第28話 夜の訪問者
わたしたちはレーナウの友人を訪ねに北の方にある街ギショアラを目指して歩き始めた。
バイロンは青い顔をして、少しよたよたとしている。
「バイロン、大丈夫? 足元がふらついているよ」
「ゼーは心配してくれるのか。そんなのはゼーだけだぞ」
「なんで?」
「なぜならこれは二日酔いのせいだからだ」
「二日酔いってなあに?」
ダニエルとアランは笑っている。クレイグはバイロンのことを気にも止めずに一番前を颯爽と歩いている。
「酒の呪力がまだ俺の中に残っている状態だ」
酒の呪力? お酒に魔法の力が存在するの?
「お酒って魔法で出来上がってるの?」
「ははは。違うよ、ゼー。バイロンにからかわれているんだよ。バイロンはただの酔っ払い。飲みすぎて昨日のお酒が抜けていないだけなんだよ」
「そうなんだ。でも苦しそうだよ」
「ゼーは優しいな」
「ゼーローゼ、バイロンの頭に水でもかけてやれ」
クレイグがそう言うから、わたしはバイロンの頭から水をかぶせてあげる。
「ゼー。お前も俺を責めるのか……? いや、違うな。なんだか頭が晴れてきたぞ」
「『水は
「ありがたい。水の精霊は優しいんだな」
「だってバイロン困ってるじゃん。わたしが困っている時は助けてくれるでしょ。お互い様だよ」
「騎士様は俺には構ってくれないぜ」
「当たり前だ。酒に飲まれるようなやつは飲んではいけないのだ」
わたしはふわふわと飛んでクレイグの後ろにつく。
「そうなの?」
「そうだ。酔いを朝まで残すことは恥ずかしいことだ」
「そうなんだ。でももしクレイグが二日酔いの時はわたしに言ってね。さっぱりした気分にさせてあげるから」
「頼むことはないと思うがな」
「クレイグは立派だから、そうかもだけど、そうできなくなる時もきっとあるんだよ。そういう時に優しくしてもらったほうが嬉しいでしょ」
クレイグは立ち止まってわたしの方を振り返る。
「確かにその通りだ。神の言葉に
「その言葉、アランから聞いたよ」
「ゼーは信仰はなくても行っているということか」
「そういうことはよく分からない。でもお姉さんは信仰を持ったんだよね。だからわたしはそのことを知りたいと思っているよ」
途中で休みを取りながら、三つの村を抜けた。夕暮れ時になってようやく目的の街が見えてきた。
それなりに大きな街だけれど、明かりを灯している家がほとんどなく、しんとしていた。
「誰もいないわけではなさそうだが生活感がないな。疫病でも流行っているのだろうか」
「念のため、病除けの魔法でもかけておくか? おまじない程度のものだが」
「それなら皆さまに神の加護を祈りましょう。
『
我らをあらゆる災厄、困難から
守りたまえ
主の祝福の息吹で
我らを包みたまえ』」
ぱあっと、わたしたちの体が淡い光で包まれる。
「それもおまじない程度だろうよ」
「信仰があれば必ず守られます」
わたしたちは街の中へと歩みを進める。
一番広い通りに出たけれど、夕闇に紛れてしまって、もうほとんど真っ暗だった。ほんとに人が住んでいるのかな?
