第7話 優しさの理由

「すぴー、すぴー……」


「爆睡してんなぁ。まぁ、飯食べてすぐに眠たそうにしてたしな」


 アンはご飯を食べ終えると、すぐにウトウトとしていた。何か話したいことがありそうだったが、こんな状態で話しても仕方がないだろうと思って、歯だけ磨いてベッドに寝かせることにした。


 すぐに寝てしまった無邪気な寝顔を覗いていると、そんな俺に睨むような視線が向けられていた。


 別に、初めから隠れているつもりはないのだろう。


 その視線の先に視線を向けると、そこにはフェンリルとしてのシキがいつでも俺に襲い掛かれる距離にいた。


 伝説の魔物と言われているフェンリル。


 そんな誇り高い魔物が家にいるというだけでも驚きだが、そんなフェンリルが人間の子を育てたというのにも驚きだ。


 ……まさか、寝ている娘に近づこうとしただけで、こんなに睨まれるとは思わなかったが。


「なんだ、俺が寝顔を見ていると不安か?」


「なぜ俺たちにここまで親切にする?」


 シキはゆらりと近づいてくると、俺の質問に対して質問で返してきた。


 アンはすぐに俺のことを信用してくれていたみたいだったが、シキは俺と出会ってからずっと俺を警戒していたみたいだった。


 まぁ、自分でもやり過ぎている気はしている。


 知らない幼女とフェンリルを家に置いて、その生活を援助するなんてメリットはないしな。


「アンが可愛いからっていう理由だけじゃ不満か?」


「それが理由なら構わんが、それだけには思えん」


 シキはそう言うと、睨んでいた目つきをさらに鋭いものにした。多少の嘘も見逃さないとでもいうかのような鋭い目つき。


 本来神聖な存在であるフェンリルは人里に下りてきたりはしない。それでも、娘のためを思って自分のプライドを多少なりとも曲げてでも人里に下りてきたんだと思う。


 それだけ娘のことが心配なのだ。だから、俺が娘に害をなす存在かどうかを確かめたい。確かめなければ気が済まないのだろう。


 その気持ちが全く分からないわけではないから、不思議なものだ。


俺はそんなシキの姿を前にして、自然と言葉を漏らしていた。


「俺には妹がいたんだよ。確かに、昔はいたんだ」


「……死んだのか?」


「殺された。夜に魔物に村を襲われて、数日後に山で遺体になっていたみたいだ」


 そんなに珍しい話でもない。俺の妹は夜にやってきた狼のような魔物によって攫われたのだ。


 俺は冒険者として世界を歩き、多くの魔物を倒してきたと思う。それで救われた命だって少なくはないはずだった。


 でも、一番守るべきだった存在を守ることができなかった。


 よく懐いてくれていた幼い妹を失ってから、俺は自分の無力さを嘆きながらこの世に蔓延る魔物を殲滅しようと思って、冒険者として魔物を狩り続けた。


 しかし、いくら魔物を狩っても殲滅などさせることができるはずがなく、どれだけ魔物を狩っても消えない後悔と胸に大きく開いた穴だけが残っていた。


 そんなとき、街の冒険者からある話を聞いた。


 幼い少女が大型の魔物と一緒にいるところを見たと。


 その話を聞いて俺はすぐに森に潜ることにした。『死の森』と呼ばれる森の奥まで一心不乱で少女を探しに行ったのは、もしかしたら、もういないはずの妹を求めていたのかもしれない。


 そこで出会ったのが、アンとシキだった。


 初めは少女と魔物を切り離した方がいいかと思ったが、話を聞くとフェンリルが育ての親らしく、アンも離れたくないというくらいに懐いていた。


 首を突っ込んだ手前、今さら引くに引けなくなって、幼い妹を見ているようでなんだか目を離せなくなっていった。


 そんなどうしようもない冒険者の話を一通り話し終えた後、シキの顔を見ると先程まで俺に向けられていた警戒心は鳴りを潜めていた。


 それどころか、俺の話を聞いたシキは少し悲しそうに顔を俯かせていた。


 誰にも話さなかった気持ち。それを吐露したことで、自分の行動が客観的に見えてしまって、昔を思い出して胸の奥が少し締まるような気持ちになった。


「魔物に連れされた女の子がいるって聞いて、放っておけなかったんだ。重ねてるんだよ、妹とアンの存在をな」


「そうか……」


 久しぶりに思い出したが最後、胸を締め付ける気持ちがどんどんと強まっていくのを感じた。


 まずい、このままだとシキの前だというのに涙が零れてきそうだ。


 そう思った俺は、キッチンまで急ぎ足で行くと、大きな酒瓶を手にしてシキの前に腰を下ろした。


「一杯付き合ってくれないか?」


「酒か?」


「色々と忘れるために、俺は一人で浴びるほど酒は飲んできたからな。眠くなったら、先にダウンしてもくれてもかまわないから、少し酒に付き合ってくれ」


「ほざけ小童が。俺に勝てることなど何もないことを教えてやろう」


 余裕の笑みを浮かべるシキは、それ以上俺の過去に追求することもなく皿に入れられた酒を豪快に呑んでいた。


 それに負けじと俺も同じだけの量を煽りながら、俺たちは何でもない話をして、朝が来るまで酒を飲み明かしたのだった。


 いつの間に近づいていた距離は、酒のおかげなのか、互いに近いもの感じたからなのかは分からなかった。


 分からなくても、良いんじゃないかと思った。

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