第27話 晩餐会
「わあ、クレイグの衣装、素敵ねえ!」
クレイグは貴族みたいな洋服を着ている。すごく豪華できらきらしている。
「ゼーローゼ、ありがとう。急遽、宮中晩餐会に招かれることになったので仕立てたのだ。仕立てたといっても店にあるものを組み合わせただけだが」
「他の三人はいつも通りの服でいいの?」
「いやいや、よく見ろよ。違うだろ」
ん? なんか違う? 蝶々みたいなリボンがついてるだけじゃん。
「僕らは職業に合わせた衣服を着ているからこれでいいんだよ。こうやってグランドバタフライの勲章をつけていれば正装になる」
グランドバタフライ?
「これは僕たちの国の正式な勲章だ。たぶん、この国でも通用すると思うんだ。我が国は国旗に蝶をあしらっている。
へえ、蝶の体が大地になったんだ。なんだかロマンチック。
「今でも、霧の日のことをパピリオスクヴァメロ、蝶の鱗粉と呼んでいるくらいさ。だから俺たちはこの勲章を身につけて堂々と晩餐会に出席する」
「ねえ。それってわたしも行っていいの?」
ダニエルとバイロンは顔を見合わせる。すかさずクレイグが答えてくれる。
「もちろんだ。ゼーローゼは私のパーティーに欠かすことのできない一員だ。心配なら私がエスコートしよう」
「クレイグがエスコートしてくれるの? 嬉しい! そういうのお姫様みたい」
そんなわけで、わたしはクレイグに手を引かれて宮中晩餐会に出席した。
外から見た城塞は、いかにも砦と言う感じで無骨なイメージがあったけれど、中は華やかでロイセン城ほどではないにしても、天井が高く、豪華だった。そしてわたしたちは大広間に通される。
広間の奥には一角獣と女の人が描かれたタペストリーが掛かっている。そういえばこのお城に掲げられている旗には一角獣の紋章が描かれていた。
そこには華麗に着飾った婦人や男性が集まっていた。目の眩むような灯り。天井から大きなシャンデリアが吊るされていて、たくさんの蝋燭が灯されている。広間は隅々まで明るく華やかだった。
クレイグは次から次へと挨拶を受けている。談笑したりする姿を見て、確かにクレイグは騎士様なんだなあと感心する。その時、あたりの空気が変わる。誰か入ってきたよ。
真紅のドレスで着飾った女性がたくさんのお付きの人を従えてこの広間に登場する。その場にいた全員が跪く。この人、女王様?
その人がお付きの人に何やら尋ねた後で、真っ直ぐこちらに向かってくる。
「サー・クレイグ・ミルトンはそなたか」
「はい。エレナ公。ご機嫌麗しく」
クレイグは膝をつき、ぬかづいている。この人がこのお城の城主様なんだ。
「こたびの巨人退治、見事であった。我々の難儀していたところを助けられた。礼を言う。これでロイセンとの交易もまた活況となるであろう。今は平和の時代。しかし魑魅魍魎が跋扈している。そなたのような冒険者に魔物を退治してもらい感謝する。今日は宴である。喜び楽しめ」
「ありがたき幸せ」
そう言うとその人、エレナ公は他の三人にも挨拶をしたあとで、他の貴族のところへ足を運んだ。
広間のテーブルには、見たことのない食べ物が並んでいる。その色とりどりの食事を見てわたしは人間てすごいなあと思う。こういう創意工夫ができるなんて、どういう時間の使い方をしているんだろうね。わたしたち精霊は長生きするけれど、自然の作る環境に満足していてそこを変化させようなんて思わない。わたしたちも変わるべきなのかなあ。
また会場がざわつく。今度は楽隊が広間に入ってくる。音楽が演奏される。これも素敵だよね。音楽は心も体も弾むから大好き!
