第2話 前世の記憶
『アン! 勝手にどこかに行くなと言っているだろ!』
「は? ……嘘だろ、フェンリルか!!」
私の威嚇を聞きつけたのか、お父さんはすぐに私の隣にやってきた。
しかし、私を叱った後に目の前にいる魔物と目が合うと、お父さんはそれ以上何も言わなくなってしまった。
どうしたんだろう? 魔物を前にしてこんな反応をするお父さんは初めて見た。
それだけ、危険な魔物ってことなんだろうか?
「おい、はやくこっちに来るんだ! フェンリル相手にまともに戦えない、逃げるぞ!」
二足歩行の魔物は私に手を差し出しながら、頬に汗をたらしながらそんな言葉を口にしていた。
逃げる? 一人で逃げるんじゃなくて、私を連れて逃げようとしている? え、なんで私を逃げさせようとしているのだろうか?
『おとうさん。この魔物、私のこと『にんげん』? とか言ってきて武器を降ろしたんだけど』
隣で複雑そうな顔をしていたお父さんに聞いてみると、お父さんんは小さくため息を吐いて言葉を漏らした。
『そうだ、アン。お前は本当はフェンリルではないんだ』
『私がフェンリルじゃない?』
ん? 言っている言葉の意味が分からない。
私は物心がついた時からお父さんと一緒にいた。『死の森』を拠点として誇り高いフェンリルとして育てられたはずだった。
それなのに、私がフェンリルじゃない?
「ん? フェンリルと会話をしている?」
「わたし、フェンリルじゃないの?」
「何言ってんだ、当たり前だろ。どこからどう見ても人間じゃないか」
二歩足歩行の魔物から、馬鹿なことを言うなと言うような視線を向けられて、私はその言葉が頭から離れなくなった。
にんげん? 人間?
ぴしんっ。
その言葉が頭の中で反芻されて、何かにひびが入ったような音が聞こえてきた。
そして、そのひびから知らない記憶が流れ込んできた。
それは大野杏(おおのあん)という三十代の女性の記憶。
中小企業に勤めていた会社員で、趣味は異世界物の小説を読むこと。会社帰りに本屋で新刊を買って、少し寝てからそれを読もうとしていたんだった。
それが、どうして私は森の中でフェンリルと冒険者っぽい男の人と一緒にいるのだろう?
ていうか、なんでこんな視線が低いんだ?
そんなことを思ってふと自分の手を見てみると、六歳になる従妹と同じような手をしていることに気がついた。
……え?
小さすぎる手で自分の頬を抓んでみると、やけにその感触に弾力があることに気がついた。
「何このもちもちで、ぷにぷになほっぺは……あれ?」
なんだろ。なんか声も少し舌足らずな感じがする。
……あれ? これってもしかして、よく小説で見た幼女転生って奴?
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