第22話 試食販売
「今日だけ無料で試食配ってまーす! 数に限りがあるので早い物順でーす!」
そして、始まった朝市。
市場には朝ご飯を求めてやってくる人たちがぞろぞろとやって来ていた。
初めから常連の店に向かう人や、店を見て食べる物を決めようとしている人たちの様子を観察しながら、私は元気に客引きをしていた。
「数に限りなんかあるのか?」
「ただの売り文句ですよ」
「そ、そうか」
エルドさんと小声でそんな会話をしながら客引きをしていると、私たちの屋台に目を向けている人たちが多いことに気がついた。
私の声を聞いて私に視線を向ける人たちの目は温かく、子供が店の手伝いをしているという状況に和んでいるようだった。
これは、可愛い子供の姿に転生したことの特権だろう。
向けられている視線に笑みを返すと、それに釣られるようにして私を見ていたお客さんたちがやってきた。
やってきたのは少しふくよかな男の人だった。
「お嬢ちゃん、おはよう」
「おはようございます! 今無料で試食品配っているので、食べていってくれませんか?」
「無料? 無料でくれるのかい?」
「はい。量は少ないですが、今日はおひとり様一回だけ無料で提供しているんです」
「一体何を売って――ああ、クックバードの塩焼きかな? それなら、一つ貰えるかな?」
男性は鉄板の上で焼いている物をちらりと見て確認して勘違いしたみたいだったので、私は何も言わずに笑顔だけ返しておいた。
「ちなみに、何かアレルギーとかってありますか?」
「アレルギー? いや、特にはないけど」
「そうなんですね、よかったです」
「? うん、そうだね」
原材料として卵を使っている物なので確認だけしてはみたけど、実際に卵は使っていないわけだしどうなんだろうか?
そんなことを考えながら、焼き上がった鶏肉の薄切りを簡易的な容器に入れて受け取った私は、受け取る気満々の男性の前でマヨネーズとケチャップをぶっかけた。
「え、いや、待ってくれ。そのソースは何だい?」
「ある国で流行っているソースです。とても美味しいので、たっぷりかけますねー」
「あ、いや、ソースはなくても」
「ソースをかけての提供になるんです。ソースなしですと、ご提供できないんですよ」
「そ、そうなのか。まぁ、そういうことなら」
マヨネーズとケチャップをかけないで無料で提供なんかしたら、それは炊き出しか何かと同じになってしまう。
私たちの目的はあくまで商品のPR。いきなり知らない物をかけられて良い気がしないのは分かるけれど、ここだけは譲れないのだ。
「お待たせしました。どうぞ!」
「あ、ああ。ありがとうね」
少し複雑そうな顔をした男性だったが、出された物を受け取らないわけにはいかず、それを受け取った男性は恐る恐るそれを口に運んだ。
「んんっ! なんだこれは、うまいぞ!」
口に入れる前の躊躇いはどこに消えたのか、数切れ合ったお肉をかき込むように口の中に運んでいった。
「初めて食べる味だ! なんだこのソースは! うま過ぎる! 一つ、いや、三つ買わせてもらえないか!?」
前のめりになって興奮した男性の様子を見ていた周囲のお客さんがいい具合に食いついてきたようで、遠くから私たちの屋台に目を向けていた。
このお客さん、一人目にしては当たり過ぎる。
「すみません。今日は試食だけなんです。明日販売するので、ぜひ買いに来てください」
「きょ、今日は買えないのか。そうか、残念だな……。明日、絶対に買いにこよう」
これ以上食べることができないことを悲しむように肩を下げると、男性はとぼとぼとした様子で帰っていった。
「アン、今日販売しないでいいのか?」
エルドさんは男性の背中を見ながら、小さな声でそんなことを聞いてきた。
「いいんです。販売までしちゃうと、試食待ちができてしまってこの味を広められなくなるかもしれません。それなら、今日は宣伝だけに使った方がいいですよ」
本来は一緒に販売したい気持ちもあるけど、この人員で宣伝と販売二つをやってしまっては、どちらかが疎かになる。
それなら、どっちかに振り切った方がいいだろう。
「あのー、無料で食べられるって本当ですか?」
「はい、本日は無料で――」
客が客を呼ぶとはよく言った言葉だと思う。
一人の男性客がオーバーなリアクションをしてくれたおかげで、人がやってきてそれを見て人がまたやってきて、その繰り返しでお客さんが誰もいなかったはずのうちの店は、繁盛店のような賑わいを見せ始めていた。
まぁ、そうは言っても今日は一銭のお金にもならないんだけどね。
そんな大盛況だったこともあり、私達は午前中の早い時間に店じまいをすることになったのだった。
そして、本日の試食分に用意した肉が完全になくなった頃には、未知のソースが魅惑のソースとして噂され始めたのだった。
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