しばらく演奏が続いたあと、先ほどのエレナ公が舞台の前に出て大きな声でこう言った。
「英雄サー・クレイグ・ミルトンを讃える歌だ」
ひとりの吟遊詩人が現れる。楽隊が演奏を始め、重厚な音楽が流れ出す。そして吟遊詩人がその調べに乗せて歌を歌う。
「銀色の甲冑に身を包み
戦場をかけるはひとりの騎士
その瞳は蒼き炎宿して
悪しき獣を焼き尽くす
駆け抜けし道には光の足跡残る
その名はサー・クレイグ・ミルトン
世にあまねく広がる
その一太刀は稲妻のごとく
悪しき巨人の首を たちまち
我らの道を 我らの手に返したもう
永遠の英雄
我らのために戦いたまえり
その頭には神の栄光が宿る」
酒場で聞いた時よりもなんかスケールアップしているよ。なんだかクレイグが伝説の英雄になったみたい。
拍手喝采が会場に沸き起こり、クレイグは手を振り、それに答えている。
「さあ、セレモニーは終わった。ゼーローゼ、何か食べたいものはないか?」
「わたし、人間の食べ物、ちょっとずつ試してみているけど、あんまり合わないみたい。水を飲むのが一番だよ」
「そうか。ならば、私と一緒に踊ろうではないか」
踊る?
クレイグはわたしに手を差し伸べてくる。わたしは戸惑いながらその手を握る。すると引っ張られてわたしの体はふわふわと舞う。
「いいぞ。力を抜いて私の手の促しに体を預ければいい。好きに動いていい。水の精霊はそうして動いているだけでもたおやかだ」
わたしはクレイグの動きに合わせて踊ってみる。ちゃんとできているのか分からないけれど、くるくる弾むように動き回るのはとても楽しかった。
音楽がやむと、クレイグは膝をかがめてわたしにお辞儀をする。そして取っていたわたしの手の甲に口づけをくれた。
はあ! なんかそういうのかっこいいね。なんだか素敵だね!
広間の人たちも、わたしたちに向かって拍手をしてくれる。照れるね。
わたしはクレイグの手を離れて、バイロンとアランとダニエルの元に向かう。三人はグラスでお酒を飲んでいる。
「ゼー。すごいじゃないか。あんな風に騎士様と踊れるなんて、どこかの貴族だったんじゃないか?」
「ふふん。すごいでしょ。でも、わたしなんにもしていない。ただクレイグに合わせて踊っていただけ」
それでもすごい、とバイロンはお酒を飲みながら褒めてくれる。そしてクレイグのことを眺め見て、言った。
「いや、しかし、この街でもクレイグは英雄になったな。エレナ公と面識ができたのも大きいな。グランド公国に取っても益となることだろう」
「女の人なのにすごいね。ここの王様ってことでしょう?」
バイロンは視線の先をクレイグからエレナ公に変えて、目を細めた。
「そうだな、エレナ公。アデラ・パウネスク。姫騎士として戦場を駆けていたこともある。だから、クレイグのなしたことを偉業として認められるのだろう。いずれにしてもクレイグはまた名をあげた」
「へえ。じゃあ、また『ジェセの根』のことについても聞けるんじゃない?」
「ああ、それはもう聞いたり調べたりした。この城塞に入ることも許されたから、ここの城の人にも話を聞くことができた。図書館より有意義だったが、目新しい情報はなかった」
ダニエルがバイロンに今日のことを伝える。
「僕は、ゼーと一緒に話を聞くことができた。やっぱり『ジェセの根』は特定の人物を指しているのだと思う」
うん、と頷いてバイロンが答える。
「俺も同感だ。ま、それもゼーが星を見てくれればすぐに辿り着くさ」
お酒の入ったグラスをわたしの前に掲げる。
「その通りだと思う。でも、星を追う前にひとつ依頼を受けてきたんだ。話を聞いた人の友人の消息が分からなくて、少し離れた街を訪ねる約束をしたんだ。なにがあるか分からないから、みんなに同行してもらいたいんだけど、それは大丈夫かな」
「クレイグがなんと言うかだが、そういう依頼を断ることはないだろう。今夜は遅くまで拘束されるだろうから、明日、宿屋で打ち合わせをすることにしよう」
広間には優雅な調べが流れている。クレイグは次から次へと貴族の相手をしている。わたし、なんだか夢のような時間の中にいるなあ。
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