「今日は遅いので、ひとまず宿を探すことにしよう」
「宿屋の明かりが見当たらないな。もし疫病が流行っているのだとしたら、街の外で野宿をした方が良いかもしれない。ただ、もう少し街の様子を見ておこう」
歩いているうちに、辺りは完全に闇になった。でも通りの先の方に、ぽつりと灯りの点っているのが見えてきた。わたしたちはその明かりに向かって歩き出す。
広い通りにはお店の看板がいくつか並んでいた。宿屋の看板も見つけることができたけれど、明かりは灯っていなかった。
「宿屋にも酒場にも灯りがないなんて、いよいよこれは
「明かりの灯っているところもよいですが、この場合、教会に行くのがよいかもしれません」
「確かにそれもそうだな。教会も探すことにしよう」
「おや? あなた方は旅の方ですか?」
暗闇からいきなり声をかけられた。クレイグは即座に剣を抜いていた。
その人影は両手を突き出し慌てて言った。
「ちょっと待ってくださいよ! わたしは怪しいものではありませんよ」
「いや、気配が普通の人間のものとは違う。まともに生きているものではないだろう」
「これはこれは、せっかく素晴らしいところへ招待しようと声をかけましたのにあんまりではありませんか。」
暗闇に目が慣れて、わたしも声をかけてきた男の姿が見えてくる。街の人の姿というには立派すぎて不自然だった。紳士の格好をしていて肌がびっくりするほど青白い。
「クレイグ、私の感知ではアンデッドか魔物です」
「アラン、私も同感だ」
「この街の人たちはほとんど、我が主、
「永遠の夜など、偽りのものだ。永遠と闇とは釣り合うものではないからだ」
「終わりの時までの、長い時間です。それを永遠というのは偽りでしょうか。それまでの間、老いることもなく病いさえないのです。どうですか、その喜びを一緒に享受しませんか?」
「断る。疾く去れ」
「ほら、そこのお嬢さんも」
わたしのことも見えているんだ。
「わたし、闇の喜びなんていらないよ」
クレイグがその男とわたしの間に割って入る。
「断ると言った。今すぐ去れ」
その男は首を振ると、すぐに闇に溶け込んでしまった。
「教会へ行きましょう」
アランの言葉に頷いて、わたしたちは教会へと足を運ぶ。通りの先に灯りが灯っている場所、それがこの街の教会だった。
「ほんの一週間で、この街は変わってしまいました」
街にある教会の中は、松明と蝋燭の灯りで明るかった。会堂では祈りを捧げている人がたくさんいた。
「なにが起きた?」
クレイグは教会の僧侶に問いかける。僧侶はその問いに答えてくれる。
「はい。
「小竜公とは何者だ?」
「ドラクレシュティ城の城主ヴラド公のことです。代々、竜騎士の家柄で、特に先代の竜公は人々からの尊敬も厚い公爵でした。しかし、不穏な空気が漂い出したのは、先代が亡くなってその跡を引き継いだ小竜公が君主として君臨するようになってからです。最初は
祈りを捧げ終えた村人が、ひとり二人と教会をあとにする。
「今、ドラクレシュティ城は不夜城と呼ばれています。昼間は閑散としているのですが、夜にはまた狂瀾の宴が日々開かれているそうです。その宴に招こうと青白い肌をした者たちが近隣の街や村から人をかき集めているとのことです」
「我々も先ほどその輩に遭遇した。いったいあれは何者なのだ。魔物でもありアンデッドでもある」
「さすが冒険者様は誘惑などに負けることがないのですね。気配は怪しくとも
「ヴァンパイア! 確かに不死の体に悪霊を宿すものだ。これはレイスどころの話ではないぞ」
「解呪し、囚われてしまった人間の魂を解放してあげなければならないと思いますが、地方の僧侶にそのようなことができるわけもなく、ただ主に祈りを捧げるしかできませんでした」
「我々が行ってその魂を解放しよう」
クレイグの言葉に僧侶はほっとしたような表情を見せる。でも、すぐに険しい顔に戻ってこう伝えてくる。
「歴戦の冒険者の方とお見受けします。ただくれぐれも小竜公を侮られることがありませんように。あれでも竜騎士であることは確かなのですから」
わたしたちは、その日、教会の裏手の僧侶の自宅に泊めてもらえることになった。闇夜に紛れて青白い肌の人が襲ってくると思うと不安になる所だけれど、教会のそばだと、ちょっと安心した気持ちになる。それでもわたしたちは、なかなか寝付くことのできない夜を過ごした。
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