会に成長しろと言われたが、何か自分で変わったような気がまるでしない。このまま子供に任せっきりという訳にもいかないだろう。


 そう考えた俺は、アンとシキと夕食を食べてから、とある所に向かっていた。


 アンが来るまでよく通っていたはずの酒場なのだが、数日来なかっただけでえらく久しぶりな気がしてきた。


 酒場のドアを押して中に入ると、聞きなれた喧騒が聞こえてきた。


 この音を聞いて少し落ち着くくらい、俺はこの場所に入り浸っていたのだなと改めて実感した。


 俺が席に座らずにきょろきょろとしていると、そんな俺に気づいて俺と同世代くらいの男が俺のもとに近づいてきた。


「エルド、久しぶりじゃんか。いつものでいいのか?」


 短髪で体格の良い元冒険者のルード。昔一緒にパーティを組んだこともあったが、この酒屋で会った回数の方が圧倒的に多い。


「いや、今日は酒はいいんだ。少し話せるか、ルード」


「……酒を飲まない? ん? どういうことだ?」


「いや、そのままの意味だっての」


 ルードは俺の言っている言葉の意味が分からないといった様子で、小首を傾げていた。


 まぁ、あれだけ泥酔しきった姿を見せてきたわけだし、仕方がないと言えば仕方がないのか。


「この店で修行させてくれないか? バイト代は出なくてもいいから料理を学びたい」


「料理? あのエルドが?」


 ルードは俺の言葉を受けてしばらく固まってしまったようだった。


 聞き間違いを疑うような視線を受けたが、俺がその言葉を訂正せずに黙っていると、生唾を呑み込むようにしてから言葉を続けた。


「とりあえず……厨房の奥にこい」




 店の厨房の奥に連れていかれた俺は、そこでルードにアンとの出会いや屋台をしていることなどをかいつまんで話した。


 初めはずっと疑っているような目をしていたが、俺の話を聞くにつれてルードは徐々に真面目な顔つきになっていった。


 話し終えた頃には、ルードは顎に手を当てて小さくため息を吐いていた。


「あの魅惑のソースの店って、エルドがやってる店だったのかよ。まさか、冒険者が作る飯がそんな話題になっていたはなぁ」


「まぁ、俺と言うよりはアンが主体って感じだけどな。それで、このままアンに任せっきりっていのもよくないかと思って」


「それで、その子供とご飯食べてから、夜だけうちで働きたいってことか……なんかお父さんみたいだな」


「お父さんってほど歳が離れては……いるのか、そうだな。年齢的にはそうなるのか」


 一旦訂正しようとしたのだが、訂正できるほど自分が若くはなかったことに気づいて、俺はその言葉を呑み込むことしかできなかった。


 知らないうちに結構年取っていたんだな、俺。


「料理の修業ならそのお嬢ちゃんに教わればいいじゃんかよ」


「いや、それでもいいんだけどさ……なんというか少しくらいはかっこうつけたいんだよ。俺もできるんだぞという所を見せたいというか、な」


「まさか、エルドがそんなことを言うとな……ずいぶんと変わったな」


「いや、そんなに変わってはないだろ」


 むしろ、変わっていないから自分を変えようと思ってきたわけだし。


「いやいや、ちょっと前まで目とかヤバいくらい荒んでたぞ。昼間はまだいいが、夜になると目がずっと据わっていただろ?」


「そ、そんなにか?」


「冒険者やってなければ、ただの飲んだくれだったからな? それが、子供のために料理の修業したいとか言い始めんだもんな、たいしたもんだぜ」


 さすがに大袈裟だと思ったが、少し前までは酒か魔物を倒すことしか頭になかったので、そんなふうに見られてもおかしくない気がする。


 まさか、そこまでだとは思わなかったけど。


「あのエルドがなぁ。そんなにその子が大事なのか?」


 素朴な疑問のような質問を向けられて、俺は改めてアンのことを考えてみることにした。


 初めは魔物に襲われて連れていかれてしまった、ただの子供だと思っていた。もちろん、助け出すつもりだったが、その時点でそこまで強い思い入れがあったわけではなかった。


「初めは、そんなにでもなかったかもしれない」


 幼い姿が昔の妹と重なって見えて、良くしてあげたいという気持ちにはなった。しかし、実際には血の繋がりがあるわけでもない他人という存在ではある。


「……不思議なもんだよなぁ」


「何がだ?」


 しみじみと漏れてしまったような俺の声に、ルードは首を傾げていた。


 自分でもまるで分らない。何がどうしてこんな気持ちになっているのか、説明することはできないのだが、確かなものがそこにはあった。


「変わっていくんだよ。日に日に大切な存在にな」


 何か特別なことがあったわけではないのに、何気ない日々を一緒に過ごしていくだけで、アンが初めに会った時よりも大切な存在に変わっていく。


 昔妹を亡くしてしまってから埋まらなかった穴が、徐々に優しく埋められていくような感覚がある。


 まだ微かな物かもしれないが、確かにそこにはそれがある気がした。


「そうかい。そりゃあ、なによりだ」


 ルードは小さく笑うと、厨房の奥の方に歩いて行って包丁を手に取った。そして、慣れた手つきで食材を出してくると俺の方に顔を向けた。


「半人前の料理人くらいには、してやるよ」


「……そうだな。そのくらいで十分だ」


 何も一人で完璧にこなせる料理人を目指すわけではない。


 俺はアンの助けになるような技術を身に着けることを目指したい。だから、別に一人前の料理人など初めから目指してはいなかったのだ。


 口にはしてないはずのそんな願いは、料理人として人生を歩んでいるルードには見抜かれてしまっていたようだった。


 こうして、俺の夜だけ料理人修行がスタートしたのだった。


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